ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(33)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(01/ 5/16)

「……もう随分と夜も更けてきましたし、退屈なお遊びはこれくらいにしておきましょうかね。」
 プロフェッサー・ヌルは瞳孔を細めてそうぼやきながらも、美神と横島による神通棍と呪符と霊波刀の間断無い攻撃を、頭部から垂れ下がった八本の触手で器用に凌いでいる。
「た、退屈だって!……」
 戸惑いに揺れる横島の出脚が、数瞬遅れる。
 陰気な燐光を纏った悪魔の目玉は、それを見逃さなかった。
「さあ、これでも喫(くら)いなさい!」
 蛸頭から一本の触手が立ち上がったのを、美神は見た。その先端が直角に折れると同時にその先から白い真っ直ぐな光線が発射される。その光線の軌跡を目で追った先には横島の姿があった。
「うわぁっっ!!」
「横し……へっ?」
 横島の上半身に光が当たっている事を知覚したその瞬間、美神の視界も純白に染まらんとする。同時に内に潜む雌豹のカンが最大限度の危険を告げると、彼女はその声に従い素早く左に飛び退る。床の上を2回半程転がってから、勢いを殺さずに再び立ち上がろうとした、がバランスを完全に崩して再び倒れこんだきり、立ち上がる事が出来なかった。完全に硬直した右半身は倒れた際の痛みや、夜の石畳の冷たさを全く伝えてはこない。
 地べたを這う自身の姿があの悪魔の目にどう映っているのかを想像すると、無性に腹が立つ。しかし一番腹が立つのは……。
「この、馬鹿横島ーーーっっ!!」
かんっっ!
「あひぃっ!」
 何とか起こした上体を無理矢理捻り、スウィッチ一つで縮めた神通棍を横島の側頭部目掛けて投げ付ける。得物はくるくると回転しながらも鋭い軌跡を描いて的のど真ん中に命中した。そして直後上方に鋭く跳ね上がると、今度は緩やかな放物線を復路に選んで美神の左手に再び収まった。
 縁日の射的屋台の景品宜しくゆっくりと左側に倒れる横島の右手の中では、「鏡」と書かれた文珠が小さな煙が噴き出してその形を徐々に失っていく。ろくな抵抗も出来ずに倒れこんだ左半身からの一切の感覚を横島が受け取る事は出来なかったが、右側頭部に出来上がった巨大な瘤からはジンジンと痛みが込み上げてきて、彼は思わず泣けてきた。

 床に這いつくばる二人の対戦相手を楽しげに見下ろすと、ヌルは一本の触手を誇らしげに立ち上げた。
「……これが5本目の触手「痺」です。この触手から発せられた光線を照射した部位は、神経の活動に不全を来たして暫くの間自らの意思では動かせなくなってしまいます。長時間照射した場合にはあらゆる身体機能が停止状態となり、恰(あた)かも生ける彫像のように……って、あの、聴いてないんですか、ねえ?」
「あの麻痺光線を何で私に向けて反射したのよ! このバカ!! お間抜け!! あんぽんたん!! すっとこどっこい!!」
「うああああ、不可抗力やーーーっ! 仕方なかったんやーーーっ! ふぎゅっ!」
 ヌルの足元では、美神がさっきの要領で横島に向けて神通棍を投げ付け続けている。そして体勢上高い確立でその大臀部に投擲物が命中する度に、横島は子供に突付かれ続ける蓑虫の様にうねうねと身体を仰け反らせては妙な鳴き声で囀った。
 その遣り取りを呆然と見守っていたヌルの戸惑いが怒りへと変わり、いよいよ触手の一本を振り上げようとした、将にその時。
「……させるか!!」
「!」
 怒号と共に、横合いから金髪の青年が割り込んできた。その青年ことピートの左掌には冷たい程に清浄な光が宿っていた。


