ザ・グレート・展開予測ショー

月に吼える(19)前編


投稿者名:四季
投稿日時:(01/ 4/10)

何処までも蒼い空の向こうに、薄白い月が漂っていた。

鷹だろうか、翼を広げた大きな影が陽の光を受けて悠然と空を横切っている。

「しっかし、何にも無いわねー、何度来ても」

烏龍茶のプルタブをカシュっと引き開け、心底から都会型人間の美神がのんびりと呟いた。

ちなみに前回の訪問は昨日である。

景色が変わっていたらその方がコワイ。

「でも、ピクニックには良いですよね。空気も美味しいし」

フォローと言うよりも心底そう思っているのだろう、おキヌが楽しそうに目を細めて笑う。

横島たちに手作りのサンドイッチを勧める様子は、実際ピクニックに来ているように見えなくも無い。

「ま、そーもとれるか」

おキヌらしい言葉に、美神も笑顔で返す。

この子だったら、どんな場所でも楽しみを見つけられるだろう、そんな事を思う。

「そうですよ。ね、横島さん?」

美神の言葉に嬉しそう頷くと、横島に笑いかける。

「そーだなー、おキヌちゃんの料理も美味いし、これで悪霊がいなきゃ完璧だけど」

「そりゃ贅沢ってもんだよ、ヨコシマ」

おどけた横島の言葉に、グーラーが豪快な笑いで背中を叩いた。

痛そうに顔を顰める横島を横目に、ぐびぐびと缶の中身を飲む。

「仕事前に飲むなよ」

呆れ声の横島に、グーラーがしな垂れかかった。

「どーせ本当には酔えないんだから。いーじゃないさ、気分くらい♪」

「お、おいおい」

確かに人間と等価な肉体を持たないグーラーは、アルコールでは酔わない。
のだが……。

ちなみに、目も頬もほんのりと朱に染まり、どう甘く見積もってもその行動は酒場でくだまく酔っ払い、しかもオヤジ属性のソレにしか見えない。

「ほう……」

「……横島さん?」

美神とおキヌが、にっこりと微笑んだ。

どちらも輝かんばかりの笑顔だ。

なのに、酷く背筋が寒い。喩えるなら、心臓と喉笛に氷で出来た刃を突き付けられたような。
美神の足元には握り潰されひしゃげたスチール缶が転がり、おキヌは何処から取り出したのかシメサバ丸を握り締めている。

「あ、あははははは、さ、さあ、行きましょうか、うん、行きましょう、ちゃちゃっとや
っつけねーと」

慌ててサンドイッチを飲み込むと何時もの大荷物を背負って脱兎のごとく走り出す横島。

次いでズンズンと地響きを立てて歩いて行く美神達を見送ると、グーラーは軽やかに笑って立ち上がった。

先ほどまでの明らかに酔いの回った振る舞いは、もう無い。

口笛さえ吹きながら歩き出したグーラーがふっと後ろに投げた空き缶が、駐車場隅のゴミ箱にキレイに飛び込んだ。



数分後。
動くものの見当たらない駐車場で、変化が起こった。

「……もうそろそろ、良いでござるか?」

トランクの中から、ひそひそと話声が響いたかと思うと。

「……そうね」

ガコンッ!
と、トランクの蓋が跳ね上がった。

「ぷはーっ。やっぱり、外の空気は美味しいでござるなあ」

人の姿に戻って上半身を乗り出したシロが、大きく伸びをする。

数時間に及ぶ車のトランクの旅は、やはり快適ではなかったのだろう、冬の冷たい外気に触れて心底気持ちよさそうだ。

「すっごい田舎ね、変態天狗の住処と良い勝負だわ……」

周囲をぐるりと見渡して、同じく人間の少女の姿に戻ったタマモが言葉ほど嫌そうでも無い表情で呟く。

彼女たち犬神族にしてみれば、寧ろ都会よりもこのような光景の方が馴染み深い。

多くの生き物の過酷な冬の中でも密やかに躍動する息吹が、彼女たちには感じられるのだった。

「さてと、さっそく先生達を追いかけるでござるよ」

決意の言葉も勇ましく、すたっと軽やかにコンクリートの地面に降り立ったシロを、タマ
モはじろっと横目で睨む。

「アンタねえ、何も考 えてないでしょ……」

こんなに直ぐに後ろから追い掛けたら、早々に見つかって追い返されるのがオチでしょうが。

直情径行のパートナーに彼女らしい少しキツイ言葉を投げかけると、タマモは何かの包みを小さなバックパックから取り出した。

「む、良い匂いでござるなあ。一体なんでござるか?」
香ばしく甘い香りに、一瞬何かを言い返そうとしていたシロの視線が吸い寄せられる。

「昼ご飯よ。朝はバタバタしてて何か食べる暇なんて無かったもの」

ダミーのバッグを用意したり(一応ガルーダの子供たちの同意はとっていたりする)幻術で隠れたりと、あの短時間でやった事は多かった。

バレたら、エライ目に会いそうな気もするが、まあ、その時はその時である。

自分の思考経路の変化に少し苦笑を覚えながら、タマモはトランクから地面に降りた。

隣で、稲荷寿司を広げる自分を羨ましそうに指を咥えて見ている人狼に影響されたのかもしれない。

ふとそんな事を思う。

思うと、なんとなくシャクだったので、もう少しからかう事にした。

「何よ、アンタ、もしかして何も用意してきてないの?」

にんまりと口元を吊り上げてその瞳を覗き込んだタマモに、シロは慌ててそっぽを向いた。

「ぶ、ぶ、武士は食わねど火の用心でござるっ!」

が、必死の強がりも既に原形を留めていない上に、当のお腹は主の意志に反抗するように
再度くーと小さな鳴き声をあげる。

「……」

「……」

沈黙。

は、無論、それはすぐに破られた。

「ぷっ、くく……はは、あははははーーっ」

シロが倒れて以来見られなかったタマモの屈託の無い笑いが、弾けるように山間に響く。

「わ、笑うなーーーーーーーーっ!!!」
シロの抗議の声さえもどこか楽しそうに聞こえるほど、冬の日差しは軟らかに二人を包んでいた。


「うそうそ、ちゃんとアンタの分もあるわよ」

「フンッ、意地の悪い狐の作った食べ物なんか要らないでござるよ」

口調の何処かに笑みを残したタマモの言葉に、すっかり機嫌を損ねてしまったシロは背中を向ける事で応じた。

一応仮にも自称武士としては、中々に酷な体験だったのかもしれない。

或いは、修行不足を悔いているのか。

けれど、そんな頑ななシロの背中に、却ってタマモの瞳は小さく笑っていた。

「ふーん、ホントに要らないんだ?」

タマモの口元を、又してもどこか企んだ歪みが覆う。

仲の良い姉妹の、ほんの少し意地悪な悪戯好きの姉、そんな仕種にも見える。

「そーでござる、拙者の事はほうっておいて、とっとと食うでござるよ」

そして、早く先生達を手伝うのだ。

シロが意識を本筋に集中させようとした瞬間に、タマモがぼそりと呟いた。

「あーあ、折角、美智恵が作ってくれたのに……」

ぱくりと、自分の分の稲荷寿司を食べながら、視線を空へ投げる。

そうしていても、シロがびくっと肩を震わせた事を、タマモは感じていた。

「仕方ない、バカ犬の分はこのまま持って帰るか」

美智恵はなんて思うかな。

そんな言葉を付け足して、もう一度シロの方を見やる。

忙しなく動くシッポが、何よりも雄弁にシロの心情をあらわしていた。

耳には、むむむ、とかいう唸り声が聞こえてくる。

結果は五秒足らずででたようだった。

「……」

ずいっと。

背中を向けたまま無造作に差し出された右手に、シロ用の特製おむすびを包んだ竹の皮を乗っけてやる。

「あー、たまに外で食べると美味しいわ」

突き抜けるように蒼い空と、刷毛で引いたように薄く流れる白い雲を見上げて、タマモが誰にとも無く呟く。

確実に、春の足音は近付いていた。

隣からは、言葉は返ってこない。

けれど、むしゃむしゃと貪り食うようなその勢いが、全て物語っていた。

美智恵は、全て知っていてそれでも何も言わなかった。

だから、別に、自分も何か言う必要はないだろう。

なんとなく、タマモはそんな気がしていた。

「……美味しいでござる」

緩やかに流れる風に掻き消されてしまいそうな、ほんの微かに潤んだ声が、聞こえたような気がした。

後編に続く

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa