ザ・グレート・展開予測ショー

【リレー小説】『極楽大作戦・タダオの結婚前夜』(11)[八年前からの約束(前編)]


投稿者名:Iholi
投稿日時:(01/ 4/ 5)

 初夏の南欧の日差しは何時までも柔らかく、オリーヴ色の南風は何処までも優しい。
 蒼いビロードのような地中海の上を、輝く朝露のような白い遊覧船が一艘、襞のような波の間を滑るように進んでいる。その船の甲板の上には二人の女性を取り巻くように、人だかりが二重の同心円を描いているように、空を飛ぶ鴎の目には映った事だろう。

 二人の内の一人……亜麻色の長髪を持つ女性は、赤いビキニパンツの他にはタオルでその豊満な胸元を隠しているだけだが、この船の上ではそれほど珍しい格好ではない。しかし今、彼女の勝気な筈の瞳は溢れる涙に充血し、強気な筈の唇は零れる弱音に歪曲する。
 今一人……癖の強い短めの赤毛の少女の方は、袖の無い黒いビニル製の姐包(チャイナドレス)のような、何とも妙な出で立ちである。彼女は長髪の女性の両肩を優しく掴んで、表情の乏しいビスク・ドールのような整った顔立ちを真っ直ぐ女性に差し向けている。
 彼女たちを取り巻く内側の円は、皆一様に海兵隊に似た青い制服を着た警備員たち。その外を何倍もの厚さでぐるりと取り囲むのはこの遊覧船の客、つまり野次馬だ。ジェットの爆音と共に黒衣の老人を伴った赤毛の少女が空から降ってきた時には騒がしかった一同も、長髪の女性が涙を流し始めると、申し合わせたように一斉に沈黙した。
 足元から響く波の音ですらも、不思議とはるか彼方の潮騒のように、遠くに聴こえる。

「あたしが、何で、こんな所で、こんな事してるかなんて、どうせみーんな、知ってるんでしょ? どの道、誰にも合わせる顔なんか、無いわよ!」
 瞳を逸らした美神の震える唇から、搾り出すように出てくる言葉。
「……………………」
 無言のマリアの硬質な輝きを湛えた瞳に映るのは、駄々を捏ねる一人の女の子。
 その女の子の顔に次に浮かんだのは、かつて一度として自分にすら見せたことの無い顔。
 即ち、自嘲。
「全くトンだお笑い草ね! かつて『金さえ払えば親でも払う、冷酷非道のゴーストスイーパー』と謳われていたこの私が、自分の惚れた男とそいつを奪った女への当て付けに、独り日本をトンズラかまして豪遊よ? 大丈夫! ワタシはワタシだもの。事務所を畳んでから八年間、ワタシは独りでやってきたし、これからだってやっていけるわよ!」
「ノー・ミズ・美神。それは・自分・誤魔化して・いる・だけ。」
 美神はマリアの手を振り解こうと抵抗するが、所詮人造人間の膂力には敵わない。
 美神の頬が俄かに紅潮した。
「はん? マリア、何がアンタに分かるって言うの!? 除霊中の事故でママが死んでからのこの八年、私が一体どんな気持ちで日本最高のスイーパーの名声を捨てて、世界中を放浪してきたと思ってんの!? そんなの解りっこ無いわよ、ロボットのアンタなんかに!!」
「……!!」
「はっ!」
 美神は手で口を押さえた。自分の血の気が引いていくのが、はっきりと自覚できた。
 マリアの表情は、変わらない。それは、人造人間だから。
 しかし、何故か、その時初めて真っ直ぐにマリアを見た美神の目には。

 肩を掴むマリアの白手袋から、細かい振動が伝わる。
「……イエス。マリア・ロボット。だから・プログラム・無い・事・実行・出来ません。」
「…………」
「でも・マリア・学習・出来ます。正しい・事。間違った・事。」
 マリアの無機質な瞳に映った女の子の唇に、温かみが戻る。
「……面白い・事。腹立たしい・事。悲しい・事。そして・楽しい・事。みんな・マリアの・大切な・宝物。」
 単語の羅列でしかない筈のマリアの言葉は、まるで初夏の柔らかい日差しのようで。
「マリアに・宝物・呉れて・ありがとう・みんな。ありがとう・ミス・美神」
 動作の乏しい筈のマリアの表情は、まるで海からの優しい南風のようで。
「……あ、」
 美神の肩から、名残を惜しむようにゆっくりと、少女の手が離れていく。
「さよなら・絶対・言いません。」
 そして、くるりと踵を返す。深く入ったスリットから、色白の美しい脚が覗いた。
 少女は振り返らずに、自身に言い聞かせるように、よく通る合成音声で呟いた。
「何故なら・マリア・信じて・いる・から。『いつも・心は・あなたと・共に』」
 少女は自身の永遠の道連れの姿を求めて、甲板を降りるべく歩き始めた。

「待って、マリア!」
 少女の背後から、女性の絶叫。
 少女は立ち止まる。だが、振り返らない。
「辛いのは自分だけじゃ無い……そんな事は解かっていたつもりだった! でも、辛いことや悲しいことは、時間が洗い流してくれるもんだって、ずっと信じてた! だからワタシは世界に飛び出して我武者羅にやってきた! でも、今でも夢に観るの……あの時、ワタシの腕の中で息絶え絶えになりながらも『たとえ全ての希望を失っても、強く生きなさい。それが美神の人間の生き方です。』って耳元で囁いた、ママの声が……Gメンの制服を隈なく真っ赤に染めてもまだ、瞳から強い光を失わない、気丈なママの、すが、たが……あのとき、もう少し、ワタシ、が早、く現場に、かけつけ、てれ、ばあんな、事には……。」
 最後の方は殆ど声になど成ってはいなかった。
 何時の間にか、美神の傍らにはマリアの姿があった。マリアは無言で、泣きじゃくる美神の肩を抱き、胸を貸した。

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