ザ・グレート・展開予測ショー

月に吼える(21)中編


投稿者名:四季
投稿日時:(01/ 5/ 2)

「さてさて、僕たちは僕たちで見せ場を作るとしようか」

羊の皮を被った狼というよりも猫を被った獅子の胡散臭さで、関が楽しそうな笑みを浮かべる。

「ふむ、関式退魔封神術の真髄、久々に見せてもらえそうじゃの」

天狗の瞳に純粋な武術探求者としての眩くも暗い炎が宿る。

「ほう、どうやら楽をさせてもらえるのかな?」

やれやれといった調子で、上村獣医が呟いた。

「これが終わったらすることもあるしね♪」

 関一人だけが何処までも楽しそうだ。

「嬢ちゃん達の後を追うのか?」

 主役は譲ったつもりだったのだが。

「野暮はどうかと思うがね」

 上村獣医も余り気乗りしていない様子だ。

 それよりも、この階層に保存されているものを調べる事の方が、彼向きなのかもしれない。

「いや、僕も馬キックを貰うつもりはないよ」

 肩を竦めた関は、懐から何かを取り出した。

「なにかの、それは?」

 その質問に、実に、実に嬉しそうに、関は満面の笑みを浮かべた。

「楽しいドラマの実況生中継さ♪」

 結局盗聴かい。

 二人が突込みを入れる前に、周囲の化け物達が雪崩を打って襲い掛かってきた。



「覇っ!!」

 死闘は、天狗の短い覇気と共に始まった。

 周囲を取り囲むように接近していた敵の一角、右手の三体のゾンビに斬り込む。

 ある程度の知能は残してあるのか、二体が囮の壁になり三体目が本命の一撃を加えようとしていたようだが、如何せん速度が違い過ぎた。

ブンっ!

 斬撃が通り過ぎた数瞬後にようやく音が届く右上から左下への一閃が、囮の内向かって右側の首を刎ねたかと思うと、そのまま角度を変えもう一体の囮の左膝を断ち切る。

 飛び散る腐汁をものともせず、バランスを崩した囮を牽制として思い切り前方に蹴り飛ばす事で出来た真打の一瞬の隙を逃さず、天狗は身体ごと投げ出すような突きを放った。

「まだまだ……」

 こんなものでは甘いのう。

 凄惨さの漂う修羅の笑みを口元に浮かべ、天狗が次の敵を求め振り返る。

「おぬしらの境遇には同情せんでもないがの……」

 研究員だったのか事務系の職員だったのか、名前も、家族もあったろう。

 それぞれの人生も。

 もう、誰とも判別もつかなくなってしまったアンデッドとゴーレム達に、天狗はほんの刹那惜別の瞳を投げる。

「生憎と、ワシはこれ以外に死出の旅を手向けてやる術を知らぬ」

 目の前に手にした刀を翳す。

 彼の業。

 そして、生きてきた、証。

「後生には、生の喜びの中で戦おう」

 それは誓い。

 それは祈り。

 その刃には刃毀れも無ければ脂で曇ってもいない。

 まるで主の闘気そのもののように、刃は鈍る事の無い輝きを放ち続けていた。


「ほほう」

 そんな天狗を横目で――興味深い研究対象を発見した研究者の目で――観察していた上
村獣医も、休む暇は与えて貰えはしなかった。

 元来が研究者肌の人間であるから三人の中では唯一荒い呼吸で肩を上下させており、それを各個撃破の好機と見て取ったのか、シロとタマモが抜けた後、周囲を囲む敵の数は一段と多い。

「まいったなあ。私には肉体労働は向いていないのだが……」

 ぼやいてみても、後悔先に立たずである。

 それでも壁を背にする事で辛うじて――とはいえ未だ傷を負っていないのだが――いなしていた上村だが、時間と共に増えて行く足元に飛び散っていた血液やら様々な物体に足を取られ、一瞬意識が逸れた。

 隙を逃さず、三方からタイミングを微妙にずらした攻撃が襲い掛かる。

「むっ」

 崩れた体勢では全ては捌き切れないと咄嗟に判断し、上村は勢いのまま前に跳ぶ事で左
右からの攻撃をなんとかやり過ごした。

 しかし、結果、正面の敵には自分から突っ込む事になってしまう。

「っっだぁっ!!」

 自分から跳び込んだ為に相手の攻撃が体重の乗っていない、致命的ではないものになったのは幸運かもしれないが、不幸な事にその相手はゾンビだった。

 腐り果てた体にタックルをしてしまったのだ。

「うわ、強烈……」

 偶然そちらを見ていた関が、珍しい事に眉を顰める。

 それは実に見ているだけで匂いが想像できそうな世にも臭い抱擁だった。

「う、うをををををを……」

 上村が腹の底から搾り出すような呻き声をあげる。

 がばっと上げた顔には、ゾンビの腹辺りから滲み出していた緑色の汁がべったりと付着している。

 即座に三時間洗ったとしても、どう甘く見積もっても三週間は気分が晴れる事はないだろう。

 しかも、いまは戦闘の真っ最中。
 洗顔に時間を割く余裕は皆無である。

 世界のどこかでブチっと何かが切れる音がした……ような気がした。

「……よ、よくも選りにもよって顔に腐ったゾンビ汁なんぞを……」

 上村の表情が般若もかくやという形相になる。

 そう、彼は潔癖症だったのだ。

 いや、例えそうでなくても顔面にゾンビ汁は一生勘弁願いたいだろうが。

 というか、この場合文句をいわれてもゾンビの方が困るだろう。上村が自分から突っ込んだのだから。

「そうだとも、大体肉体労働は向いてないんだ……」

 上村はぶつぶつと何やら呟いているが、その目は遥か遠くにイッてしまっていた。

 その余りに異様な雰囲気に飲まれたのか、周囲の敵も半径二メートル以内に近づいて来ない。

 と、上村が顔を上げた。

「ふ、ふはははは」

 ちょっとアレちっくな笑いなどを喉の奥から迸らせながら、背中に陽炎を背負って歩き出す。

 その姿はどう見ても獣医のそれではなく、天狗のそれと同類のものだった。

 周囲を囲んでいたアンデッド達は一定の距離を保ちながらも共に移動し、上村を囲み続ける。

「付き合いとノリでスロウペースな肉弾戦をやっていたんだが……もう止めだ」

 呟きとともに、その右手が一瞬霞んだ。

 幾筋もの光条が閃く。

 次の瞬間には視認できるようになっていたが、その手からはメスが消えていた。

 自らの武器を捨てて、どう戦うと言うのか?

 そして、どの敵も隙を逃さず襲いかかろうと……しなかった。

 いや、正確には、出来なかったのだ。

 なぜならば。

 どさり。

 彼らの体は両断され、地に落ちていたのだから。

「富士の樹海で遭難した時に偏屈なじーさんに習った技でね。≪無尽≫と言うのだが……
まあ、聞こえてはいないか……しかし……」

 しかめっ面で呟くその手の中には、何時の間にかメスが輝いていた。

 無尽とは、では無刃という事だったのか。

 想像を絶する技を見せ付けた男の姿はしかし。

「顔だーーー!!顔を洗わせろーーー!!」

 ある意味これもまた想像を絶する形相で絶叫し暴れる上村からは、もはや緊張感も鬼気も微塵も感じる事は出来なかった。

 というか、あんたなんでそんな所で迷ってるんだ。
後編へと続く

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