ザ・グレート・展開予測ショー

月に吼える(21)前編


投稿者名:四季
投稿日時:(01/ 5/ 2)

もはや用を為さない、かつて扉だったものの痕跡を潜ると、外観より幾分こじんまりしたスペースが存在していた。

搬入される物資が物資なだけに温度も湿度も空調で完全に管理されており、その配管がスペースを狭めている一因だろう。

もっとも、天井とて並みの家屋の吹き抜け以上の高さはあるし、面積から言っても、子供たちが遊ぶ位ならば野球かサッカーを楽しむのに十分であろう広さがあった。

「がらんどうね」

十五メートルも先の壁に、まるで初めからそこに備え付けられているかのようにめり込んだ扉に驚愕の視線を送ると、タマモは倉庫らしい空間を見渡した。

「ちょうど物資の搬入前だったのかな、それとも、ここにあったものを使って何かしているのか」

もっとも、この場所は一時保管場所に過ぎない可能性も高い。

辺りを無造作に、しかし隙無く見渡しながら関は奥に向かってずんずん歩いて行く。

「うん、あったあった」

やがて嬉しそうに頷くと、振り向いてシロ達を手招きした。

「何があったんでござるか?」

髪とシッポをなびかせ走ってきたシロが首を傾げると、関はにぃっと唇の端をあげて倉庫の一隅を指差した。

小劇場の舞台ほどの広さはあるだろう。

オレンジ色のアコーディオン式フェンスの向こうにあるそれは、資材用のエレベータだった。

「でっかいエレベータでござるなあ」

感心したように覗き込むシロの腕がぐいっと引っ張られた。

「なに不用意に頭なんか突っ込んでるのよ」

振り向くと、呆れ顔のパートナーが立っていた。

「中に何も居ないとは限らないでしょう?」

どうも、今日はタマモのこんな表情ばかり見ているような気がするが、そんなに信用が無いのかと思うと少し悔しい感じがした。

「そんなこと解ってるでござる」

「解ってるなら、しなきゃ良いじゃない」

唇を尖らせたシロにぴしゃりと言ってのけるタマモ。

美神の事務所では既にお馴染みの光景だが、周囲の大人達は微笑み交じりの表情で見てい
た。

しっかり者の姉とお祭り好きの妹と言ったところか。

「ま、シロ君だって人狼の戦士だ。並みの相手が待ち伏せしてても心配はないだろう」

関の言葉は仲裁と言うよりは、パワーバランスを取ろうとしているように見えた。

悪戯っぽい表情をしているが、対するタマモは反比例で醒めて行く。

「……うさんくさい」

「ん?何か言ったかい?」

「なんにも」

輝かんばかりの笑顔で白い歯を光らせている関に溜め息交じりにと言い残すと、タマモは
少し離れた位置に自分の身を置いた。

他人の意図に躍らされるのも気に入らなかったし、少し離れた場所に居るくらいが、このメンツでは気が楽だと判断したらしい。

横島とは又違った意味で解り辛い男は軽く肩を竦めると、何やらエレベータの中で議論を始めたおやじーす残り二人の方へ歩いて行った。


「はてさて、問題は何処まで下るかじゃな」

エレベータには一階を除くと、B1、B2、B3と言う表示があった。

「一階づつ見て行くかね?」

腕組みをする天狗の前には指先でくるくるとメスを弄ぶ上村獣医が立っている。

ぴっ、ぴっ、ぴっ。

メスで階数の表示を指して行く姿が、何とも言えない怖さを持っている。

「ふむ、まあそれなら確実じゃが、しかし余り時間が無いのではないかの?」

天狗はやけに神妙な表情で自分達の意見を聞いているシロに視線を送った。

早く師の元に駆けつけたいだろう事は間違いないだろうが、衝動を表情に表す事無く(忙しなく動くシッポには現れていたが)どんな手段が最善なのか必死で考えようとしている。

「ふっふっふ、そんなの決まっているじゃないか」

と、やけに自信たっぷりの表情で近付いてきた関が、ビシっと階数表示板に指を突き付けた。

その先にあったのは、B3の文字。

あまりの自信、しかも根拠不明なソレに場の空気が一瞬シンとなったが、年の功か天狗が
まず立ち直った。

「一応聞いてみるが、その自信の根拠は何かの?」

或いは、付き合いが長い彼には返ってくるだろう答えが如何なるモノか想像できたのかも
しれないが。

「はは、お約束だよ。大ボスは一番深いところか一番高いところに居る、ってね♪」

なるほど♪

案の定、場の空気を凍らせる一言である。

一瞬思わずノリで納得しそうになった自分にゲンコツを一つくれる。

が、タマモは、それでもどこかからは始めなければ何の進展も無い事も解っていた。

だとしたら、最深部と言うのも悪い選択ではないだろう。

「OK。とりあえず行ってみましょ」

いまだどう反応して良いのか迷っている他の面々を余所に。

ぽちっとな。

問答無用で、彼女はエレベータのボタンを押した。



「で、その結果がコレでござるか?」

殴り掛かってきたゴーレムを右に軽くステップする事でやり過ごしながら、シロがジト目
でタマモを睨んだ。ついでに右へ回り込もうとしていたロボットアームを霊波刀で薙ぎ払う。

「うっさい。こういう事はやってみなきゃわかんないんだから、しょーがないじゃない」

狐火で左右の屍鬼を焼き払いつつ背後に向かってタマモが言い返すが、その言葉には照れ
笑いが薄く滲んでいた。

地下三階にたどり着いたエレベータの先に待っていたのは、いそいそと物資の整頓やら何やらに勤しむゾンビだの屍鬼だのゴーレムだのであり、挙げ句の果ては施設の設備であろうロボットアームまでがシロ達を敵として認識し、排除に掛かったのである。

それらが何を原材料に作られた存在であるか想像するのも忌々しかったが、どちらにせよ再びエレベータを使用する余裕は与えて貰えなかった。

「どうやらワシらの仕事が決まったようじゃの」

四方から連携して掴み掛かろうとする小型のゴーレムを障害物を利用して巧みにいなしながら、天狗が笑った。

「ふむ、そのようだね」

ゾンビの膝を踏み砕き、慣れた手つきでメスを閃かせつつ、上村獣医が悲壮感の欠片も無い声で淡々と呟く。

「じゃ、最大の見せ場は主役二人に任せるとしようか」

捉えどころの無い動きで一見ふらふらと戦場をうろつきながら気まぐれにも見える手つきで敵を文字通り叩き潰す関が、背中合わせで戦うシロとタマモの方へと近付いて行った。

「ま、そーゆーことだから♪」

ポンとシロの背を叩き、笑顔でウィンクしてみせる。

「関殿!?」

「ちょっと、そーゆーことだから、じゃ無いわよっ」

文字通り噛み付かんばかりの剣呑な視線で二人が振り向いた。

「この状況で、そんな真似できる訳ないでしょ!?」

個々の戦闘力は大した物ではないとはいえ、数十に及ぶその数と、中でも一部の連携した動きは決して侮れるものではない。

「そうでござるよっ」

事実、シロもタマモも軽傷ながら幾つもの傷を負っていた。今この場で戦力の四割が抜けるという事が何を意味するのか。

周囲に漂う血と肉の焦げる嫌な匂いが脳髄を不快な方向に刺激した。

「おやおや、侮られたものだなあ」

後ろ蹴りで背後の屍鬼を牽制しながら、関の口元が大きく笑みの形に歪んだ。

「主役は譲っても、まだまだ少年少女に年寄り扱いを受けるつもりはないんだが」

額に玉の汗を滲ませながら、上村獣医が自ら長年名脇役であることを任じてきた熟年の俳優のように深みの或る苦笑を滲ませる。

「シロ嬢ちゃん。この場合大切な事は、本来の目的を忘れない事ではないのかの?」

状況にそぐわぬ穏やかな声で、天狗がシロの視線を捕らえた。

「しかし……」

自分達だけ戦場を放棄するなど、心情的に納得できるものではない。

「後悔は、苦いぞ?」

天狗の視線は、孫に対する老人のそれだった。

しかし、この場を捨てる事が後悔に繋がらないと、どうして言えるだろう。

もちろん、横島はシロにとって大切な師匠だし、仄かな好意とも尊敬ともつかぬ感情を寄
せる相手ではある。

だからといって、自分だけの望みの為に犠牲にならなくても良い筈の誰かを犠牲にするかもしれない事実は、シロには重過ぎた。

「……私は、賛成ね」

沈黙してしまったシロに代わりタマモが口を開いた。

どうやらこの数秒の間に、彼女の中でおやじーずに対する認識が少々変わったらしい。

「な、何を言うでござるか!」

怒りか敵に背を向ける事の屈辱か、震えるシロの声にも、しかしタマモは動じなかった。

「アンタのプライドは問題じゃないのよ。私たちが居るより、この三人にしてみればその方が戦い易いの」

言って、自分達と関たちとの様子の違いを指し示す。

「ぁ……」

注意して見てみれば、関たち三人の何れも傷どころか返り血さえ浴びていなかった。同じ様な激戦を続けているにも関わらずだ。

幾つかの小さい痣や切り傷、擦過傷を作っている自分達とは、悔しいがどうやら格が違うのだ。

「さ、どうするか決まったかな?」

まるでシロ達に考える時間を与えるように周囲の露払いに徹していた関が、ぴたりと動き
を止めてシロの瞳を覗き込んだ。

「……関殿、天狗殿、上村殿、宜しくお願い致す」

決意したように深く頷き、一人一人の名を感謝と武運を祈る万感の思いで呼ぶ。

「うむ」

「任せておき給え」

天狗も上村獣医も、振り向かずとも、その声には笑みが滲んでいた。

「よし。それじゃあ、行っておいで」

最後に関が送り出すようにシロとタマモの背をぽんと叩く。

「非常階段まで、道を開こう」

言うなり一歩踏み出すと、運悪く居合わせたゴーレムに思いっきり前蹴りを食らわせた。

どがぁーーーん!!

大砲でもぶっ放したのかという音と共に、重力を無視し、香港映画もかくやという挙動で

ゴーレムが一直線に後ろへ吹き飛ぶ。

射線上に居た全ての敵を薙ぎ倒すという非常識な蹴りによって作られた盛大な花道を駆け

抜けながら、シロもタマモも、この場を離れる事が出来る事にある種の幸運を感じていた。

幾ばくかの冷や汗と共に。

中篇へと続く

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