ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(24)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(01/ 2/23)

「協力って、一体何の協力ですか?」
ピートは美神の方に首を傾けて、彼女に訊ねた。
二人は横に並んで城内の廊下を歩いている。廊下は幅に余裕があり、その中央部分には濃紺のカーペットが敷かれている。その為に耳障りな靴音は、芝生の上を踏むような鈍い足音に変換される。加えて壁に5メートル間隔で設置された照明器具から出る柔らかな橙色の明かりが、廊下を渡る者に一種の幻想的な空間を提供していた。
「ピート、この時代に来てから今迄、この城に何か違和感を感じなかった?」
「違和感、ですか?」
問うた積もりが逆に問い返されて、ピートは少々面喰ったが、ざっと周囲を見渡して小首を傾げると、躊躇い勝ちに口を開いた。
「……そうですね、物心つく頃には城の殆んどが老朽化してたので、こんなに奇麗な城が生まれ育った場所だったのか、正直自分でも確信が有りませんね。」
「……一寸、訊き方が悪かったみたいね。」
美神は不満そうに被りを振った。艶も豊かな明褐色の長髪が後方に静かに流れた。
「ここが13世紀でも何でもいいけど、そうね、逆に親近感を覚えた事は無い?」
「親近感、ですか? うーーーん……」
今度は全く逆の性質の質問である。ピートは右手で顎を抓むようにしながら、暫し低く唸った。
「……ええ、まあ例えば食事の時のお鍋、あれは教会にある赤い電気鍋にそっくりでした。ええ、去年の秋に信仰篤い信徒の方に戴いたんですけど、冬には水炊きやら湯豆腐やら山菜鍋やらにとっても重宝しました。何だか野菜ばっかりですね。そうそう、この前はおでんにも……」
「はいはい、貴方達の食料事情はその位でいいから……他には?」
無碍に話の腰を折られて、ピートは言い足りなさそうに少しだけ口の先を尖らせた。
「……さっき行ってきたトイレは完璧に水洗になっているし、空調も照明も完備されていて快適でしたよ。あれなら20世紀の物に殆んど見劣りしませんね。」
「そこよピート! そこが変なのよ!」
唐突に人差し指を胸に突き付けられたピートは、魚の様に口をポカンと開いたままだ。
「……そこが、変、ですか?」
「ええ、この城は20世紀から来た私達にとって、余りに居心地が好過ぎるのよ!」
「でもそれは、ドクターカオスの発明と同じ様に……母の発明がこの時代の常識を遥かに超越しているからじゃ無いんですか?」
ピートの尤もな指摘に対しても、美神は一片も屈する素振りは見えない。寧ろそれこそ彼女が待ち望んでいた発言とでも言わんばかりの満足そうな笑顔で、彼女は壁側に足を向けた。
「でもねピート、この城の中で観られる発明品の殆んどは、それだけじゃタダのガラクタも一緒なのよ。分かる?」
「……電気が必要、と云う事ですか?」
公共料金の支払いすら滞り気味な教会に於いて、電気の有難味を肌身に感じて生きているピートならば即答である。美神は振り返り様に指をパチンと鳴らすと、壁のランタンの一つに取り付き、半透明の覆いを取り外しにかかった。
「そう。しかもこの城中の照明やら防犯システムやらを動かすための安定した電力を一晩中賄うのにだって、大掛かりな発電設備が必要な筈よ。一寸専門からは外れるんだけど、私の知識の中でこの時代でこれだけのエネルギィを賄える設備と云ったら、まず一つしか思い付かないわ。」
「何ですか、その設備というのは……?」
蓋の開いたランタンの中では、太めのフィラメント線が爛々と橙色の輝きを発していた。美神はブラウスの胸ポケットからつづら折りにされた紙を取り出して、てきぱきと広げる。A3版サイズになったその紙をランタンの側に翳(かざ)しながら、美神が小声で何やら呟くと、フィラメントから薄い靄(もや)が湧き出してきた。それは一瞬だけ恨めしげな人面を象(かたど)ったかと思うと、その靄は換気扇に群がる煙の如く、草書体の文字列が放射状に書かれた紙の中央部分にすっかり吸収されてしまう。瞬間、低い断末魔の叫びを聴いたような気がした。
ピートはただただ、その一部始終を傍観していた。
「……巨大なエネルギィの源、地獄の劫火へと通じる門……通称『地獄炉』よ。」
美神は無表情にそう言い切ると、再び吸印札を畳み直してポケットに戻した、


それから1時間弱、美神とピートは城内の部屋という部屋を虱潰しに探し回った。
執事の言う通り、各部屋に設置された防犯設備はこの家の血筋の物には反応しなかった。つまりピートに扉を開けてもらい、美神が五円玉と自分の頭髪で作った即席の振り子を使ってダウジングをする。感度の点では見鬼くんには及ばないが、強い霊力を放つ地獄炉を捜索するにはこれで十分であると思われた。
母親の犯している愚行を制止しようと躍起になっているピートに対して、美神にはこの城にあるあらゆる骨董品や発明品を物色しリストに纏める余裕が有った。この島は、吸血鬼が住み付く以前は海賊の拠点となっており、外界との接触の無いこの島には海賊達の残した財宝が大量に残されていたのである。


「となると、残ったのは……あそこね。」
美神は絶妙に引き締まった腰に手を当てて自信たっぷりに頷いた。ブラウスのレモン色とパンツの水色は、明橙色の光の下にすっかり色を失なっているが、それは美神の確信に満ちた笑みを強調するのに一役買っていた。
彼女が窓越しに睨んだ先には、10数メートルの高さの尖塔がひっそりと立っている。石造りの塔は主城から10メートル余り離れた海際の崖の上に建てられている。海賊時代から続く灯台の名残り、というのがテレサからの説明である。塔と城との間は三人の人間がゆったり並んで歩ける位の幅がある石畳によって繋がっている。
何の事は無い。巨木から落下したカオス一行が初めてテレサに出会ったのは、将にこの石畳の上だったのだ。
「……そうですね。早く行きましょう。」
やや間があってから、美神の傍らにいるピートが答えた。美神たちと初めて会った時に着ていたのと同じ型の青いスーツを几帳面に着ている姿には、彼本来の生真面目さが滲み出ている。


月は、既に6割方が欠けている。
これから、月は加速度的に欠けていく。
そして。


特に窓の見当たらない石造りの尖塔の表門も、ピートが手を触れただけであっさりと開いた。
中に入るとすぐに踊り場となっており、塔の外壁に沿って建造された左回り螺旋状の石造りの階段には、その壁面に廊下と同様の照明が疎(まばら)に設置されており、そこそこの明るさが維持されている。だが奇妙な事にその階段は、ここが塔であるにも関らず、地下へと通じる下り階段しか無い。
美神の右手の振り子は、左回りに激しく円運動をしていた。
美神が目障りな五円玉を無造作にパンツのポケットに仕舞うと、二人は無言のまま階段を下り始めた。
階段の上のぼんやりとした二人の影に、硬質な靴音だけが鋭く突き刺さる。

こつ、こつ、こつ、

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