ザ・グレート・展開予測ショー

月ニ吼エル(16)


投稿者名:四季
投稿日時:(01/ 2/16)


 夢を見ている。
 見ていてそれとわかる夢。
 けれど、そんなモノでも自分ではどうにもならないモノらしい。
『ううっ……』
 小さなうめき。
 ふわふわして、安定感が無かった。
 それなのに与えられ続ける周囲からの不快感、存在を責めるような刺激に、吐き気がする。
 違和感、けれど、言葉には還元できない。
 この世で一番鮮烈にイメージを表現するものは何だろう。
 色?
 音?
 感触?
 言葉?
 細分化することに何の意味も無いのかもしれない。
 だが、彼女の世界に対するイメージには、それ無くして成り立たないものがあった。
 匂い。
 呼吸するように自然に、無意識に彼女は匂いで感じる。
 夢の中でさえ、匂いは重要なファクタだった。
 楽しい匂い。
 哀しい匂い。
 優しい匂い。
 厳しい匂い。
 美味しい匂い。
 不味い匂い
 新鮮な匂い。
 快楽の匂い。
 不快の匂い。
 全て感情は、官能は、匂いと共にある。
 言葉と、視覚と、感触と、匂いで、記憶する。
 今感じているのは何だろう。
 夢の匂いを、彼女は、シロは探した。
 意識を集中する事さえなく、彼女は探し当てる。
 幾つもの匂いが混ざり合った夢の匂いの中から、一番最初に見つけたのは、大好きな匂いだった。
 大好きなものを見つけたら、彼女は躊躇しない。
『せんせーっ!!』
 目の前に、横島の笑顔が映像となって浮かび上がる。
 輪郭のはっきりした、彼女の横島そのものだった。
『散歩でござるっ!』
 夢の中である事を差し引いても突飛な発言に、横島が苦笑する。
 けれど、手を差し伸べた横島はくしゃくしゃと彼女の髪を撫でた。
 その感触に嬉しくなる。
 少し優しい匂いがした。
 腋や、衣服や、口や、全身から漂ってくる横島の匂いで、横島が決して嫌がっていない事が解る。
 感情の変化による微妙な内分泌の変化も、彼女には感じられる。
『いくでござるよーっ!!』
 何時の間にか、サイケデリックな匂いの景色の中を走り出していた。
 速く、速く、昨日より遠く、新しい場所へ。
 新しい匂いを探しに。
 新しい喜びを探しに。
 走る。
 許された時間は少ないから。
 沢山の楽しいを知りたいから。
ぐいっ!
 ふいに首に引っ張られる感触を感じて、速度を落とす。
『せんせー。まだ散歩は始まったばかりでござるよ』
 ちなみに彼女の主観であるが。
 夢の中で時間の概念が有効なのかも解らない。
ぐいっ!
 その感触に感触を与えた人間の不快感を感じて、慌てて、しかし少し不満そうに足を止める。
『先生、そんなにぐいぐい引っ張らないで欲しいでござる。拙者、言って貰えれば止まりますゆえ』
 嘘つけ。
 と現実の師なら言っただろうか?
 夢の中の師は何も言わなかった。
 違和感に振り向くと、横島が鎖を握って無表情に立っていた。
 何時の間にか、自分の首には太い首輪が填められている。 
 そうか、だから何時もの肩ではなく首が引っ張られたのだな。
 ぼんやりと認識する。
 違和の正体。
 けれど、違うような気がした。
『なんでござる?』
 答えはすぐに見つかった。
 見つかったというのは可笑しいだろうか?
 匂いが変わったのだ。
 ひどく馴染みのある、けれど横島のものではない匂いが混じっている。
『タマモ?』
 その途端、彼女のルームメイトの姿が横島の隣に浮かんだ。
 にんまりと笑って、横島にしなだれかかる。
 横島はそれを受け入れた。
『こ、こらっ、何をしているのでござるか!!』
 違和が広がる。
 変だ。こんな事って無い。
 タマモが口ほど悪くないヤツだと言う事は知っている、横島の行動に興味を持っていることも。
 けれど、彼女はこんな目をするだろうか?
 こんな。
 見下した目を、しただろうか?
 それだけでない事に、彼女は気付いた。
 嗅ぎ慣れた、もうひとつの匂い。
『おキヌ殿?』
 反対側の隣にしなやかな黒髪の少女の姿が浮かぶ。
 違和は消えない。
 おキヌは横島にそっと腕を絡めた。
 体を擦り付ける。
『お、おキヌ殿!?』
 違和が広がる。
 おかしい、これもオカシイ。
 おキヌが横島に淡い感情を抱いている事はなんとなく感じている。
 けれど、彼女はこんな表情をするだろうか?
 淫靡な目で、てらてらと濡れた唇を歪ませただろうか?
 そして、気付いた。
『美神どの……』
 横島の背後に美神の姿が現れる。
 自信に満ちた表情。
 美神令子の表情。
 けれど、消えない。違和感は。
『美神どのお……』
 それが広がる。
 心の中に黒い染みみたいに。
 美神は、背後から横島の頭を抱くと、横島の耳たぶに舌を這わせていた。
 小さな、赤い舌が別の生物のように蠢く。
 美神が横島を憎くなく思っている事は知っていた。
 いや、事務所の者なら皆知っているだろう。当人以外は。
 けれど、美神はこんな顔で微笑んだだろうか?
 こんな突き放した瞳で、冷たい笑みを浮かべたろうか?
 消えない。終わらない。
『誰でござる?』
 誰だろう、解らない。
 そこだけピントがぼやけたように、焦点が合わない。
 何かが、誰かが浮かび上がるように現れたのは解った。
 横島の正面に。
『誰でござる?』
 誰も答えない。
 いや、言葉よりも雄弁に、その人影は動いた。
 誰も、そう誰ももう入り込む隙は無いのだとでも言いたそうに、横島の首筋に腕を回す。
『な、な、なっ』
 破廉恥だ。
 微かな動きと匂いに、逆上しかける。
 なぜ先生はさっきから無表情に、されるがままなのだろう。
 いや、違う。
 今、横島の顔には表情が浮かんでいた。
 歓喜。
 眩暈がしそうだった。
 少しだけ画像がはっきりしたショートボブの黒髪の向こう側に、横島の笑みがあった。
 自分に向けられたのではない。
 自分はこんな笑みは見たことが無い。
 一度だって無い。
 心の奥が、小さく鳴いた。
『嘘でござるっ!』
 信じたくなかった。 
 逆だったらどんなに良かっただろう。
 横島は、自分からその人影に口付けをした。
 腰に腕を回し、きつく回し、離さないように。
 そして、深く、何時までも口付けは続く。
 違和。
 違和感。
 激しく。
 イヤだ。
『イヤでござる、嘘でござるっ。先生は拙者のせんせーなんでござるっ!!』
 目をきつく閉じて、叫ぶ。
 そうだ、これは夢だ。 
 どうして忘れていたのだろう。
 夢だ。
 夢だ。
 どんなにリアリティのある匂いでも、夢だ。
 目を瞑ったまま、何秒数えただろうか?
 そっと目を開くと、誰もいなかった。
 横島以外の誰の匂いもしない。
 相変わらず、無表情に鎖を握っている。
 その鎖は、自分の首に続いていた。
 違和感。
『せんせい』
 違和感が消えない。
 横島は答えない。
『せんせい?』
 違和感は消えない。
 横島も答えない。
『せんせいっ!』
 違和感も消えない。
 横島が答えない。
『先生お願いでござる、鎖を離してください……』
 言葉が終わる前に、横島は鎖を投げ捨てた。
 こんな夢は嫌だと思っていたのに、なぜか、寒かった。
 横島は鎖を離した。
 もう、二人は繋がっていない。
 違和感が、消えない。
 匂いがした。
 違和の匂い。
 不快な匂い。
 寒い匂い。
 苦しい匂い。
『先生……』
 何も言わない横島に近付こうとした時、又人影が浮かび上がった。
 不快な匂い。
 強くなる。違和感が強くなる。
 一瞬足を止め、それでも歩き出した。
『先生……』
 けれど、人影が目の前に立ちはだかった。
 両手を広げて、横島の前に立つ。
『どくでござるよっ』
 激しい敵意が、初めてシロの心を満たした。
 氷で作られた炎のようだ。
 熱く、冷たい。
 違和感。違和感。
 不快な匂いだった。
 今までどんな匂いを嗅いでも、ここまで不快になったことは無い。
 排気ガスも、下水も、死体も。
 生まれて始めて、シロはその匂いをこの世から消してしまいたいと思った。
 違和感に、耐えられそうも無かった。
『どくでござるよっ!!』
 答えない影に、シロは手を振り上げた。
 一瞬の躊躇。
 しかし、これは夢だ。言い聞かせた。振り下ろす。
ばしっ
 受け止めて、影は笑った。
『なっ』
 なぜ、気付かなかったのだろう。
 霞んでいた訳ではない、今度は目の焦点が合わなかった訳でもない。
 なぜ、自分は見ようとしなかったのだろう。
『なぜ……でござる』
 目の前には、冷笑を浮かべる、自分自身がいた。
 違和感の正体は、不快な匂いの正体は、自分自身だったのだ。
 目の前が、暗くなっていった。

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