ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(84)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(01/ 2/21)

 ―――先生

 目を閉じて、記憶の底から蘇ってくる声に耳を傾ければ、それは、初めて私をそう呼んだ時の君の声。
 幼さを残したままの声に、大人の男の野太い印象は無い。
 音痴でなければ、きっときれいなボーイソプラノが聞けたろうに。
 今はすっかり低く落ち着いてしまった私の声も、あの頃はまだ、もう少し高い感じを残していただろうか。
 私はもう、あの頃とは随分変わってしまったね。
 写真を見返してみれば、我ながら、随分と愛想の悪い目付きをしていたもんだ。
 年々薄くなっていく前髪も、まあ年相応かなあと、半分諦めて認めてしまったのは、何時からだったか―――

 ―――ピート

 色褪せていく写真の中で、君だけが、何時までも変わらない―――



「……神父。これが、今回の事件の最終報告書です」
 そう高級だと言うわけではないが、しっかりと清潔さを保っている、洗い立ての白いテーブルクロスの上。
 重要機密だとか、厳重保管だとか言う意味の赤い判子が表紙の全面を覆い尽くさんばかりに押しまくられた青いファイルを無造作にその上に置き、西条は、勧められたコーヒーに静かに口をつけた。
 その視線の先にあるのは―――エプロンをかけ、まな板に向かいながら、包丁片手にニンジンの皮などむいている唐巣神父の背中である。
 唐巣達が暮らす教会の、居住部分の台所。
 重要機密クラスの資料や話を扱うにしては、あまりにも緊迫感に欠ける間抜けな場所だと言われればそうだが、お互いよく知った相手であるためか、西条はさして気にしておらず、唐巣の方も平然と料理を続けていた。
「すまないね。―――で、どうなったんだい?」
 手馴れた様子でニンジンの皮をむき、一口大に切ってざるに入れながら―――口調だけは至極真面目な口調で唐巣が尋ねる。
 問われた西条は、ブラックのままでもう一口コーヒーを飲んでから、先程テーブルの上に置いた資料をパラパラとめくって答えた。
「……犯人の加奈江は、記憶封印処置で決定しました。昨日、すでに封印処置されたそうです。それから、血液検査をした神族魔族の医師団と相談したんですが―――彼の体質に関する記録は削除、破棄する事が決定しました。検査をした医師団も、すでに記録を破棄する方向で決定したそうです。ただ……横島君達には見せておきました。……一応、知らせておいた方が良いかと思いまして」
「……そうだね」
 一口大に切ったニンジンを、隣のコンロにかけておいたホウロウ鍋の中に放り込む。すでに沸騰していた湯の中に入れられて、ニンジン達は一旦全部沈んだものの、くつくつと美味しそうな音を立ててあぶくを吹き出す湯の中で、一緒にくつくつと揺れ始めた。
「これは貴方に見せるためのものですから、体質に関する診断結果が載っていますが―――この後、破棄します。また、別の誰かが変な気を起こしちゃあ大変ですからね」
「ああ。その通りだね」
 今度はジャガイモの皮をむきながら、ちらりと振り向いて苦笑のような表情を見せる。
 彼の血を飲めば、魔力と、限りなく不老不死に近い生命力が与えられる―――などと知ったら、どこかの馬鹿が力目当てにまた暴走するかも知れない。それに、彼の体質に関しての文書記録など残しておいたら、彼の体が持つ『永遠』を調べようなどと思って、彼に何か下手な手出しをしようとする連中が現れるという危険もあった。
 こういう事は、残さない方が良い。
 ―――何より、こうして形にして残してしまったら、何かの弾みに彼自身の目に触れてしまって、余計に苦しませる事にもなりかねないのだ。
 本人が、自分の中で自覚し、苦しんでいる事を―――わざわざ形にして突き付けて、余計に傷つけてしまう可能性など、無い方が良い。
「解析不能な点も多かったのですが、隊長が言われていたように、混血による突然変異の、ごくごく稀な変異が起こったのではないか、と言うのが一応の結論だそうです。まあ医師団が記録の破棄を決定したのには―――正直、こんなケースは扱いかねる、と言う点が大きかったようですね」
 ……扱いかねる。
 神や魔物の医者でも、扱いかねるのだ。
 ―――完全な不老不死を持った存在など。
 扱いかねると言えばまだ聞こえは良いが、悪く言えば―――手に負えないと見放された。
 完全な不老不死、『永遠』を持った存在など、神族や魔族の上位者にもいない。
 バランスが崩れないようにと、死んでも強制的に同じレベルの存在に転生するよう調節されているが、それはやはり転生であり、完全に元のままの形や記憶を保っての「復活」ではない。
 死んでも強制的に同じ存在に生まれ続ける己の身を呪って、アシュタロスはそれを、「魂の牢獄」だと言った。
 ならば、転生はおろか、死ぬ事さえ出来ずに生き続ける、あの少年の魂は―――

 ―――――――……

 同じ事を、考えてしまったのだろうか。

 報告書をかいつまんで読み上げていた西条の声が途切れ、じゃがいもの皮をむいていた唐巣の手が、ふと停まる。

 腹に何か重いものが篭もったような沈黙の中。

 ぐつぐつと、相変わらず呑気に煮えた音を立てている鍋の中で、放り込まれた野菜達だけが気楽に踊っていた。

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