ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(28)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(01/ 4/10)

「そ、そうだ! 教授!」
 ピートはこの奇妙な気不味さ払拭せんと、よく通る声でそう呼び掛けた。
「……何です、坊ちゃん?」
 ヌルは恥ずかしさと怒りの炎がちろちろと燃えている瞳を、声の主に向けた。
 作り笑いの仮面は、既にピートの顔から脱ぎ捨てられていた。ピエッラを抱える腕に力が入っているのが遠目にも確認できる。
「ヌル、お前はここで一体何をしている? そして母……いや、伯爵夫人はお前と一緒に何を研究した?」
「ほう、まさかワタクシたちの研究に興味をお持ちだとは、思ってもみませんでしたな。宜しい、お教えいたしましょう……冥土の土産には丁度好いでしょうな。」
 後頭部にまで及ぶ広い「額」を走っていた極太の青筋は、徐々にその姿を失っていった。瞳の中の憤怒の陰火は消え、野心的な知性の輝きが取り戻されている。
 教授はゆっくりとコンソウルから離れると、まるで主役のように悠然と「舞台」の上を逡巡し始めた。


「ワタクシが長年行ってきたのは……そこの美神と横島はよく知っている事と思いますが、人造兵鬼の研究です。つまり、強大な破壊力とある程度の自律性を備えつつ所有者に完全な忠誠を示す、まさに生きた兵器です。一部は実用化されていますがね。」
「でも見た処……あの時にあった巨大なガーゴイルとか、恐竜みたいな奴は何所にも居ないみたいだけど?」
 室内を見渡しながら美神が口を挟んだ。
 壁際一面にに立て掛けられた円筒形のスィリンダァ群は、恐らく人造兵鬼の培養槽に違いない。直径およそ2メートル弱のスィリンダァは濁りの強い半透明で、余り中身がよく見えない。まあ人間の大人であれば三人が並んでも余裕で入れるだろうが、翼長6メートル強の鳥型の彫像や、況してや頭の天辺から前足の先までの高さが10メートルを超える雷竜型のトカゲは、どう頑張ったって納まるまい。
 ヌルは人差し指を立てて、満足そうに口を緩める。
「よくぞ良い処に気が付きました。それこそがワタクシの研究の一大転機なのですよ! 以前のワタクシは来たるべき末世に備え、一度に数多くの敵を殲滅できる大量破壊殺戮兵鬼の開発及び製造を研究の主眼としていました。したがって、出来上がったのはあんなデカブツばかりだったのです。しかし土偶羅魔具羅の奴、このワタクシの留守の間に巨大兵鬼のデイタを『結晶』を使わずに『魔体』を動かす研究に盗用しおって……おっと、これはこっちの話です。」
 教授は取り繕う様に、頻りに顎鬚を弄り始めた。
 つまり『究極の魔体』を動かす為の基礎に、少なからずヌルの研究が貢献していた事になる。美神やピートは勿論、今一つ状況を把握し切れていない横島ですらその事実に勘付き、息を飲んだ。
 ギャラリィの動揺にやや不審げに眉を寄せると、教授は鬚に当てた手を休めて演説を再開した。
「……なまじ巨大な人造兵鬼は脚一つ動かすのにも大量のエネルギィを要する為、動作にに不安定を来たし易いのです。それに非常に目立つので、戦略的に投入できる機会が限定されます。しかし何より一鬼当たりの製造・管理に掛かるコストが多く、大量生産は人材面でも物資面でもまず不可能。つまり、兵鬼としては余りにも不完全過ぎたのです。」
 事実、巨大人造兵鬼は非常に局地的にしか用いられていない。香港での風水盤争奪戦の時に女蜴叉(メドーサ)が地下洞に配したケルベロスは、数少ない巨大人造兵鬼実用の一例であろう。
 因みに現在でも米国を中心に目撃されているグレムリンは、第二次大戦中にドイツ第三帝国が敵国にばら撒いた合成妖怪兵鬼である可能性が以前から取り沙汰されている。が、被害に対する補償の責任問題やら妖怪愛護団体の抗議運動などの諸々の事情とかで、この懸案は常時棚上げ状態である。
「しかしここで、ワタクシの研究に一大転機が訪れたのです! まさにコロンブスの卵と謂う奴ですよ! 」
 白衣の裾を翻し、ヌルは再度人差し指を立てた。色めき立った髭面から発せられた声は溢れくる興奮で上ずっていた。
「まず、兵鬼そのものを小型化する事で省エネと安定性を確保します。人間型にすれば戦闘以外にも対応できる汎用性をモノにできます。次に素材そのものを、今まで合成するのに多くの薬品と手間を要した無機物質から、純粋に科学的に培養可能な有機物質に切り替える事で、高い生産性を獲得します。 その時に巧く素材を吟味してやれば、小型化によって生じる戦闘能力減衰の問題を解決出来るどころか、更に能力を拡張する事すら可能なのです!」
 壇上の教授はここまで一気に捲くし立てると、さも満足そうに一息吐いた。
 汗まみれの広い額が、照明の陰気な明かりをぬらぬらと照り返している。
「そうそう、ピート坊ちゃんの二つ目の質問には未だ答えていませんでしたな。その、テレサ殿が何を研究なさっているのかを。それこそ、このワタクシの人造有機体兵鬼に相応しい、まさに究極の素材に関する研究なのですから。それはぁ……」
 教授は勿体付けるように言葉尻を伸ばす。三人の焦りが頂点に達するのにはさほど時間は要らなかったが、もう少しその様子を見届けていたかったヌルの声調はやや不満そうであった。
「……それは、ヴリュコラークス・アルティフィキアーリース、つまり人造吸血鬼。正確には本物の吸血鬼を素材の一部に用いるので、100%人工と云う訳では無いのですがね。」
 今度こそ、お気に召すギャラリィの反応が得られたらしい。教授は今宵二度目の高笑いに酔い痴れた。


