ザ・グレート・展開予測ショー

霧の中のジョニー


投稿者名:トンプソン
投稿日時:(01/ 5/27)

『霧ヶ原』一見聞くと綺麗な響きの有る地名が有る。
悪い事は言わない。近付かない事だ。土地の人々も言っている。
「それでも僕はいかないと、いけないんですよ」
見た目は高校生の吸血鬼ハーフ、ピエロト・ブラトーは軽く返す。
土地の人々は神隠しの霧と恐れている。
「なるほど」
手を伸ばすと自分の爪先が見えなくなる濃い霧だ。
距離感も惑わされるその霧に紛れて超音波を感じる。
「吸血蝙蝠、か。やはり」
更に足を運ぶとごつごつとした岩場に似た感触を味わう。
「あっ、骸骨」
幾十と積み上げられた骸骨なのだが、一番新しい物でも三十年は経っていよう。
「・・・何を食べているのだろう」
若し、霧がなかったら絶景な眺めを堪能できるであろう。小山に近い場所に別荘に似た建物があった。
ピートは右に紙袋を持っているので左手でその別荘の扉を叩く。
返事が無い。
「いらっしゃるんでしょ?」
ピートが声をかけるが、返事は無い。
何気なくドアノブ、といっても金属部はボロボロに朽ちているのだが、鍵はかかっていない。
「入りますよ」
中は以外に整備されているが、埃がそこかしこに舞っている。生物は一切いない。
いや、蝙蝠がいるのだが。
「誰だ?」
枯れ木が震えるに似た老人に声だ。男の物だ。
もっとも、人間以外に男と説明するのはどうかと思う。こやつ吸血鬼だ。
「噂では戦後日本に居を構えたというのは本当だったのですね。ジョニー」
「ほぉ、伯爵の坊やじゃないか」
突然の来訪者に驚くでも喜ぶでもない。その男、名をジョニーと呼ばれている。
「お元気そうで、といいたいところですが」
「なかなか、正直だな。別段病気という事ではないがな」
咳を交えながらの会話というところか。
「これ、御土産です」
紙袋を渡す。酒瓶に老舗の煙草ワンカートンだ。
「実に30年ぶりに口を使うな」
戸棚に唯一残るガラスのコップを持ってくる。
「しまったな。一つしか残ってないな」
「いいえ。僕はまだ御酒は」
「そういうな。もうお前も500年は息をしとるのだろ?」
「苦手なんですよ。ジョニー」
それ以上は薦めなかったが、
「ダンピルとは言え、吸血鬼が酒も呑めないでどうする」
一口湿らすと、独り言が漏れる、美味いと。今度は煙草を斬る。
「火はあるかい?」
高校生を演じているピートにライターやマッチは無用の物だ。
「ないのか」
「ええ。でもこの霧を管理してるんですから、火炎の術は簡単でしょ?」
「だがよ。この霧によって俺は邪悪な陽光を遮断してたがな。もうそんな余裕はないさ」
「解りましたよ」
ピートはともし火を指先に召喚する。その火を使って煙草に煙を付ける。
「・・不味くなったな。不純物が多すぎる」
「そう?昔ながらの精製方ってのが、このメーカーの売りですけど」
「しょうがないさ、今は不純物がうようよしてるからな」
それでも煙草も美味そうにくわえている。
「今はどうしている?あの島から出ているのか」
「えぇ、人間と一緒に暮らしています」
この告白にも驚くでも怒るでもない。無論喜ぶでもない。
「そうか」
再度煙草を口にする。
「ジョニーはどうしているんです?何もしていないようですが」
「あぁ、吸血もやめちまったよ」
小さな別荘に似つかない大きな樽を指して、
「10年前までは、血の蓄えもあったがよ。今は何も無い。残ってるのは」
ガラスのコップを指差す。
「これから、どうするんですか?」
「待つさ」
何を待つのかと聞くが、返事は帰ってこない。これが返事かもしれない。
「人間の世界に入ってきませんか、以前とは違います。私達吸血鬼にも理解を持ってくれる人も多いですよ」
煙草の煙を潰してから、
「我々と言うな。坊やは所詮ハーフ。俺とは違うさ」
「でも、人間から見れば同じなんですよ、良い人だって沢山います」
こんどはコップに酒を注いで、
「俺は嫌というほど人間の暗い部分を見てきた。体験してきた。今更そっちの社会に入る気は無い」
「でも、このままじゃあジョニー、あんたの命は」
「人間は俺を恐れた。それと同時に俺も人間を恐れた」
「でも、時代は変わって来てます!」
少々、ピートの顔を眺めたジョニー。
「吸血鬼一族が変革を口に出したか。我が一族は変革を恐れ、死を恐れこの姿になった」
又コップに注いで、
「坊や、お前は変れた。関わった御仁の成果だろう。その方に御礼を言わせてくれ」
一気にあおる。
「でも知っての通りだ。30年前に最後の人間を殺めて以来、何もしていない」
本来、ピートは言いたい事が沢山あったろうが、
「・・・・解りました。さよならです」
「あぁ、それでいい。ありがとよ。坊や、暗くならないうちに出な」
懐にあった輸血用のパックも渡さなかった。渡せなかったと言う方が正確か。
それから、別荘を後にする。霧で見えなくなる寸前。音も無くその別荘が消えた。
「あっ」
急いで戻ると、残っていたのは、机の上にあった煙草の吸殻、そしてコップに少量の酒。
「アルコールの遺書、か」
納得したのかピート、そのコップをおもむろに手にしてからおそるおそる口にする。
ごくと、喉がなった。
「美味しくないよ。ジョニー」
酒瓶と煙草のカートンは何処にも見当たらなかった。
酒瓶の銘柄はジョニーブラック、ウイスキーの王様だ。
その男が愛した酒の名から彼の愛称がついたのだろうか。それは創作者にもわからない。
濃い霧が一年中絶えないその土地を死地に選んだ吸血鬼、名をジョニー、
人、恐れ奉って、こう呼ばれた事も有る。
霧の中のジョニー。


-FIN-

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