ザ・グレート・展開予測ショー

【リレー小説】『極楽大作戦・タダオの結婚前夜』(15)[背中](前編)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(01/ 7/30)

* * * * *

 一方、昼下がりの武道館。

 急接近を告げる甲高い飛来音、激しく鼓膜を揺さぶる轟音、空気との摩擦によって赤熱した塊、コンクリートを鋭く穿(うが)つ衝撃、熱エネルギーの急発生に生じる閃光、巻き上がる巨大な土埃(つちぼこり)……氷室キヌと横島百合子の二人はその埃の塔の中で、呆然と立ち尽くしている。二人のほんの10メートル先で瞬時に起こった現象は、流石百戦錬磨の強者たるこの二人の認識能力をも完全に麻痺させるのに充分な威力を持っていた。
「……はっ?!」
 耳鳴りと入れ替わりに、周囲の喧騒が耳に飛び込んでくる。我に還った百合子は庇うようにキヌの前に立ちはだかり、砂埃の向こう側に素早く視線を送る。
 式場の設営をしていたステージでは、白い作業着の係員たちが先を争うように逃げ惑っている。それと入れ替わりに制服姿の警備員たちは、入ってくるやいなや驚愕の表情で立ち停まるばかり。
 その驚愕の元凶へと視線を戻す。……目の前の床は直径10メートル程の綺麗な円状に打(ぶ)ち抜かれ、いまだ濛々と砂埃を撒き散らしている。衝突の際に急速に失われた運動エネルギーは膨大な熱量に変換される為、飛来物は相当の高温と成り果てている筈である。その証拠にこの熱源により発生した対流が、このクレーターを中心に竜巻上の小さな砂嵐を形成し、すっかり吹き抜けになってしまった天井の穴目掛けて砂埃を排出していた。その大穴から覗く青空の、何と爽やかな事! 今置かれた現状との余りのギャップに、百合子の頬は緩まざるを得なかった。

「おキヌちゃん! 百合子!」
 その発としたバリトンに、漸(ようや)くキヌの意識が戻る……と云っても、百合子から遅れる事4秒足らずの事である。
 ローファーの靴音にも焦りを纏わせて階段を駆け上がってくるのは、ライトグリーンのスーツに身を包んだ、中年過ぎ……である事を微塵も匂わせないスマートな好紳士。
「……お前たち、大丈ぶっっ!」
 駆け寄る紳士の汗ばむ髭面に、百合子のカウンターがクリーンヒットした。その場に崩れ落ちる紳士を抱き起こそうかとも思ったキヌではあったが、百合子の身体とそこから湧き出す激情のオーラに阻まれて、とても前に踏み出せそうにない。
「ゆ、百合子さん……。」
「あんた、大切な会社放っぽって、こんな処で何油売っとんのや! ええか、あんたは会社の為に働いてくれる社員を養う一家の屋台骨なんやで! なあ、横島社長!」
「…………」
 床の上に豪快に鼻血の湖を拵(こしら)えているのは、村枝商事社長・横島大樹。
 鷹揚に腕組みをしてその様子を見下ろすのは、村枝商事代表取締役・横島百合子。
 「おしどり夫婦経営者」として評判の高い、横島忠夫の両親である。

 そう、彼はあの横島忠夫の父親なのだ。大樹はまるで何でも無かったかのように顔を挙げると、割れた眼鏡のレンズも構わず百合子に詰め寄る。
「……あのな! せっかく人が心配に成って駆け付けてきたんだぞ! なのにこの扱いは無いだろう!」
「それで会社の経営が傾いて社員一同が路頭に迷ったら、あんた、どう責任取るつもりやの? 辞任だけで済ましてもらお思とったら甘いで!」
「ぐっ……取り敢えず会社の方は社長秘書のクロサキ君に一任してあるから、大丈夫だ。じゃあ言うが、お前の方こそこんな所で何してるんだ、代表取締役?」
「ほほほほほっ、『村枝の紅ユリ』も甘〜く見られたもんやな。あの程度の業務やったら、午前中でとっとと片してもたわ。」
「ぐぐっ……。」
 更にカウンター二連発。このままでは横島大樹、後がない。
「……あう〜っ。」
 一方的な遣り取りに仲裁を入れる隙(ひま)も無く、キヌが半分パニック状態に陥った、その時。
 ごとん、ぱりぱり……がしゃん。
 瓦礫を、掻き分ける音。
「「「!」」」
 クレーターの中、未だ厚く舞う砂埃の向こう側にぼんやりと、巨大な影が蠢(うごめ)いた。

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