ザ・グレート・展開予測ショー

月に吼える(20)


投稿者名:四季
投稿日時:(01/ 4/18)

(20)

 陽が当たらない建物の影に入ると、春も間近とは言えやはり肌を刺すような寒さが感じられた。
 
もっと早い時間帯だったら霜柱が立っていたかもしれない。吐く息は白く、アスファルトで舗装された道の脇にも、それを物語る痕跡を残した地面が覗いていた。

 建物の裏手には、資材用の搬入路がある。

 知っていたのか、はたまた勘か、関は迷う事も無く裏口とも言えるそこにたどり着くと 振り返って言った。

「さてと、どうしようか?」

 端正な、けれど本心の所在を霞ませる笑顔で、直ぐ後ろをついて来ていたタマモの顔を覗き込む。

「どうしようかって……何の為に狭っ苦しいトランクに入ってまで来たと思ってるのよ」

 怪訝そうな表情になるタマモ。

 成り行き的に行動を共にする事になったタマモ達は知る由も無かったが、これは良くある事だった。

 どんな状況下でも自分の意志を手品のように貫き通してしまう関だが、気に入った人間の意見は尊重する、というか、その思考に興味を示す。

 別に、それで彼自身の意見が変わるという事も(滅多に)無いのだが。

 もしかしたら、彼なりの人物眼を養う方法なのかもしれない。ただ遊んでいるだけ、と言うのが一番有力な気がするが。

「今日の主役は君達じゃないか。何がしかの具体的なプランを持ってるんじゃないのかな?」

 そこにいきなり割り込んできたのはアンタでしょうが。

 一瞬咽喉まで出掛かった言葉を何とか留めると、タマモは軽く首を振り冷静になるよう自分に言い聞かせた。

 何を考えているのかはさっぱり解らないが、とりあえず戦力にはなるだろう。そう考える事にする。

「内部構造とか、特に聞いてた訳じゃないから……」

 そうだ。

 実際問題として、さして具体的な行動を考えてきたわけではなかったのだ。

 どちらかと言うと普段の態度から冷静沈着に見られがちなタマモだが、単独行動の狐族らしく、芯に秘めた行動力はシロにも劣っていない。

 そもそも今回の行動は美神達の認可を得ていない全くのお忍びである。

「じゃ、完全な遊撃部隊か」

 ほんの微かに陰りを見せたタマモの表情に気付いたのか否か、関はふと呟くと、何やら考え込むような仕種をしてみせた。

 一方、二、三歩後ろでは。

「久しいのう、シロ嬢ちゃん」

 まるで数年ぶりに会う孫でも見るような目で、天狗が口元を綻ばせていた。

「その節は天狗殿には世話になったでござる」

 シロが元来礼節を重んじる人狼らしく、小さく目礼を返す。

 前方のタマモが一瞬複雑な表情になった。

 シロの天狗に対する視線には、明らかな敬意が含まれている。

 特定個人に対する認識が如何に多様性を持ち得るか、実に良い見本と言えよう。

「なに、あの時は良い勝負をさせてもらったからの」

 長い歳月を生きた者だけが持つ深みを持った笑みに、シロは微かな懐かしさを覚えて破顔した。

「拙者の方こそ、また機会があったらお手合わせ願いたいでござるよ」

 タマモが何をもって天狗を毛嫌いするのか解らなかったが(知っていたら、もしかしたら多少は反応が変わったかもしれないが)シロにとって、天狗は敬意を表すべき一人の武人だったのだ。

「ふむ、ではその日を楽しみに、長生きするとしよう」

 その時は嬢ちゃんの師匠も連れてくるといい。

 天狗の言葉に、タマモの眉間に深い溝が刻まれたりしたが、シロはまるで屈託なく頷いていた。

 それどころか(あの天狗殿にそこまで見込まれるとは、先生はやっぱり凄いでござる♪)などと内心喜んでいたりする。

 文字通り見込み違いなのだが、知らぬが花、だろうか?

「で、結局どうするのかね?」

 その時、それまで沈黙を保っていた上村獣医が、退屈そうに口を開いた。

「私としては、このような場所で時間を潰しているよりは、一刻も早く憎むべき友の敵に天誅を加えてやりたいのだが?」

 愛用の品なのか、相変わらず掌で弄んでいるメスの鈍い光に、シロとタマモが思わず表情を引きつらせる。

 自分達が病に倒れる事があっても、決して上村動物病院だけには行くまい。視線で肯きあう。

 というか、こいつに獣医師免許交付した奴は誰だ。

「ふむ、少し考えてみたんだが……」

 良い事を思い付いたといった感じの関の満面の笑顔に、タマモは何故だか嫌な予感を覚えた。

「手っ取り早く、建物ごと灰にすると言うのはどうだろうか?」

 いや、どうだろうか?って言われても。

「却下」

 タマモの率直かつ誤解しようのない意見に異を唱えるものは居なかった。

「拙者は正々堂々と正面から挑みたいでござるよ」

「わしも、どっちかと言うと直に戦いたい方だのう」

 直接戦闘主義の二人の意見は目に見えていたし、上村獣医も、何か研究の参考になりそうなものがあるかもしれないと、焼き討ちには懐疑的だった。

「うーん、良い考えだと思ったんだけどなあ」

 ウィルスの培養も出来なくなるだろうし。

 心底残念そうな関の顔に微かな頭痛を感じながら、タマモがかぶりを振った。

「千歩ゆずってそれが効果的だとしても、中には美神さんたちが居るでしょうが」

 その美神がかつて似たような戦法を取ろうとした事があるのを、タマモは知らない。

「……ふむ。じゃ、吶喊だね」

 何の未練も感じさせない、寧ろわくわくした様子で関が言う。

 否、言葉を発した時には、既に滑るように歩き出していた。

 その場の誰にも、それは酷くゆったりとした歩調に見えた。

 にも関わらず、関は瞬きをする間にシャッター脇の重厚な金属扉の前に立っている。

 そして、その歩調と同じくらい無造作に蹴り上げた足が扉に触れた瞬間、自動車の衝突にだって耐えそうなその扉は、爆発したように内側へ弾け飛んでいた。

「んなっ!?」

「……な、何が起こったんでござるか?」

 タマモとシロが驚愕の表情で凍り付く。

「相変わらず、たいしたもんだの」

「むむむ、やるな」

 おやぢーず二人は、感心した表情だ。

「さて、行こうか」

 そして当の関は胡散臭いくらいに爽やかな笑顔で振り向くと、何事も無かったように四
人を手招きした。

 それは笑顔の仮面を纏った悪魔の誘いのように見えないでもなかったが。



 時間は少し溯る。

 研究所の空気は、ひんやりとしていた。

 空調は稼動しているようだが、人いきれがまるで感じられない乾燥した空気がそんな印象を強めているのかもしれない。

「で、何処から当たるんすか?」

 前回同行していない横島が、ロビーの中心でふと首を傾げた。

 すぐ奥には、二階の居住区へ上る階段とスロープがある。右手奥には、全ての階層に通
じるエレベータがあった。

「ま、上は昨日見たから、今日は下ね」

 まだ多少口調に不機嫌さが滲む美神が、それでもややぶっきらぼうな視線と共に応えた。

 仕事には(特に高額のギャラが保証されている仕事には)強烈な責任感を発揮するのが常である。

 ちなみにここまで達する間に横島が既に二、三発殴られていたりするが。

「じゃ、えれべーたですね」

 歩き出そうとするおキヌを、美神が制止した。

「セキュリティをいじれたくらいの奴だもの、面倒だけど階段を使いましょう」

 今までにあまり無かったタイプの敵である。

 悪霊がコンピュータを駆使する、これも時代だろうか。

 ウンザリしないでもなかったが、幸い依頼主が持参していた研究所の見取り図には少し奥まったところに非常階段が記されていた。

「面倒って、荷物持ってるのは俺でしょーが……」

 昨日からの自分の扱いにどうにも腑に落ちないものがある(鈍感!)横島が、思わず愚痴をこぼす。

 悄然と下がった肩はそこはかとなく同情を誘わないではなかったが、まあ、良く言って自業自得だろう。

「何よ、アンタみたいなセクハラ男、なんで雇ってると思ってるの?」

 耳聡く聞きつけた美神のギンっと音がしそうな鋭い視線に、横島の方もパブロフの犬状態で反射的に謝ってしまうのだ。

「うう、なんか扱いが連載初期に逆戻りやー」

「……」

 滂沱の涙を流す横島に、いつもならフォローしてくれるおキヌも今回は複雑な視線を投げるばかり。

 どうやら博愛の彼女も昨日からの横島の女難(?)にかちんと来ているらしく、平常心に戻るにはもう少し時間が掛かりそうである。

「ま、いーじゃないさ。アタシはヨコシマの良いとこ、知ってるよ」

 他にするものがないので仕方なく、かどうかは解らないが、グーラーが横島の頭をよしよしと撫でる仕種をする。

 身長があるグーラーだけに、子供ならぬ大の男相手のそんな仕種も様になっていた。まさに姐さんと言った感じだ。

「むむむむむ、横ぉ島ぁー……」

「……横島さんの……馬鹿」

 で、そんなところがまた、厄介事のスパイラルを巻き起こしているのだが、どうもグーラーにはこの状況を面白がっている節がある。

 涼やかな目元は、美神達の表情を観察し、明らかな笑みを形作っていた。

「なぁ、グーラー」

「何だい、ヨコシマ?」

「どーも、事態は悪化の一途を辿って行くばかりな気がするんだが……?」

「ヨコシマの気の所為だろ?」

 しれっと言ってのける。

 アンタ、絶対確信犯だろう。

 グーラーへの突っ込みの代わりに入ったのは、横島への肘鉄二人前だった。
(21)へつづく

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