ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(32)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(01/ 5/ 9)

 美神の魂を揺さ振り動かすのは、心の中に響く軽妙なヂャズの調べ。
 ドラムと呼吸の間隔、ベイスと心臓の拍動は、ほぼ完全に一致している。

「(The technicolor, dignified life is ...)」

 サビが近づいてくるにつれて、ドラムとベイスが力強さを増す。
 熱い血液が若い肢体を巡りゆき、無敵の活力を彼女に供給する。

「(based on ... unfairness, ...)」

 心穏やかに佇んでいるようにさえ見える彼女の瞳には、赤い炎の塊が宿っている。
 全身に漲(みなぎ)る熱の為に肌は上気し、薄らと浮かんだ汗が更なる艶やかさを演出する。

「(not worth than hour's purchase!)」

 もはや先程迄の痛みは、殆んど感じられなかった。
 サビに入る直前に偶然重なった喧騒を合図に、美神は興奮気味に鼻を鳴らすと同時に飛び上がった。


「何っ!」
 プロフェッサー・ヌルが状況を把握したのは、左目の端に動く影を捕らえてから一呼吸措いてからだった。しかしその一呼吸の間というのは、近接戦闘においては十分致命的な間と成りうるのだ。
 猛然とした殺気が左側方から、予想外の高速で迫ってくる。あれほどの衝撃をまともに喫(くら)っておいて、これだけの動きをしてくるのは全く意外であった。その手には何処に隠し持っていたのか、完全に伸ばされた神通棍が硬質な光を宿していた。
「ちいっ!」
 自分の失態を悟ったらしく、水っぽく舌打ちをしたヌルは触手の一本を美神目掛けて強く振り仰ぐ。

びゅううううっ!!

 触手から発生した暴風の巨大な魔手が、4メートルの距離に切迫した美神の身体を完全に捕まえた……かに見えた。
「はっ!」
 低い姿勢で突撃を敢行する美神は、一閃の気合いと共に呪符が突き通された得物を真っ直ぐ正面に突き出した。
 棍の先端を頂角にした円錘形の防御結界は、指向性の強い空気の流れに正面から打ち当たる。
 最初にぶつかった際の衝撃で前進する勢いは大きく殺がれ、逆に後方に押し流される。しかしその暴風の大半は結界に大きな負担を強いぬまま、ただ後方に流れていった。
 結局今回の暴風は美神を2メートル程後退させ、その歩を止めただけ。しかし呪符の方は屑紙に成っていた。
「ふん、人間風情が小賢しい! っうおっっ!」
 再び美神に向けて触手を振り下ろそうとしたヌルの右半身を、絶え難い衝撃と発熱が襲う。ヌルは慌てて後退り、両の目に静止する敵対者の姿を一人ずつ捉えた。
「……成る程、オトリと思っていた方が実は本命でしたか。打ち合わせも無しにここまでやるとは、いやはや一本取られましたな。」
 いつもながらの飄々とした教授の言葉も、今は自分の失態を揶揄するような響きすら感じられる。
「それに不意打ちとは謂え、こちらの坊やがこれほどの能力を身に着けているとは、思ってもみなかったものですからねえ、ええ。」
 右目に映した横島の手の中では、文珠が鈍い光を放っている。ヌルはそれを憎々しげに睨み付けながら、文珠の爆発で半ば炭化した右の肩口を一本の触手で神経質に撫で回している。
 赤い色素がゆらゆらと波打つ額に、宵の明星のような白い星型の弾痕がくっきりと浮かび揚がった。


「(……これで文珠は残り1つか。うーん、これからどうしよう?)」
 横島は右手の中の文珠を弄(いじ)くりながら、これからの算段とやらにそのお粗末な脳味噌を悩ませている。
 先程の一撃は、美神に気を取られて隙を見せていたヌルが、更に霊的攻撃をした際に一瞬霊的防御が薄くなる処を狙って衝いたのだ。しかし恐らくもう、同じ手は使わせて貰えまい。
「(あの様子じゃ煩悩大放出するヒマも呉れないだろうしな……うーん、仕方無いか。)」
 美神が再び動き始めたのを見て、取り敢えず右掌から刃渡り1メートル余りの霊波の刀を現出させる。その一撃には「爆」の文殊程の破壊力は無いが、コントロウルも容易で何より燃費が良い。
 結局、纏まりの付かない頭のまま突撃を掛ける横島。彼は彼なりに一所懸命だった。


