ザ・グレート・展開予測ショー

もう一つの「ミスター・ジパング」―稲葉山城での斎藤一家の生活の一コマ―


投稿者名:富士見と美神のファン
投稿日時:(01/ 5/30)

ええっと・・・この話は大体「ミスター・ジパング」の第一話の直後の出来事だと
思ってください。では。

「父上っ!此度の一件、義龍にはどうしても納得がいきません!なにとぞ
お考え直しのほどを!」
稲葉山城天守櫓(当時はまだ天守閣はなかった)から悲痛な叫び声が響く。
が、前の何度かがそうだったように今度もまたその要請は却下され、
意味を失ったその声だけが赤々と秋の色彩をまとい始めた
美濃の山河にむなしくこだました。
稲葉山城は長良川ぞいにそそり立つ標高336メートルの
金華山の山頂にある。平野が多い美濃はなだらかな土地が続いており、
そのため、この山だけが平野に忽然と現れたような峻険な要害となっている。
鎌倉時代に二階堂行政が設して以来、
この城は美濃の原野を睥睨し続けていた。
その最も高い位置にあるはずの本丸天守櫓に今、道三と義龍が立っている。
歴代の城主がかつてそうしたように、
なだらかな土地が見渡す限り広がる濃尾平野をはるか眼下に望みながら。
「父上、なにをためらっておるのです!帰蝶は父上の大事な一人娘では
ありませぬか!それを・・・聞けば先日、父上のお命を奪わん
とこの稲葉山城にわずか三人で忍び込んだ他国の間者がいるというではありませんか。
そのような切迫した事態に、うつけの信長殿に帰蝶をくれてやるなど正気の沙汰
とは思えません!」
道三はまたしても無言だった。だが、その沈黙を保った背中は
義龍の要請を確実に拒否していた。
背中をにらみつけている義龍の胸中に
しだいにいてもたってもいられない気持ちが広がってく。
そして、ついに義龍がその沈黙を肯定と勝手に解釈しようとしたとき、
「義龍」
重々しい威厳をまとった道三の低い声が聞こえた。
「ははッ!」
「そちは若い・・・なんでも力を先立たせようとする。
力がありあまっていることは若者の特権だが、そのために先走り、
痛い目を見ることもある。まあ見ておれ。儂が大人の戦い方を見せてやる。」
道三はやっと義龍のほうを振り返った。その目には壮絶な光が宿っている。
「はッ、承知つかまつりました。」
義龍はぎゅっ、と唇をかみしめながら神妙に答えた。
道三にしてみれば別に今の言葉に皮肉を込めたつもりはない。
むしろ、将来この美濃の国と斎藤家をしょって立つ息子のために
自らの生涯を通して学んだ戦い方を伝授しようと考えていた。
だが、義龍には今の言葉の中で自分が猪突猛進を繰り返すだけの未熟者と
あざけられたような気がしてならなかった。
(父上はいつも俺を子供扱いしている・・・)
あのあと、憤懣たる思いを胸に秘めたまま道三の前を退出した義龍は、
ドスドスとわざと大きな足音を立てて稲葉山城内を歩いていた。
(くそっ、父上も美濃の豪族達にはまるで人気がないではないか!
所詮は成り上がり者と陰口をたたかれておるくせに、
顔を合わせれば偉そうな説教ばかり・・・)
斎藤道三は1494年(明応3年)美濃に生まれた。
これまでは司馬遼太郎氏の「国盗り物語」に代表される
道三一代による国盗りが通説だったが、近江の大名、
六角義賢が1560年(永禄3年)に著したと言われる
「六角承禎条書」が最近発見されたことによって、道三の父、
長井新左衛門尉が長井氏に仕えて主家をもしのぐ実力者となり、
その後を道三が引き継いでついに美濃一国を乗っ取った事実が
明らかになった。つまり、「国盗り物語」は
親子二代でなした業だったのである。
だが、その支配体制は脆弱で、1535年(天文4年)の
長良川の大洪水をきっかけに、翌年まで続いた美濃の内乱は、
美濃斉藤家の支配による地盤が不安定であることを
国の内外に露見させた事件だった。なお、この内乱は道三が当時の守護、
土岐頼武を追放し、頼芸を代わりに据えようとしたことにも一因している。
それ以後、自らを成り上がり者だと自覚している道三は、
守護、土岐氏の権威でその支配を正当化して
いたのだ。
当然、そんな道三に人望が集まるわけがなく、
豪族達の中には嫌々ながら道三に従っている者も多い。
それが隣国の織田氏や朝倉氏に付け入られる原因の一つにもなっている。
義龍にとってはそこが不安のタネであり、
また同時に父をどうしても心から尊敬出来ない遠因でもある。
(成り上がり者・・・やはり父は所詮成り上がり者なのか・・・・・?)
義龍は自らつぶやいた言葉が耳の中で反芻するのにじっと聞き入った。
そして同時に、その言葉を言下に否定できない自分を、
どこからか冷ややかな目で見つめている
もう一つの自分の存在に気づいていた。
その存在はまさに彼の光と影、陰と陽、全くの対局に位置する存在、
対局の役割を与えられ、自らは決して表に出ない存在――
そう、俺は知っている。「あいつ」はこんなときいつも俺のそばにいた。
小さい頃から、ただの一言も発することなく、俺を見続けている。
あの、氷のような冷たい光を宿した目で。けど、
俺は「あいつ」がなにを言いたいのか
知っている。誰よりもよく知っている。それは―
「あ・に・・うえ・・・兄上っ!」
義龍はハッと我に返った。いつの間にやら帰蝶の部屋の前にきていたのだ。
帰蝶は義龍が驚いて自分の方をふりかえるのを見ると、
にっこりと人なつっこい笑顔を見せた。
「いかがなされましたか?また、父上からお叱りをうけましたか?」
帰蝶がこんな態度を見せるのは父、道三と三人の弟、
それにわずかな親しい人たちだけだった。
義龍もそのあけっぴろげな笑顔につられて思わず相好をくずす。
「いや、たいしたことではない。それより、
お前こそ父上や母上にこっぴどくしかられたのではないか?」
義龍はこの前帰蝶が戒厳令下(1548年8月の加納口での織田信秀との戦いの折)
に無断で城外に出たことを揶揄した。
それを聞いて、今度は帰蝶の表情にわずかなかげりがさした。
「母上からは・・・なにも。」
「そうか・・・。」
帰蝶は道三の正室であり、彼女の義母でもある愛芳野だけは
どうも好きになれないらしく、いつも何かにかまけたは接触を避けている。
愛芳野は彼女で、明智氏の娘である彼女を毛嫌いしているフシがあった。
その表情の変化を見て取った義龍は、気まずい話題にふれたかな?と思い、こほんっ、
と一つ咳払いをしてから急に話題を変えた。
「そう言えば・・・お前、この前の曲者騒ぎのあった日から何か様子がおかし
いな?まるで好きな殿方を恋焦がれる女子のような・・・まさか、その曲者に
惚れたとか?」
冗談半分に言った言葉だったが、それを聞いた帰蝶はハッと身を固くすると、
うつむいたままもじもじと考えるそぶりを見せ始めた。
「?」
おかしい?と義龍は直感した。今までどんな男もかしずかせ・・・もとい、
どんな男にも関心を寄せなかった帰蝶がこんな態度を見せるとは?
やがて意を決したらしい帰蝶は義龍の耳元にそっと唇を寄せた。
「お、おいお前!?」
わが妹とはいえ、16歳の濃姫はすでにオトナの魅力を備えつつある。
「将来は美濃一番の美女になるであろう」
と父の道三から常日頃いわれているその子に迫られて、義龍は思わず困惑した。
が、もちろん悪い気はしない。なにせ将来は美濃一番の美女になるかもしれない
女に迫られているのだ。
当然のごとく混乱しまくった思考はあらぬ妄想を抱く。
(いかん!兄と妹の禁断の愛など・・・)
・・・・・・・・・・。まあ、
たいていのオトコなんぞ所詮こんなモンである。
だが、次の瞬間甘い息を吹きかけるほのかに朱を帯びた唇からは、
義龍の甘美で幸せな妄想を吹き飛ばす驚愕のセリフが発せられた。
「尾張のうつけ殿に会いました。」
「なっ・・・・・!?尾張のうつけって・・・あの・・・・・信長!?」
それを聞いたとたん、義龍の顔に絵に描いたような驚愕の表情が張り付い
たように浮かんだ。もちろん、いつまでたっても消えない。
興奮したその息は乱れ、
発せられる声はうわずっている。そしてただでさえ混乱していた思考はさらに混乱する。
「おおおおおおお前まさかあああああのうつけにホレたぁ!?」
すでに混乱の極みに達しつつある思考が
どうにか導き出した答えはそれだった。それに対して・・・
「ハイッ!」
「うっだあああああああああああああああああああ
あああああああああああああっ!!」
帰蝶の元気な返事が、義龍の思考にトドメを刺した。
そして・・・・。次の瞬間、彼の意識
は暗転し、ズズーン!と朽木が倒れるような振動が、本丸御殿を揺るがした。
「ああっ!兄上!?ウソですっ!じょーだんですってば!ちょっと、
今のとりけしっ!誰か御医師衆を!早くっ!」
口から泡を吹いて倒れた義龍を前にあわてふためく帰蝶の声を、
どこか遠くに聞きながら
義龍は心の中でツッコミを入れた。
(とりけせるかあああああああああああっ!?)
そして・・・彼の意識はそれを最後に完全に闇に落ちた。
ドタバタと響く大勢の人々の足音と、帰蝶の悲鳴は、
高く澄んだ秋の空に吸い込まれ、やがて消えていった・・・・・。

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