ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(27)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(01/ 4/ 3)

 それまで漆黒の夜空を支配していた月の光は既に、8割方地球の影に侵食されてその威光を失いつつある。
 今夜は皆既月食。狼の皮を着た悪霊に食い殺された月の亡霊が血の衣を纏って恨めしげに漂う晩。

 その微弱な月光に照らされ、辛うじて闇から浮かび上がる城と塔。
 その塔の地下深くに造営された15メートル四方の方形の空間。ほぼ中央にある壇の上に鎮座する5メートル直径の「炉」、その傍らにはつい先刻までは「この城の執事を勤める慎ましやかな老人」と認識していた筈の男が、鼻から上を右手で覆い隠しながら顎を突き出して無遠慮に高笑いをしている。
「……はーーーっはっはっはっはっはーーーっ、……はは、このワタクシと致しました事が、これはこれは誠に失礼いたしました。」
 言葉遣いは丁寧だが何処と無く感に触る声色でそういうと、ヴィットーリオは素早く居住まいを正して恭しげに一礼した。やたらと芝居掛かったその挙動はサーカスの道化を連想させた。
「まずはお礼を言わなくてはなりませんでしたな。このワタクシに掛けて下すった呪いをまたご自分の手で解いて下さったお礼をね……スィニョーレ・ルカード、いや、ピエトロ・ド・ブラドーお坊ちゃん。」
「何!?」
 ヴィットーリオから投げ掛けられた言葉にピートは強く動揺を見せた。反射的に動き出しそうになるその肩を、後ろから伸びてきた美神の左手が制した。
「そうそうお礼と云えば、そちらの後ろのお二人にもたっぷりとお礼をしなくてはいけませんね……スィニョリーナ・美神にスィニョーレ・横島!」
「へっ? 俺にお礼? あふおっ!」
 素ボケをかました横島に、美神は蹴りを一発呉れてやった。臀部を擦りながら体を起こした横島に、自分の右肩にしな垂れかかっているキヌの体を強引に預けると、美神は豊満な胸部を誇示するように後ろ手に上体を反らした。
「へぇー、どんなお礼をしてくださるのかしらね? 楽しみだわ。」
「ご期待に添えると宜しいのですがね。ご満足して戴けると思いますよ。」
美神は探るような視線でヴィットーリオの顔を眺めていた。白く豊かな顎鬚と眉毛が恰(あたか)もマスクとサングラスのようにその下の表情を覆い隠しているが、美神にはその声色、語り口、そして何より彼から発散される異質な霊気に心当たりがあった。
「この私を満足させるってんだから、それなりのモノなんでしょうね?」
「それはもう、逆にお釣りを支払いたくなられる位ですよ、恐らくは。」
「そう。それじゃ、そのお釣りとやらを払ってアゲるわ、今ここでねッ!」
 そう言い終わらない内に、突如下方から突き出された美神の左手から、小さな物体が高速で射出された。アンダァスロウはフォームがコンパクトで投手の体に隠される為、相手に挙動を悟られ難い。
 回転しながら高速で飛来する物体----超小型カメラは直線に近い緩やかな放物線を描くと、呆気にとられたままの老人の白髪に突き刺さる。それでもカメラは運動エネルギィを損なうことなく、数多くの頭髪を巻き込みながらも果敢に進行していく。カメラを核にした大きな頭髪の塊は、そのまま勢いに押されて老人の後方にふんわりと軟着陸した。
「あーーーっ、お前はーーーっ!」
 横島が奇声を上げる隣で、美神はやはり悠然と佇んでいた。
「どう? お釣り、足らなかったかしら……ヌル?」
「……いえいえ、むしろ多過ぎですよ、これは……美神令子!!」
「それにしても……やっぱりコレは人類魔族問わず、科学永遠のテーマなのかしらねぇ?」
 化けの皮ならぬ化けの鬘を奪われた執事ヴィットーリオこと魔族プロフェッサー・ヌルの面相はやはり明らかでは無いが、その禿頭にびっちりと浮き上がった大小様々な太さの血管は、彼の現在の表情を必要以上に明瞭に物語っていた。
 一方、美神はヌルの血管の一本一本が脈打つ様を半眼で白々と眺めながら、さして面白くも無さそうに黒いフィルムケイスを右の掌で弄んでいる。
「あれは例の写真のネガ……こう云う時の手際の良さは流石と云うか何と云うか、うーん。」
 ピートはぎこちなく微笑み、宙を舞うフィルムケイスと腕の中の幼い自分を交互に見回した。


