ザ・グレート・展開予測ショー

月ニ吼エル(17)〜中編


投稿者名:四季
投稿日時:(01/ 2/20)

「同じ事?」
 断定調のグーラーに怪訝そうな横島。
 不審そうに美神達の方に視線を送ると、何か聞いているのだろう、表情を引き締めて小さく肯いた。
「そう言や、あれからどうしてたんだ?」
「ま、色々あったねえ……」
 珍しく遠い目で笑った後、グーラーはゆっくりと語りだした。
「隠れ里を作ってたのさ」
 南部リゾートの一件で人を喰う気を無くしたが、かといって人に交わって生きていく気も無かった。横島のような人間ばかりで無いと言う事も知っていた。
「最初は、アタシとチビ達だけが暮らせりゃ良かったんだけど」
 上手く行った。
 精霊としての能力は強力な方ではなかったが、少なくとも人払いの結界は普通の妖怪よりも得意としていたし、あの周辺にはお誂え向きの森林もあった。
 気付けば、いつしか似たような境遇の妖怪が集まるコミュニティのような物が出来上がっていたのだった。
 元々姉御気質なのだろう。横島達の目には、グーラーは実に楽しそうに見えた。
「そーか良かった、元気でやってたんだな」
「まあ、ぼちぼちってとこだよ……けどね、それもひと月前までさ」
 横島のしみじみとした笑顔に、照れ笑いを返すが、口調には途中から苦さが混じっていた。
「最初は、そう、アレだ」
 ある夜、結界の外に人が血塗れで倒れていたのを見付けた。
 グーラーには、それが交じり者――妖怪と人間の混血――だと言う事が一目でわかった。
「如何にも訳ありだったけど、見捨てるのも後味が悪いからね、連れて帰ったのさ」
 どうやら、服―白衣と言うのだろうか―に付いていた血は大半が返り血のようで、本人は翌朝には回復した。
 その交じり者は自分が妖怪に囲まれているのに驚いた様子だったが、うろたえる事は無かった。
 自分の出生を知っているらしい。
「だからこそ血塗れの様子が気になってね、訊いてみた」
 白衣の交じり者は、逃げて来たのだと言った。
 近くに製薬会社の研究所がある。自分はそこの人間だと名乗った。
 その男の語るところでは、近頃は妖怪による事件や、街中で人に紛れて生きている妖怪も多い。その手の事件による症状や、逆に共存者である所の妖怪に効く薬を作る、と言うのがその研究所の目的らしかった。
 けれど、その研究所が何者かに襲われたらしい。
 自分はそこから逃げ出して来たのだと言った。
 それで、まあ良いかと言うことになり、その男を暫らく置いてやる事にしたのだ。
 傷はともかく、精神的なショックと夜通し逃げて来た疲労は、相当に蓄積していたようで、男は二日ほど寝たきりだった。
「三日目、目を覚ましてね。やけに畏まっちまって、今度何か病気になったらウチの薬を差し上げたいとか言ってたよ」
 名刺まで差し出す有様だった。
 けれど、その願いが叶う前に、事件は起こった。
「その次の日かな、まるで狂ったみたいに苦しみだしてね。あんまりのたうつもんだから押さえつけようとした者まで怪我させる程だったよ」
 そして、それから三日後、その男が死んだ。
「さっき、そこのにーさんが持ってた写真と一緒だよ。いや、もっと酷かったかな。――頭から足まで穴だらけさ、そりゃ惨かった」
 死体からは、異常な霊波は感じられなかったが、グーラーには逆にとてつもなく異常な事として映った。
 だから気付いた。呪詛の存在に。
「高度な呪いだね。あそこまで痕跡を消し去るなんて……でも消しすぎさ」
 そして、もっと恐ろしい事が起きたのだ。
「狂っちまった」
 元々血の気の多い連中もいたが、それなりに平和にやって来ていた。
 けれど、数日後、交じり者を抑えようとして傷を受けた者に、交じり者と同じような症状が現れた。
「その時になって始めて気が付いたのさ。ありゃただの呪いじゃない、傷か何かを介して感染するってね」
 けれど、もう遅かった。
 交じり者と生粋の妖怪では呪詛の利き方も違うのか、感染したものは殆ど発狂したような暴れ方をした。
「それでお仕舞いさ」
 逃げる者もあったし、何とか騒ぎを収めようとした者も多かった。
 けれど、歯止めも利かずに暴れる者を止める方法が、どれだけ在ると言うのだろう。しかも、傷つかずにだ。
「アタシは最後まで残ったけど、結局墓を作ってやる事くらいしか出来なかった」
 その時に気付いた。
 死体が残っているのは、暴れる仲間を止めようとして犠牲になった者達ばかりだった。呪詛で死んだと見られる者は、一人も死体が残っていなかったのだ。
「ちょっと待った、それは本当かい?」
 グーラーの話を止めたのは関だった。
 珍しい事だ。余程気になる事があっても、滅多にこういう質問の仕方はしない。
「ああ、器用に呪われてた奴らだけ逃げたとは考えられないね、実際、目の前で何人か消えるのを見てるし」
「なるほど……」
 関は、再び黙り込んだ。
 こういう時の関は、大抵既に何か思考の糸口を見つけている。
「それに、あいつ等に傷をつけられても感染しない奴がいるのも解った」
 グーラーはにぃっと笑う。
 横島の目を覗き込んで、からかうように尋ねた。
「誰だと思う?」
「……グーラー自身とか?」
「御名答」
 当てずっぽうだったが、どうやら当りだったらしい。
「さすが、横島は勘は良いね♪」
「誉めてんのかよ、それ……」
「勿論」
 何故か嬉しそうなグーラーに、辟易顔の横島。
 少し不機嫌そうなのは、美神たちだった。まあ、割り込んで強制排除するほどではないが、横島の運命が明白なものとなっていたりした。
「でも私だけじゃなかったんだよ」
「「……解った」」
 そのときタマモと美智恵が同時に答えた。
 顔を見合わせた後、美智恵が無言の笑顔でタマモを促す。
 美神とおキヌは既に聞いているのだろう、少し感心したような目で、タマモを見詰めていた。
「言ってごらん、嬢ちゃん」
「子ども扱いするな」
「大人はそれ位気にしちゃ駄目だよ」
「……」
 タマモのどこか敵意の篭った眼差しを笑顔で受け止めると、グーラーは先を促した。
 タマモは何か言い返そうと息を呑んだが、相手にすまいと決めたのか、軽く首を振ってグーラーに挑むような目を向けた。
「神族系か、魔族系でしょ」
「正解」
 グーラーが嬉しそうに目を細める。
「どういうことだ?」
 横島だけが不思議そうだった。
「妖怪にはね、肉体を持ってるものと、持ってないものがいるのよ」
 タマモは、グーラーを見ているよりはマシと判断したのか、横島の方に向き直って講義を始めた。
 グーラーは壁に寄りかかると面白そうに眺めている。
「ああ、悪霊の類とか?」
「そう。それと、さっき言った神と魔。純粋にエネルギーが凝縮した、霊基はあるけど厳密には肉体を持たないタイプね。精霊もそれに属する」
 ま、たまに例外的なのもいるけど。
 横島は、少し考えると納得したように肯いた。
「……そうか。肉体がなければ……」
「そ、ウィルスは感染しない」
 それはつまり、ウィルスが呪詛を媒介していると言う事の証明だった。
「あれ、けど、それじゃガルーダもそうなんじゃないのか?」
 ガルーダは神とも崇められる種だ。
「横島、見落としてるよ。チビ達は、肉を持ってるのさ」
 グーラーの声は、どこか寂しそうだった。
「肉?」
「アタシらも、一度縛られてた事があるじゃないか」
「……そうだったな」
「あの時、呪いの依り代として、無理やり肉が組み込まれてたのさ。アタシらにはね」
 グーラーはそう言って胸のあたりに指を這わせた。伏せられた瞳に浮かぶのは、何だろう。
 自らの存在を無理やり創り変えられるなど、陵辱以外の何者でもない。
「グーラー……」
「ま、アタシはダーリンに一度助けて貰ったからね。あの時に呪詛の篭った肉も消えてるんだけど――このチビらはね、まだ残ってるから」
 だから、お言葉に甘えて名刺の場所でワクチンを貰って来たって訳。
 あっけらかんと言ってのけると、グーラーは片目を瞑った。
 口元には暗さを微塵も感じさせない強い笑みが浮かんでいる。
 けれど、横島は、その一言に、安堵以外の感情を掻き立てられた。
「ワクチンがあるのかっ?」
「横島君、落ち着きなさい。ワクチンは感染する前じゃないと効かないのよ」
 掴み掛からんばかりの勢いの横島を、美智恵が静止する。
 細められた瞳に浮かぶ苦笑には、しかし嫌悪感はなかった。
「もうひとつ、感染しない対象があるんじゃないかな?」
 と、黙って何か考えていた関が急に口を開いた。
「?」
 余りに自信たっぷりの言葉に、横島達が関の方を注目する。
 グーラーだけは、にっと口の端を吊り上げた。
「ふーん、良く気付いたねえ」
「ま、色々情報貰ってるからね」
 関はいつもの食えない笑みを浮かべる。
「人間」
「アタリ」
 二人とも実にあっさりと言い切った。
「は?――でも、それで捜査してるんじゃないんすか?」
「しかし、そういう感染の仕方をするものが、いまだこの程度の被害とは、不思議ではないかな?」
「あ……」
「そうか、肉体を媒介にして広まるけど、呪いの対象は、人間じゃない」
「そう、被害者は皆先祖の誰かが人外の存在と交わったんだろう。珍しい事でもない」
 或いは不謹慎なほど楽しそうに盛大に口元を緩めると、関は横島の肩に手を置いた。
「うん、やっぱ横島君は物分りが良いなあ。――どう、ウチで働かない?」
 にこやかな顔がどんどん接近して来る。
 横島は体を離そうとするのだが、肩に置かれた手は万力のような力でギリギリと締め上げて、それを許さない。
「あ、あの……」
 横島が引き攣った声を上げたその時、背後で殺気が迸った。
「だから……」
「変態の道に……」
「引き込まないで下さいって……」
「「「言ってるでしょーーーーっ!!!」」」
 美神、おキヌ、タマモの拳が唸りを上げて関を襲う。
 関は、鼻血を流しながら崩れ落ちた。
 美神たちが色んな意味で荒い息を付いている後ろでは、グーラーと美智恵は目を見合わせて苦笑している。
 とりあえず、その場に目が虚ろな関の命を心配している者は無かった。

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