ザ・グレート・展開予測ショー

月ニ吼エル(17)〜後編


投稿者名:四季
投稿日時:(01/ 2/20)

「ま、それはともかく」
 何事も無かったかのように、美神が笑顔でのたまった。
 ある意味関と同じ位怖い。
「シロちゃんが寝込んでるのは、呪いの所為だって事ですね」
 おキヌまで影響を受けているのか、少し気の毒そうな顔をしただけである。
「ああ。嫌って程見てるんだ、間違い無いね」
「つーことは、解呪さえ施せば、ウィルスの方は無害って事だよな」
 彼にとって重要なのはそこだった。
「そうさね……横島もそう思ってるんだろう?」
「ああ、まあな」
 人は、呪いを運ぶ経由にはなっても、対象とはならないのだろう。被害の地域が拡散しているところを見ると、ほぼ間違いないように思う。
「良かったじゃない」
 美神が横島の肩をぽんと叩いた。
 気の置けない相棒に対するそれ。触れられた所から、力が湧いてくるような錯覚を覚える。
 見ると、おキヌもこちらに微笑みかけていた。それだけで安堵するような微笑。
 そして、タマモが横島ににっと笑いかける。
「そーっすね」
 それぞれの表情に後押しされて、ようやく、肩から力が抜けたような気がした。
「けど、そのお嬢ちゃん、大したもんだね」
「ん、なにがだ?」
「さっきの遠吠え聴いただろ?アレで、ウィルスが随分弱ってるよ」
 心底感心した口調で、横島の方に視線を送る。
 そういえば、犬の吼える声は退魔の力があると言う話を聴いた事があるな。と、横島は思った。 
「今なら、解呪出来る可能性が高いって事か」
 小さく俯いて、考え込む。
 いや、考え込むと言うより、それは確認だった。
 文珠が万能ではない事は、嫌と言うほど思い知っている。機会は逃せない。
「そうだな。肉体を依り代にしてる呪詛は、それが必要な分強力だからね。今がチャンスだよ」
「……関さん」
 関が何時の間にか復活していた。さっきの攻撃で確かに口から魂がはみ出ていた筈なのだが。
「でも、良いんですか?」
 シロを手掛かりに、これ以上被害者を出さない為に、何らかの手段を講じようとしていたのではなかったのか。
「まあ、シロ君が貴重なデータだと言う事は確かだがね……君はそれで納得できるのかな?」
 どこまで本音なのかまるで解らない例の笑みを浮かべながら、関は逆に問い掛けた。
 それを受けて何を決めるのか、むしろ興味深そうに関は見守っている。
「ははっ、確かに納得なんて出来ませんね」
 それで何万人の命が危険に晒されるとしてもだ。
 納得は出来ない。
 しかし、その他の命は?
 思考は一瞬ループしかけたが、横島は次の瞬間には笑顔で顔を上げていた。
「シロを助けますよ。後どれだけ猶予があるか解らないんだ。アイツを危険に晒したくありません」
 何の躊躇も感じられない笑顔だった。
 何故だろう、晴々としているようにさえ見える。
 タマモは不思議そうな顔で横島を見詰めていた。無論逆の答えを出したなら燃やしてやろうと待ち構えていたのだが、けれど、あの横島がそんなにあっさりと割り切れる人格だとも思えなかったのだ。
 そして、横島をじっと見詰めていたから、美神たちが複雑そうな表情で見ているのに、気付かなかった。
「ふむ、その他大勢は無視かね?」
 関はにやりと笑った。
 責めているようには感じられない。それは、純粋にそこに至った横島の思考に興味だあるようだった。
「ええ、シロが助けられなかったら、俺にとっては意味が無いんです。何とかするなら、両方とも何とかしなきゃね」
 なんの衒いも無い言葉だった。
 気負いは……僅かにあるだろうか?
 けれど、表情に暗さは無い。少しだけ遠くを見るようなその表情が、強い決意の現われのようだとグーラーは思った。
 この男は、やっぱり面白い。
 それが何故か愉快で、笑いたくなった。

「せんせいが……そんなことを」
 シロは、呆然とした表情をしていた。
 喜びも、感動も、驚くほど感情が湧いてこない。ただ、表面の静寂の下では、何か、強い感情が渦巻いていた。
 それが何なのか、何処に向かいたがっているのか、それは解らなかったけれども。
「ああ、あのきっぱり言い切ったところは、なかなかかっこよかったねえ。皆惚れたんじゃないかい?」
 グーラーはにんまりと笑ってシロを刺激する。
「横島先生が……」
 けれど、それすら耳に入っていない様子だった。
 余程衝撃が強かったのだろう、表情が硬直している。 面白そうであると同時に、どこか優しげな笑みが見詰めるグーラーの口元には浮かんでいた。
 もっともその後で、両方とも何とかすると言い切ったばっかりに、何故か嬉しそうな関から当座の治療法として文珠を出せるだけ搾り取られていたりする。
 おまけに、すぐに大量のワクチンが作れるわけでもないし、妖怪の血が混じっている人間を探し出すのも不可能に近いと言う理由で、どっちにしろシロ一人に拘るつもりは無かったなどと種明かしをされ、精神的ダメージを受けていたが。
 ま、これは言わなくても良いだろう。
 一見静かに、けれど全身から爆発しそうなエネルギーを発散させているシロを見ながら、満面の笑みを浮かべたグーラーは一人で納得していた。
「ぐああああ、へるぷみーーーーーー!!」
 阿鼻叫喚の地獄絵図の中、一人ほのぼのとしているグーラーの胸の中で、シロがぴくっと肩を震わせた。
 ゆっくりと顔を上げる。
「せんせいっ!!」
 どこか神妙な顔で呼びかけた。
 三人からの折檻が、思わず止む。
 先ほどまでのシロの様子と余りにかけ離れていた為だろうか。誰も「どうした」とは訊かなかった。
「お、おう、なんだ?」
 床の上から、何とか顔だけ笑顔を作って、横島が答えた。
 関とどっちが丈夫だろうか。微妙なところだ。