「……さて、すっかり夜も更けて参りました。お喋りはそろそろお開きにして、そろそろお休みに成られるが良いでしょう……永遠にね!」
 美神たちが呆然としている間に、ヌルは既にコンソウルの脇に立ち戻っていた。
 こんな時に立ち直りが一番早いのは……やはり横島だ。
「永遠に、だって?!……だぁーーーっ、冗談じゃない!!」
 そう叫ぶが早いか、横島はキヌを横抱きにしたまま、内側に開きっ放しの入口扉を一目散に目指す。
「ふふっ、無駄です!」
 ヌルがコンソウル上のパネルを1,2操作すると、この部屋唯一の扉は軋み音一つ立てずに軽やかに閉まっていく。

ドォーーーーンンッッ!  ガシャガシャッ!

 しかし巨大な両開きの扉は、その大きさに相応しい重厚な轟音を立てて横島の眼前で合わさった。同時に厳重そうな鍵が掛かる音も聴こえた。
 横島は慌ててブレイキを掛けるが時既に遅く、閉ざされた扉はもう目前に迫っていた。

ごいーーーん……

 キヌを庇おうと咄嗟に腰を退いたのは偉い。その代わり反動で前に突き出てきた顔面を強か扉に打付ける羽目になった。
「しょ、しょんにゃぁ……」
 それから数秒。扉からゆっくりとその顔を離した横島の身体は、そのままふらふらと二・三歩後退り、一瞬の沈黙の後、背中から倒れ込んだ。
 その腹の上に横臥わるキヌは、全くの無事のようだ。
「全く、私を差し置いて助かろうとするから……ぁつぅ!」
 そう毒づく美神の背中を、濃厚な熱気が焼いた。いや、これは『炉』から漂う霊気!
 堪え切れず、後ろを振り返る。
「『炉』の出力を限界近くまで上げてみました……言った筈です。貴方がたにきっちりとお礼をするとね!」
 既にヌルの頭は、蛸のそれと完全に入れ替わっていた。地獄の業火に焼かれたのであろう火傷の痕が、粘膜に覆われた頭部の上で歪な質感の斑模様を形成していた。
「今回は万全を期して、もう一人ホストをお呼びしましょうか。……人造吸血鬼試作型『スックべ01』、起きなさい!」
 八つの触手が忙しく、しかし一抹の澱みも無くパネルを叩く。

ぼこっ ぼこぼこぼこっ ぼこぼこっ ぼこ……

 先程水泡を立てたスィリンダァから、今度は中の液体が沸騰していると誤解しそうな程、激しく気泡が上がっている。いや、スィリンダァ内の液体が高速で抜き取られているのだ。

ぷしゅ

 空気の抜ける音と共に円筒の側面がゆっくりと開く。そしてそれは地に、足を着けた。

ひた。ひた。

 右脚。左脚。腰。右腕。左腕。胸。そして、頭。
 薄明かりの中にゆっくりと姿を現したのは、凡そ2メートル半の背丈を持つ、ギリシャの英雄へーラークレースも斯くやと云うべき筋骨隆々たる逞しい肉体。
 その上に乗っている小さ目の頭部で瞬く、二つの濁った輝きに射竦められ、美神は身体を動かす事はおろか、呼吸すらも忘れてしまっていた。

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