 ヌルと美神たちが改めて相対してから、10分近くが経過した。

 あれから美神と横島は傷らしい傷を負ってはいない。二人の果敢なる接近戦法により、若干の精神集中と1秒余りのタイム・ロスを強いるヌルの魔法の触手はその出番を失っていた。仕方無く普通の棍棒として振り回すしかないのだが、8本も有るのは伊達ではない。両面から襲い掛かる二人の攻撃を凌ぎ、また反撃を加えるのは彼にとってそんなに難しい事では無かった。
 対する美神と横島は戦闘が長期化するにつれて、徐々に疲労が隠せなくなってきていた。一人頭4本の触手をいなしながら攻撃をしなくてはならない。それに下手に触手を切り離してしまうと、切った足が屈強な使い魔兵士ゲソバルスキーに変化してしまうので、思い切った打撃を繰り出す事すらも躊躇(ためら)われる。よって効果的な一打を浴びせられないまま、無用なストレスを抱え込んでしまうと云う寸法だ。
「はははははは、分からないのですか? この『煉獄炉』が稼動している限り、貴方がたの攻撃など全くの無駄なのですよ!」
 そう嘯くプロフェッサー・ヌルは、『炉』から無尽蔵に供給される冥界のエネルギィにより、文珠で負った火傷をほぼ完治させてしまっている。もし人間の姿のままであったのなら、どんな嬉しそうな顔をしていただろうか。
「「……くっ!」」
 冷や汗に塗れた額とは対照的に乾ききった二人の口からほぼ同時に、疲労と焦燥が綯い交ぜ(ないまぜ)になった喘ぎが漏れた。

「……はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
 ピートもまた汗だくになりながら、スックベ01と向き合っていた。
 ダンピールである彼が吸血鬼特有の強力な再生能力を備えているのと同様、この巨魁人造吸血鬼も並々ならない再生能力を持っているようだ。
 しかし長時間の運動や特殊能力の使用により、さしものピートも疲労の蓄積を自覚せずにはいられなかった。その所為で先刻から再生に倍の時間が掛かっているし、息が上がってきたのもその証拠だ。
「……よし、行くぞ! せいっ!」
 呼吸が整うや否や、汗を拭くのも惜しんで、ピートは再び挑みかかっていく。
 巨大な人造物は最初と変わらぬ冷え切った目で、走り込んでくるピートの姿をただ見詰めている。
 青年の手から今宵何度目かの聖なる光の放射を確認すると、獲物を見付けた猛禽の如く彼に飛び掛っていく。
 轟音と共にくの字になった小さい方の影が、反対側の壁に激突する。
 青年が再び立ち上がってくるまで、巨大な影は呼吸一つ乱さずに只待つのみ。
 ずっと、今迄と同じように。

 
「そんな……。」
 きっちりと閉ざされた扉の前で、場違いな程に安らかな寝息を立てる小さなピエッラを胸に抱いたまま、キヌは悲壮な表情でそれらの戦いを見守っていた。
 ネクロマンサーの笛すら持たない今の彼女には、ただそうしている事しか出来なかったのだ。
 魂の獄たる煉獄に繋がる『煉獄炉』が稼動している今、幽体と成って直接戦闘を支援するのは霊体的には勿論の事、肉体的にも危険が大きい。その上この空間は外界とは霊的に遮断されており、地脈の流れがきちんと読めないので、ヒーリングも上手くいくかどうか自信が無い。とにかく今の彼女ではどうにも成らない事だった。
 それは、自分が一番よく分かっている事だ。でも……
「……今の私に、出来る事は……。」
 キヌは祈るように呟くと、さっき横島から預かった文珠をきゅっと握り締める。

…………!!

「え?」
 キヌの耳に何か、声が聴こえたような気がした。

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