「せんせい……」

 シロは、嬉しそうで怒ったようで泣きそうであると言うエラク複雑な表情をすると、すーはーすーはーとゆっくりと呼吸を整えた。
「ん、どーした?」
 不思議そうに見詰め返されて、シロの心臓が大きく跳ねた。
 何と言ったら良いのだろう?
 今までに無かった自分でも良く解らない感情を、どう言葉にしたら良いのだろうか。
「えっと、その……」
 心の重さは、どうやら変わっていなかった。
 今までの自分は、言葉に詰る程何かを考える位なら、体当たりしていただろう。
 自分の汗がじっとりと染みたパジャマが気持ち悪い。
 自身から漂う不快な違和感の匂いも、消えていない。
 けれど、そんな事には関係なく、今どうしても言わなければならないのだった。
「……」
 横島は、背中に三人分の重みを感じたまま何とか笑顔で待っている。
 背骨がミシミシ悲鳴を上げているが。
 その時ふっと、背から重みが消えた。
「ほら、立ちなさい」
「そうですね、今日はこれ位で許してあげます」
「馬鹿な事考えたら、燃やすわよ?」
 それぞれが横島の耳元で何か囁くと、立ち上がらせる。というか、引き摺り上げる。
 なにやら三人の内で暗黙の合意が出来たらしい。
 ちなみに、立ち上がった横島の笑顔は却って少し引き攣ったものになっていたりした。
 ゆっくりと後ろに引いた彼女達はリンチと言う言葉を知っているのだろうか?
 まあ、幾ら病み上がりの相手にとはいえ、精一杯の譲歩かもしれないが。
「先生……」
「おう」
 緊張して震えているシロに、横島はにっこりと笑いかけた。
 何時もの、陽だまりの笑み。
 温もりが、シロの胸の奥にじんわりと染みて、震える心を暖めていった。
「せ、先生……」
 シロはぶるぶるっと、身震いした。
 今度は武者震いだ。
 そして、複雑で曖昧だった表情が、ついに変化した。
「お帰りなさいでござるっ!!!!!!」
 ロケットダイブで横島の首筋に飛び付くと、思いっきりぎゅっと抱きしめる。
 首筋から漂う先生の匂いに、頭がくらくらとした。
 深い喜びが胸を満たす。
 ようやく言えたのだ、素直にお帰りなさいと。
「お、おう、ただいま……」
 横島は少し面食らった顔をしていたが、ようやく何時ものシロに戻ったと考えたのか、くしゃくしゃとその頭を撫でた。
 シロの髪は、何故か酷く懐かしい感触だった。
 そう言えば、ただいまって言って無かったっけ。
 表情には安心したような気の抜けたような笑みが浮かんでいる。
「……何よ、結局いつもの体当たりじゃない。――バカ犬」
 ぼそりと入るタマモの少し複雑で不機嫌そうな突っ込みも、シロの耳には届いていないだろう。
 この歓喜が、どうやったら先生に伝わるのだろうか。
 シロはそんなことを必死に考えていた。
 そして思いつく。新しく知った素敵な事を。
「んー、ちょっと違うんじゃないの?」
 そんなタマモの表情を、シロを見つめる時と同じ位深い笑みで見つめながら、グーラーがちょいちょいっと指差した。
「え?」
 そう、シロだって日々成長しているのだ。
「あっ」
「あーっ」
「ああああ」
 呆気に取られる三人娘の目の前で。
「うん、教え甲斐があるね、あの子」 
 チェシャ猫の笑みを浮かべるグーラーの前で。
「あらあら……」
「おや、横島君、幸せだなあ……」
 無責任な野次馬モードの大人たちの前で。
「おかえりなさいでござる」
 シロはお帰りなさいのキスをした。
 覚えたての感情表現。
「……」
 無言のまま、普段とのギャップに思わず赤面している横島に。
「おらあ、何時まででれでれしとるかああっ!!」
「横島さんのバカーーーっ!!」
「……今日こそ火葬する」
「ひああ、今日はこれで許してくれるって言ったのにいぃぃっ!!」
 もう何度目か数える気もしない折檻の嵐が待っていた事は言うまでもない。
 ちなみにその後ろでは、
「いいかい?他にもこんな技があるからね……」
「ふむふむ、参考になるでござるなあ……」
 たった今結成されたダーリン友の会が勉強会を開いていたりした。

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