 美神が取り敢えずのアドヴァンテヂを確保し、これから魔族との対話が始まる。


「でも驚いたわねぇ。まさか、また生きたアンタと再会する事になるなんてねぇ。」
 美神は胸の谷間にフィルムケイスを仕舞い込みながら、殊更うんざりした様子でそう漏らす。
「……一番驚いているのはワタクシの方ですよ。幾ら魔族の身とは謂え、地獄の業火に身を焼かれて無事では済む筈は有りませんからね。」
 対するヌルも、先程からの怒りを静めるように、成るべく穏やかな口調で応える。
「あの時のワタクシは相当ダメヂが蓄積していましたから、ドクターカオスが逆操作した地獄炉の魔力に抵抗する事は容易な事ではありませんでした。しかし幸運な事に、地獄の底に引き摺り込まれる途中に地獄炉と似たような「穴」が人間界に向けて口を開けているではありませんか!」
「まさかそれが、その後ろの……。」
 横島の指摘に、「教授」は静かに頷く。
 教授の背後、球体の炉の中心に開けられた小窓の内側では、実体無き炎が無音の内に揺らめいている。しかし探知能力の無い横島でさえも、その炎から放射される強烈な霊気は熱気となって彼に伝わっていた。
 何所か遠くから、空調か何かの駆動音が低く響いてくる。
「そう。ワタクシは迷う事無くその穴に飛び込みました。そしてこの研究所に辿り着いたのです。炉のすぐそばには白衣を着た気品のある人間の女性の身体が横たわっていました。」
「その女性はまさか……。と云う事は、やはりあの女(ひと)は自分の意志で地獄炉を……!」
 ピートは思わず、身を乗り出していた。

ぼこっ

 壁に立て掛けられた半透明の円筒から突然、水中で空気が破裂する時の音がした。
 その場に居る全員が、まだ細かい泡が無数に浮かんでいる容器を凝視する。が、直ぐに慌ててヌルに視線が戻される。
 話し出してから初めて、ヌルは口元を緩めてみせた。
「……ええ、坊ちゃんのご想像の通り、その女性こそド・ブラドー伯爵夫人ことテレサです。この施設の設備の殆どは、この時には既に完成していましたよ。全く以って驚くばかりです。」
 ピートは苦々しげに下唇を噛み締めた。幼子を抱く両腕にも力が篭り、肩が小刻みに震える。しかし決して俯いたりはしないで、ただ只管(ひたすら)に教授と正対し続けた。
 ピートの視線など意に介さず飄々とした調子で、ヌルは話を再開した。
「さて、ワタクシやカオスとほぼ同時代にここまでの研究設備を完成させたこの女性研究者は、このワタクシの探究心を著しく刺激してくれまして……彼女の知識や経験を戴くべく、ワタクシは彼女の身体に近付いていきました。」
「知識や経験を戴くって、アンタやっぱり!?」
 美神は強い嫌悪感に顔を歪めた。それを見たヌルは、満足げに顎鬚を撫でながらそれはそれは愉快そうに口元を歪めた。
「くくくくくっ、ワタクシ達には、知的な精神活動によって生じる精神波を食べて自分の知識に変換する能力が有るのです。が、もっと効率良く知識を得て尚且つ物質的な欲求をも満たす方法が有るのですよ。それがワタクシの一族……脳味噌喰らいの呼び名の由来なんですがね。」
 美神が感じていた不快感が他の二人にも一様に伝染したのを見て取ると、教授は破顔する。
「それに、勿体無いじゃありませんか。」
 そう言うと、再び哄笑に肩を揺らした。
 それはもう、心底愉快そうに。

 不意に、笑い声が止んだ。

 機械の駆動音が、沈黙を演出する。
「しかし、そこで予測していなかった事態が発生したのですよ。」
 一転して、ヌルはにこりともせず、そう続けた。
「まさか背後に彼女の子供が迫っていようとは。しかもその子が、吸血鬼と互角以上に渡り合う魔力を持つダンピールだったとは!」
 ヌルは唐突に激しい調子で絶叫すると、傍らのコンソウルに右の拳を叩き下ろす。微かに金属が凹んだような音がしたが、彼の拳は無傷だった。
 禿頭に瞬間的に浮かび上がった青筋が再び見えなくなるまで数十秒。
 再び落ち着いた事を確認するように、教授はゆっくりと口を開いた。
「……あの時はワタクシも魔力が尽きかけていましたからね。とは云え、まさかダンピールの幼児の牙に掛かって吸血鬼化するとは思いませんでしたよ……それ以来、ワタクシはピート坊ちゃん経由でのテレサの命令に従わなくてはならなくなったのです。良き執事として、良き子供の遊び相手として、そして良き研究スペシャリストとして……な、何が可笑しい!」
 半ば自分の世界に没入していたヌルは、美神と横島が腹を抱えて笑っている状況に、今漸く気が付いた。
「だ、だって、ガキンチョダンピールに返り討ちにあって扱き使われる魔族よ? しかも本人の告白で! あはははははは……」
「うわっ、カッチョワリーー! アホやこいつ! げらげらげら……」
「き、貴様ら……。」
 教授の額にみるみると、大動脈と見紛う程のブ太い青筋が浮かんでくる。
 当の事件の張本人である処のピートは、声にならない乾いた笑いを上っ面に貼り付けて一人立ち尽くしていた。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa