ザ・グレート・展開予測ショー

月に吼える(21)後編


投稿者名:四季
投稿日時:(01/ 5/ 2)

「やれやれ……」
 
掴み所のない歩みを留める事無く戦っていた関が、ふと歩みを止めた。

「そろそろお開きみたいだね」
 
確かに、天狗と上村の周りにはもう動く敵の姿はなかった。
 三桁近い数を誇っていたアンデッドとゴーレムは、関の周囲の十数体を残すのみだった。

「まだやる事もあるし、ここまでにしておこうか」

 その言葉と同時に、関は再び動き出した。

 しかし、今までの動きとは明らかに違う。

 例えるなら穏やかな、しかし確かなリズムを持ってたゆたう海の満ち引きのそれから、容赦なく全てを自らの内へ飲み込む、荒ぶる奔流のそれへ。

「ふっ」

 短い呼気と共に、関が動いた。

 同時にアンデッドが、ゴーレムが、何者かの呪縛により死後も縛られる存在達が、自然の時の流れへと還って行く。

 何者も、彼に触れる事は出来なかった。

 腕を振りかぶれば肘を打ち抜かれ、蹴りを放とうとすれば軸足を払われ、武器を構えれば武器を弾かれ、そして逸れた意識を再び彼の元へ戻す暇は誰人にも与えられなかった。

 動きを止める為に周りを包囲しようにも、関の動きが縦横無尽、大胆過ぎて包囲網を編もうとする傍から縦糸も横糸もズタズタに引き裂かれてしまう。

 天狗が援護に駆けつけようとするよりも早く(上村獣医は相変わらず絶叫していた)、彼の周りからは十数体あった敵の姿はすっかり消えていた。

「なんじゃ、昔ワシには防御能力皆無とか言っておいて、アレは嘘だったようじゃの」

 敵の攻撃のうち幾つかは、天狗の目にも回避不能なタイミングと角度だったように見えたのだが。

 天狗の幾分の皮肉と呆れの篭った視線も、関の鉄面皮の上をするりと滑っただけだった。

「ははは、防御なんて、してませんよ」

 数年来の友人にして数百年の年長者に、臆面もなく言ってのける。

 その笑顔には、一片の悪意もなかった。

 まあ、そこが胡散臭いのだが。

「ほう、そうなのか?」

 ようやく立ち直ったのか、汚れた一張羅の白衣をどうしようかという視線で眺めながら
(どうやらその場しのぎに白衣で顔を拭ったらしい)、上村が近づいてきた。

 興味を持った事には、とことん貪欲な人間なのだ。

「ああ、僕は、防衛本能というか、霊的防御能力は皆無だよ」

 誤魔化そうとする様子もなく、関が頷いた。

 まるで悪びれたところがない。

「ふむ、では、どういうことかの」

 これも純粋に興味本位だろう、天狗が先を促す。

「そうだなあ……」

 関は、数秒の言葉を選ぶような沈黙の後、にこやかに語りだした。

「流れをね、見るんだよ」

 視線は交互に、二人に均等に投げかけられた。

「闘いの全ての流れをそのまま受け入れて、その中で核となる部分を潰すんだ。相手が攻撃しようとしていれば、自然に動きの中心はソコになるからね」

 実に簡単に、あっさりと言ってのけたが、その言葉を常に実行できるようになる為に、一体どれほどの努力を要したのだろう。

 相手の動きが顕在化する前に、その流れが行き着く先を見切り、あまつさえ、その流れを断ち切るための一点を、攻撃する。

 誰よりも優れた洞察力と相手の先を行く素早い動き、何よりどんな体勢からも自らの体
を思い通りに操作し確実に目的を遂げる類まれな柔軟且つ硬質の身体能力。

「ちなみに聞いておきたいんだが……」

 ふと、上村が怪訝そうな表情を見せた。

「その流れとやらを見切れなかったら?」

 目は二つしかないし、感覚を鋭敏にするにも限界があるだろう。

「攻撃されて、痛いね」

 関はさらりと言ってのける。

 今までに何度でもあったかのような無造作な物言い。

「どうしようもないくらいに多勢に無勢だったら?」

 どんなに流れを見切っても、手足は四本しかない。

「敵の流れの核を潰すのは変わらないが……まあ、潰しきれなかった分の攻撃は、無防備に受けるしかないね」

 だから霊薬か背中を任せるパートナーは欠かせないんだ。

 もっとも、今までそんな相手を見つけた事は二度だけだがね。

 事も無げに言ってのける関の笑顔は、やはり胡散臭いくらいに爽やかで、どうしようも
なく自然だった。

「……やはり、おぬしの友人はやめられんのう」

「一度、心行くまで貴方の事を研究してみたいものだな」

 二人から返された言葉は、それが常識人にとって有難い事かどうかは別として、どちらも最大級の賛辞に当るものだった。

 もっとも。

「ははは、お褒めに預かり光栄だなあ」

 この何処までも胡散臭い爽やかな笑顔で何もかもを受け入れるこの男の懐の深みは、そんなものでは埋まりもしないようだったが。


 この男の底を知るのは、ただ一人かもしれない。

 胸に光るロケットが、静かにそれを主張していた。

(22)へと続く

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa