ザ・グレート・展開予測ショー

【リレー小説】『極楽大作戦・タダオの結婚前夜』(14)[へだたり](前編)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(01/ 6/26)

 ―― 妙神山修行場 此の門を潜る者、汝一切の望みを捨てよ ―― 勇壮な岩山の中に築かれた堅固な城壁の一角、中国式の瓦屋根のついた巨大な門扉には、達者な筆でそう記されている。仏法を守護する龍神・小竜姫が管理するこの城、普通の日本の建築には見られない大きな特徴が素人目にも二つは見出せるだろう。一つはこの正門が北東、即ち鬼門の方角を向いている事。そしてもう一つは高さ数メートルの両開きの扉に、角の生えた巨大なしゃれこうべが左右一つずつ付いている事だ。

『……なあなあ、左の。』
『しぃーっ、私語は厳禁だぞ、右の。』
 しゃれこうべ、即ち鬼門の両名は漸くその大きな口を開いた。見掛けに依らず、声色も口調も気さくな印象を受ける。
『よいではないか、左の。中では何だか楽しそうに遣っておるし、我らも一寸くらいは……。』
『だから駄目なのだ、右の。我らはお客人の逸楽と安寧の時を守る為に、ここでしっかりと見張っておらねばならぬ。』
『うむ、確かに今来ているお客人は、まっこと只成らぬ顔触れだがな……。』
 左の鬼門のきっぱりとした口調に、右の鬼門は少し口を尖らせるが、再び何かを思い出した様に心持ち向き直る。
『とは云え、あの横島殿がその只成らぬ方々の前で祝言を挙げる事に成ろうとは、彼方が最初にこの修行場の門を潜った時からは想像も付かんかったのう、左の。』
『あいや、小竜姫様の逆鱗に触れて大騒ぎは起こしたかと思えば、修行の末に手に入れた文珠で武闘派魔族を一網打尽にしてしまったのだからな。全く食えない輩よ。』
『アッテンションっ!! そこの二人、何を喋っている!!』
 唐突に、やや若さの残る青年の声が鋭く割り込んできた。
 魔族正規軍(魔軍)の制式軍服に身を包んだ青年魔族がつかつかと歩み寄る。門前で立ち止まると踵を中心にしてくるりと体の向きを変え、「休め」の姿勢で相対する。
 クリムゾンレッドのベレー帽に縫い付けられたクロスボーンのワッペンは彼、ジークフリードが魔軍少佐である事の証である。
『現在この地域は、神魔軍事協定により派遣された我が魔軍第6中隊の指揮の下、第2種警戒態勢地域に指定されている事はよもや忘れてはいまい! お前たちも協定に規定された権限により、現地協力者として我々の指揮下にある! 随って警戒任務中は私語を慎め! ……返事は!』
『『は……はあ。』』
 突然降って沸いた災難に戸惑う両鬼門は、思わず生返事を返してしまった。直後自分たちの失態に気付いて忙しく互いに視線を交わしたが、もう遅かった。
 青年将校ジークの細い眉が、ベレー帽の縁を押し上げる程に鋭く釣り上がった。露になった青白い額にはブロンドのほつれ毛に混じって、幾筋もの血管がビクビクと脈動している。
『そんな腑抜けた返事が戦場で通用するかっ、この民間人!!』
『『は、はいーっ!!』』
 一見ほっそりとした体の何所から出てきたのか知れないような大音声が、堅牢な筈の門塀と鬼門たちを激しく揺さ振った。
『違う!! こうきちんと再敬礼し、姿勢を正して「サー・イエッサー!」。さあ、やってみろ!!』
『『さぁ、えっさっさぁ〜!!』』
『馬鹿モノ!! それでは安来節だ!! 「サー・イェッサー!」、復唱しろ!!』
『『さー・いぇっさー!』』
『貴様ら、声が小さい!! ……』

 第6中隊の兵士たちの同情の視線漂う中、少佐の民間人教育は続いた。

* * * * *

 この修行場を設計した奴の面は、さぞかし拝み甲斐が有る事だろう。
 修行場の要である闘技場自体が下町の銭湯そのものズバリな外観を擁している時点で、他の施設の設計センスも知れる(もしくはその全く逆)と云う物だが……かのお客人の大半は鄙びた温泉旅館風の来客用施設の中、大広間の畳の上……布団の中に臥せっていた。

『……どうも、お久し振りです。私は……』
「はいはい判ってますよ。月神族の女王・迦具夜姫さま、でしょ?」
 15段重ねの敷布団の上に横たわる美女の余りにお約束なセリフ回しに、思わずツッコミを入れずには居られない横島である。迦具夜姫は長い睫毛を二三度瞬(しばた)かせると、ゆるゆると上体を起こして横島に向き直った。臀部まで優に届く銀色の頭髪が、傾きかけた日の光を反射する小川のせせらぎのようにキラキラと輝いた。
『……横島どの、その節は大変お世話になりましたね。此度は本当におめでとうございます。』
「はは、どうもありがとうございます。……さ、いいですからほら、横になって。」
『お心遣い、大変痛み入ります。』
 優雅に会釈を返すと迦具夜姫は再び横に成る。その細い肩の上から布団を掛けてやると、横島は後ろを振り返る。視線の直ぐ先には大胆にシャギの入った、活動的なショートカットの頭が向こうを向いて、静かな寝息を立てている。
「神無は……寝てるか。」
『神無は気張り過ぎなのよ。月警官長として身体を張って姫さまをお守りしなくちゃいけないのは解るんだけど、一応「ここ迄の道すがら、魔軍の護衛も付いているんだから、肩の力を抜きなさい」って、あれ程言っておいたのに……。』
 神無を挟んで向こう側から小声で囁く、利発そうな女官の名は朧。武官である神無と同じく、文官として迦具夜姫を扶ける女官の長である。
『……このコったらああ見えて、結構繊細なのよ。』
「へえ、そうなんだ。そいつは意外だな。」
 殊更呆れたような口調でそう洩らすと、横島は神無の後頭部をちらちらと観察し出した。
『地球の霊気が月面の霊気を考慮して、今回の行幸は必要最低限の人数で来たんだけど、結局それで正解だったわ。何せあの月面一の猛者を黙らせる程なんだから。』
「……まあ確かに、3人というのは必要最低限の員数だわな。」
 横島がそう指摘すると、二人は顔を見合わせて、クスクスと笑い合った。

『ふーん、やっぱりあの時の女の子がお嫁さんなんだ。…』
 朧に促されるまま、やがて話題は花嫁へと移っていく。談笑する二人の様子を眺めつつ、縁側に仲良く腰掛けて茶菓子を撮(つま)むのは、美衣、小竜姫、グーラーの三人。山の頂上から吹き寄せてくる清浄な微風の鼻歌と、庭先で戯れるケイと26匹のガルーダの歓声がささやかなBGMだ。
 不意にグーラーが呟く。
『こうしていると……。』
『こうしていると、』
『なんです?』
 グーラーはゆっくりと緑茶をすすってから、息を吐(つ)く。
『……あたしたち、何だか所帯じみちまってるみたいだねぇ……。』
『………………。』
『………………。』
 昼下がりの庭では、勢いよく飛び上がったケイの竹蜻蛉を追い掛ける26匹の嬌声が響いている。

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