ザ・グレート・展開予測ショー

狼牙(十)


投稿者名:AS
投稿日時:(01/ 8/ 5)




 ー狼牙ー



 上空。
 争う二人の男の内、一人が決意の眼で、視えざる獣に自らの腕を差し出すのをじっと見つめる者達がいた。
 二人の戦う場の丁度・・・遥か真上に舟が浮かんでいる。
 以前に月を襲った魔族の脅威を退ける為に使われた『月の石舟』・・・大きさは違うとはいえ、どこかその石舟を連想させるその舟は、紅に染まる月の煌きを受けながら、その場にただ静止していた。その戦いを見守るかの様に、ずっと。
 今その舟の中には二人、いや一人と一つの刀の姿が在った。
 その一人は女。鎧に身を包み、気安く声をかけるのを躊躇させる厳しさと誇りを秘めた眼差しで、彼女は前を見据えていた。
 苦痛を堪え、顔を歪ませる彼・・・伊達雪之丞の姿をモニター越しに見ながら、彼女・・・神無は呟いた。
「彼は・・・本当に『狼牙』には頼らないのですね・・・」
 その呟きに答えは返らない。
 元々彼女も答えなど期待していなかったのか、表情を崩さぬままモニターを見つめ続ける。

 ・・・六時間程前の事を思い返しながら・・・
 
「・・・は!?」
 霊刀の主となった男のその言葉は、余りにも意表を衝くものだった。思わず聞き返す。
 狼牙に関しての説明を終えてから二時間・・・彼は現在、ぬかるんだ地面を転がった為に泥にまみれた服を脱ぎ、倉にあった古びた道着を身に纏っている。そうして屋敷から少し離れた場所にあるピザの専門店から調達した食料で遅れた昼飯をたいらげ、口にした言葉を彼は繰り返した。
「・・・は!?じゃねぇよ、俺はこんな刀に用は無い。とっと月へでも持って帰れ」
 面倒くさそうに頭を掻きながら、雪之丞は言った。何だか口をパクパクと動かすだけの神無に代わり、意志を持つ『刀』が声を発する。
『要らぬ・・・そう申すのか?この名刀を・・・』
 即座に彼は答えた。
「ああいらねぇ・・・星一つに宿る力なんざ手に余る。それに・・・」
『それに?』
 僅かに・・・ほんの一瞬だけ表情を歪ませ、答える。
「・・・自分が元々持てない力に固執すりゃあ、辿る道程(みち)は一つしか無ぇ・・・それが理由だ」
『・・・・・・』
 刀は答えない。思考する力を取り戻した神無もただ、黙っている。雪之丞はそれを見、苦笑いを浮かべた。
「ま、安心しろよ、気乗りはしねーがちゃんとテスト役は果たしてやるさ、丁度今夜にそういう機会が有るだろうし、な」
 ー機会ー
 事情を察した神無が口を開く。
「戦うのですか?・・・正直に言いますが、あの精神感応力者は我々の・・・」
『止めろ』
 彼は背を向けて、神無の言葉を遮った。
「これは俺とあの野郎の問題だ・・・あいつがこの刀、いや月の魔力を狙う誰かの邪魔をしようとしているとか、そんな事は関係無い・・・」
 グッ!と拳を握りしめる。
『借りは返す、今の俺にはそれだけだ・・・!』

「・・・・・・!」
 神無はそこで回想を止めた。モニターの向こうで『彼』がゆっくりとだが、刀を構えた為だ。
 今・・・本来は白く輝く刃は赤く染まっている。彼が自ら斬りつけた左腕から流れる『血』によって、初めて斬ったのが主の左腕だったのを哀しむかの様に、神無の眼には刀身が紅い涙をこぼしているかの様に見えた。

『捨て身、か・・・いよいよだな・・・我が産み出し、護り通して来た狼牙の最初にして最後の戦い・・・勝利で幕を閉じるか、それとも・・・』

「タイガァ!決着をつけてやるぜ!」


 その刀の、産みの親の言葉が終わらぬ内に、狼牙が紅い飛沫をしぶかせた。




今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa