ザ・グレート・展開予測ショー

【リレー小説】『極楽大作戦・タダオの結婚前夜』(15)[背中](後編)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(01/ 7/30)

* * * * * 

 同時刻、路上。
 轟音が轟いた瞬間、「過去」から来た三人の女性は走り出していた。
「美神さん、はぁ、やっぱり、はぁ、さっきの音……。」
 走りながら息継ぎも満足に出来ないと云うのに、キヌは興奮気味に美神に訊ねた。
「ええ。あっちは……武道館ね。……ヒャクメ様、『視える』?」
 まだ武道館までは600メートルは離れている。しかし神族の中でも一際情報収集能力に優れたヒャクメにかかれば、距離は勿論物理的な障害すらも彼女の「神眼」の眼力を阻む事は出来ない。
『やってみますね〜……え〜っと……』
 巨大な旅行カバンを担ぎながら、いつもの涼しげな顔でヒャクメが答える。身体がほぼ霊的組織のみで構成されている神族にとって「走る」事は空気を吸う事のように容易(たやす)い。しかし、流石に走りながらでは集中するのに時間が掛かるのだろう。走りながらもこめかみに人差し指を当てる独特の仕草で低く唸る。
『! え、う、嘘?!』
 突然、ヒャクメが立ち止まった。額には先程までは無かった筈の大粒の汗が浮かんでいる。
「ど、どうしたんですが、ヒャクメさま?」
 キヌは気遣わしげにヒャクメの背中を擦る。美神も俯いた顔を覗き込む。
 奇妙な化粧を施したヒャクメの顔は、にも関わらず完全に色を失っていた。
『出現した「物体」の霊力、種別は不明ですが、少なく見積もっても5000マイトは超えている……!』
「「!」」
 悪夢の再臨だった。

* * * * *

 再び同時刻、武道館。
「……。」
 大樹は徐(おもむ)ろにライトグリーンのジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを緩める。そして無言で妻と息子の嫁を背に、大股で立ちはだかる。
「大樹お父さん……。」
 期せずして義父の名前がキヌの口から漏れる。
「……あの人ね、9年前の『危機』の時、」
 百合子が、呟くようにキヌに話し掛ける。
 なお『危機(ザ・クライシス)』とは、コスモプロセッサにより生じた世界的な霊的災害の一般的呼称である。
「あの時も、仕事を放って家に帰ってきてくれたのよ……私を、守る為にね。」
 これがさっき自分が散々コケにした男を語る女の態度だろうか。キヌは、この女(ひと)には勝てそうにないという、9年前の予感を確信へと改めざるを得なかった。
「そして今も、こうして体を張って守ろうとしている……私と貴女を、ね。」
「百合子お母さんと、私を……!」
 キヌはもう一度、大樹の背中を見る。 
 まあそこそこ筋肉質ではあるが、どちらかと云えば着痩せするタイプの彼の背中はそう大きくは見えない……普段は。しかし、今はどうだ。確かにテロリストに素手で立ち向かっただの、精神力だけで悪霊の塊を退けた(未遂)だのと云うとんでもない武勇伝は色々聞いていたものの、とにかく今の義父の背中の何と大きく見える事か!
「(守るべき女(ひと)が居る時の男の人の背中って、こんなにも雄々しく、こんなにも逞しくなるものなのね……。)」
 無意識に、自分の想い人の背中と重ね合わせる。
 そして傍らで自分の肩を支えてくれている義母の横顔に視線を戻す。彼女はこの絶望的な状況においてもなお、美しく輝いている。
「(そして、守られるべき男(ひと)に守られている時の女の人って、こんなに安らいだ、綺麗な顔になるの……。)」

「(こんな女性に、成りたい。)」
 それは幼い日に両親を失った女性の、ささやかな憧れ。
「(そして、この背中も、守りたい……いえ、守ってみせる!)」
 キヌは胸元に仕舞った横笛に手を伸ばし、もの言わぬ男の背中を見つめた。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa