ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(34)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(01/ 7/18)

「……やはり内側から強固にロックされておるわ! くそっ……ぅぽょ!」
 黒衣の老紳士はそうがなりたてると、黒い革靴の爪先で薄汚れた扉に一撃をお見舞いしてやる。寛大にもその巨大な扉は、重厚な振動音と場違いに鈍い音を伴いながらも、紳士の鋭い蹴りを全身で静かに受け止めた。
 人体構造上とても想像の付かない方向に曲がった利き足の踝を抱えて、その場でぴょんぴょんと跳ね回る老人――ドクターカオスを心の底から気の毒そうに横目にすると、薄暗い地下室の中に在っても緑のイヴニングドレスが麗しい高貴な女性――伯爵夫人テレサは扉の脇のコントロウル・ボックスを開きつつ、一人ごちた。
「ここには煉獄炉と人造吸血鬼のサンプルが有るのですから……。」
 人工吸血鬼の件は道すがら、洗い浚(ざら)いカオスに話してある。
「……機密保持と非常時の用心に、ここの扉は物質的・霊的に格別頑丈に造ってあるんですの。」
 ここは城のある岬の突端に聳える「灯台」の地下、下方に延々と伸びる螺旋状石段の終着地点である。石のレンガを無骨に積み重ねた古い造りの地下室が場違いな程掃除が行き届いているのが、時折明滅する橙色の照明の下でも確認出来る。
「照明が何時もよりも明るい……煉獄炉がフル稼働している証拠です。尤もそのお蔭で、作業はし易いですわね。」
 テレサは余り美味しくはなさそうに螺子回しを咥えて、両手をコントロウル・ボックスに突っ込む。
「お〜痛たたたた……ふぅ、どうじゃ。何とか開きそうか。」
「……いえ、セキュリティを重視したのが仇になって……外からは開け難い構造に成っていて……。」
 何とか正しい角度に修正した足首に先程拾った木を宛(あて)がうカオスの問い掛けに、テレサは手を休める事無しに、返答する。
「……やはり室内のコンソウルを操作しないと、一寸難しいですね。」
「そうか。どれ、わしにも……。」
 カオスは脱いだ靴下で添え木を固定すると、右足を庇いつつテレサの背中に近付き、コントロウル・ボックスを覗き込む。そうして二人は暫くの間カオスがあれこれと後ろから助言を加え、テレサがそれを元にそれこれ弄(いじ)り回すと云った行為に暫く没頭していたが、成果が上がらなくなると不意に沈黙が訪れた。
「…………」
「…………」
 傍から見れば、婦人が背後から紳士に抱き付かれているようにも、見えなくはない。
 不安定な霊力供給の為か、時折照明の中でスパークした火花が生乾きの薪のようにパチリと鋭く爆ぜる。

「……あの、カオス様?」
「……ん、何じゃ?」
 沈黙を破ったのは、またしてもテレサだった。
「……何も仰(おっしゃ)らないのですね。煉獄炉の事、それと……」
「人工吸血鬼の事、か?」
 婦人の後頭部は、こくりと頷く。解(ほつ)れ毛が細かく震えているのは、作業の所為ばかりではあるまい。
「そうじゃな、いくら昔から研究熱心な娘であったとは云え、まさかそなた程の敬虔なクリスチャンが斯様に背徳的な研究を進めておるとは、あ〜意外じゃ意外! ……これで良いかの?」
「カオス様……あっ?」
 老紳士の言が発せられると共に緊張していったテレサの頬を、後ろからカオスの両手が柔らかく包み込んだ。夜風に冷え切った頬には、手袋越しの老人のささやかな温もりが何故か暖かく感じられる。
「……そなたがしておる事は、確かに許されぬ事やもしれん。しかしそれを実際に裁くべきのはワシでは無い、他ならぬ神であり……テレサ、お前さん自身じゃ。」
「えっ……?」
「ワシはお前さんを、あ〜んなに小さい頃からよ〜く知っておる。道徳的にも宗教的にも厳格な環境の下で家族の愛情を一身に受けて育てられた女性が、自分自身のそのような行為に一片の良心の呵責も感じずに居られる事など有り得まいて? お前さんはそうして自身を罰しながら、それでも一刹那の救いを求めながら懺悔の日々を過ごしておるのじゃろう……まるでお前さんの父親の様に、それはそれは永い間、な。」
「…………」
 老人は手袋の指先に水分を感じている。それは綿の繊維を伝ってじわじわと広がりをみせている。女の頬が血色を取り戻しているであろう事は、その感触から容易に想像できる。
 作業の手を完全に停めて不定期に震え出す肩をみて、カオスは反射的に次の言葉を探していた。先程迄の余裕は何処へやら、どうもこう云う状況は彼にとって居心地が宜しくないらしい。
「……あ〜っそうそう、実はマリア姫にも内緒にしていた事なのじゃが〜、」
 テレサの震えが、修まった。
「、このワシだって地獄炉を造って、欧州全土ばかりか世界を我が掌中に収める為の足掛かりとしよう、と画策しておった時期も有ったのじゃぞ! しかし、そのような事を実行した暁にはきっと最後の審判で断罪されるであろうと、戦々恐々として眠れぬ冷たく永い夜を幾つ数えた事か……。」

「あら、それはウ・ソ、ですわね。」
 そう言って優雅に振り返ったテレサは、艶やかな笑みを湛えていた。
「だってカオス様はこの「世界」しか信じていらっしゃらない筈。『万能の絶対者たる「神」でさえも、所詮「世界」の一部でしかない』と云うのが貴方様の持論なのではありませんでしたの?」
「いやいや、分からぬぞ? 三百年の孤独を癒すが為に神のみ下にお縋(すが)りした、なんて可能性も充分考えられよう?」
 実に芝居がかった二人の遣り取りは、あの「和解の夜」を再び彼らの前に映していた。
「いえいえ、それも在り得ませんわ。そのような迷いはその三百年前、不死を体得なさった際にとっくにお捨てに成っている筈です。……」
 とにかく病に浮かされたように、彼らはひたすら遣り取りに没入する。まるであの夜の輝きを取り戻すかのように。
「……何故なら、それは神がお与えになった肉体と魂を放棄する行いなのですから!」
 今の自分達を遥か彼方へと突き放すかのように!
「……でも、大丈夫。主は最後にはどんなに救われない者も決してお見捨てにはならない。かつてわたくしを、そしてマリア姉さんをカオス様が救って下さったように、カオス様だって……」
 ……そして、昔の自分達を目前に手繰り寄せるように。今の自分達と重ね合わせるように。
「……そして、わたくしだって、きっと……。」
 言葉を濁し俯くテレサを、カオスは黙って正面から抱き竦める。そして夜風に曝された美しいブロンドの長髪をしっくりと労(いた)わるように撫で上げた
 今カオスが胸の辺りに感じている温かさは、彼が記憶しているあの夜の幼い温もりと寸分と違うものでもなかった。

『ぅぷはあっ!』
「へっ!」
 上方に突如出現した少女らしい声に、女性は老紳士を派手に突き飛ばす。
「なっ……ぉぐっ!!」
 倒れるまいと反射的に利き足に力をいれて堪えようとしたのは、まあ仕方あるまい。
『……あ〜ぁ、やっと出られたぁ! 霊的に完全にしーどるされたパイプが丸で迷路みたいになってて、大変だったぁ。あ、やっぱりテレサ様だったんですね。こんな姿で失礼します。」
「あっ、お、おキヌさんっ!」
 上方排気ダクトから顔を出し、愛想好く会釈する少女の幽体――キヌは、顔を真っ赤にして無用に慌てるテレサの態度を、自分が急に幽体で登場した所為だと勝手に納得したようだ。
『で、カオスさんも……どうしたんですか? 寝っ転がって高く揚げた右足を両手で押さえながら背中でくるくる回ってますけど……。』
「うぅおおおっっなんっどぉぉぉうっっ、ぉをキヌぅでわないぃぃっくわぁぁっっ!!」
(対訳:「おおなんと、おキヌではないか!」)
 カオスが今深刻な状況に陥っているのは、説明的なセリフに突っ込みが入らなかったキヌにも理解できたようだ。その痛みが伝わってきたのか、少女は辛そうに目を細めた。
『何だか知りませんけど、もの凄く痛そうですね……でも私も肉体に戻らないとヒーリングは出来ないから……あっ、カオスさん、それは!』
 霊体少女ははっと息を飲むと、瀕死の老人の下へと素早く軟着陸する。
『……ネクロマンサーの笛。』
 キヌは、皺の浮いたくすんだ色の足首に特価品の靴下でぐるぐる巻きに縛り付けられている添え木の正体をたった一目で見抜いてしまった事を、ちょっぴり恨めしく思った。

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