 地面に倒れ込んだ格好のピートは、自分の対戦相手である人造吸血鬼スックベ01の股の間から、見た。
 プロフェッサー・ヌルの触手から発射された白い光線は、横島に真っ直ぐ照射された。僅かに遅れてから横島の掌に別な光が宿った後、向こう側で回避動作をとっていた美神が倒れ、やや間が在ってから横島もこちら側に倒れ込んだ。その後、地に伏した二人は上体をもぞもぞ蠢(うごめ)かせるばかりで起き上がるそぶりを見せない。いや、ひょっとしたら先刻の光線の所為で二人の身に変調を来たしたのかも知れない。
 それから再びヌルの触手が動き始めたのを確認した瞬間、ピートの身体は跳んでいた。
 自らも満身創痍で仰向けに横たわっていた筈だが、そうせずにはいられなかった。
「(美神さん! 横島さん!)」
 スックベ01の股下からそのまま抜け出し、ヌルの頭部目掛けてダンピール・フラッシュの宿った拳を打ち噛ますイメヂを描きつつ、ピートは首を持ち上げる。ほぼ同時に自らの身体が霧状に変換されていくのが実感された。
「(主よ、キリストよ、聖霊よ……、)」
 神聖な者への祈願の言葉を心中で呟きながら、起きた勢いのまま筋肉質な腿の隙間から頭を突っ込んだ。そして聖光を集めるべく軽く碗状にした右の掌に軽く意識を集中すると、肩周辺に蓄積したダメヂまでもが蘇り、ピートの細面を歪ませた。
 ヌルまでの距離は残り7メートル。
 後方に風を感じた。しかしピートは振り返らなかった。
「ぅくっ?!」
 心持ち蹴り出した右足に、鈍い衝撃。ピートは振り返らなかったが、人造吸血鬼が踝を掴んでいるのはひんやりとしている割に妙に生々しい指の感触で判る。本来、半分霊体と成る霧化状態では多くの物理的干渉は無効化出来るのだが、魔力の篭もった存在による干渉には余り役に立たない。寧ろこの状態では能動的な防御行動を取る事が出来なくなるので、変幻自在の足回りを活かした回避行動に専念するのが常道である。
「くぐぅっ!」
 スックベ01の太い芋虫のような指に恐ろしい程の力が入る。足首から先を引き千切らんばかりの強烈な握力に、ピートは悲鳴を押し殺しつつも身を硬く捩じらせる。正面の目標を目指して飛ぼうと藻掻くが、その度にこの茨の縄の制裁は苛烈なものと成っていく。
 幾つかの抵抗が途労に終わると、ピートは神への祈りを再開した。ただし祈りの文句は心の中で、目は閉じないで目標を見据えたままで。
「……(主よ、キリストよ、聖霊よ……)ぅはっ!」
 弾かれたかのように突然、ピートの身体スックベの戒めから逃れて飛び出した。否、蜥蜴の尻尾切りのように、足首の部分で自身の霊体を切断したのだ。祈りの言葉はこの苦痛を和らげるものだったのだ。
 人造人間の方は目の前の突然の現象に戸惑っているのか、実体化した右足を提げつ眺めつしている。しかし右足の本来の持ち主は振り返りもせず、ただ前方の目標を睨み付けたまま再び祈り始める。今度の祈りは自身の苦痛の為ではない。

 ヌルまで、あと4メートル。
「……(キリストの巷に蔓延(はびこ)りし悪魔をどうか退け給え……)。」
 半分実体化した左の掌に熱が集まる。これは目の前の邪悪な霊を焼き尽くす正義の光。
 その邪霊が再び床に伏す友人たち目掛けて制裁の鞭を振るおうとするのが見えた時。

 あと2メートル。ピートは叫んでいた。
「……させるか!!」

「!」
 ヌルは一瞬目を見開き、そして……微笑んだ。
 そして準備していた触手をそのまま、ピートに向けた。
「!!」
 ピートは反射的に実体化を中止した。光術ならば霧状化した肉体では微細な光の乱反射が起こる為に効果は殆ど無い筈である。そして相手の背面を取るべく非物理的な急旋回を仕掛けようとしたその時。
「っふっ!」
 全身に激しい衝撃を覚え、ピートの精神集中が途切れる。体を左に流した格好のまま空中で実体化したピートはそのまま床の上に墜落した。
 ピートの全身の肌の色は、樹上のカメレオンの様に黄緑色に変色していた。
「ぐはっ!……げほげほっ、ぐふっっ!!」
 そして口の中から赤黒色と緑色の混じった吐寫物を打ち撒ける。
 横島も美神も、ピートの壮絶な様子から目を逸らすのも忘れ、恰(あたか)も全身が麻痺したみたいにただ呆然と見守っていた。

 そうしてから1分余り、すっかり吐く物の無くなったピートが一息吐いた処で、ヌルが唇を湿らせた。
「……これが6番目の触手「毒」。ここから噴出する毒ガスは物理的には勿論の事、霊的物質にも有効ですので、霧状の身体には……ガスの成分が霧の粒子の一粒一粒に吸収された結果、ダイレクトに効いてしまったみたいですねぇ。」
 哀れむような口調で、教授は手短に解説した。


「……(美神さん、横島さん、ピートさん……)。」
 幼子を胸に抱いたキヌは、その一部始終を観ていた。美神や横島が倒れた時は無論、ピートが倒れた時には流石に叫んでしまいそうになった。
 しかし自分には他に出来る事がある。泣き叫ぶ事なんかよりもずっと大事な事が有る。斯く成る上はヨーロッパの魔王・ドクターカオスとこの施設の責任者・テレサの助けを請わなくてはならない。今、分厚い扉を通して聴こえてくる声はこの二人のものに間違い無いだろう。喩え彼らが戦力として余り期待は出来なくても、今の自分に出来る最善の策はこれ以外には思い付かない。
 キヌは意を決した様に、もう一度文珠を握り締める。掌の中で薄ら輝いて現れた文字は「守」。
『お願い……ピエッラちゃんを守ってて!』
 目を閉じてそう念じつつ、キヌは一つ深呼吸をする。彼女の肉体からすっと力が抜けたかと思うと、寸分違わぬ姿の霊魂が肉体から剥がれ、ふわふわとダクトを目指して浮遊していく。
 格子を静かに外すと、キヌの霊魂は暗い穴蔵の中に音も無く吸い込まれていった。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa