ザ・グレート・展開予測ショー

【リレー小説】『極楽大作戦・タダオの結婚前夜』(6)〜汗とサウナと指輪と女


投稿者名:四季
投稿日時:(01/ 2/ 8)

 一見無目的な歩調で、横島はぶらぶらと歩いて行く。
「今度こそ、相手のところかしら?」
「明日が結婚式なんですし、もうする事も無さそうですよね……」
「楽しみなのね〜♪」
 十メートルばかり後方の電柱の影から例の三人組が覗いている。
 第三者から見たらこの上なく怪しい集団だが(というか、既に通行人がひそひそと後ろ指を差しているのだが)当人達は特に気にするでもない。
 より強い興味の対象が存在するのだから、或いは当然か。それとも、この場合も旅の恥は掻き捨てと言うのだろうか?
 何れにせよ、当初の『横島達の警護』という目的からは大いに脱線し、単なる『横島の嫁は誰か、見敵必殺(サーチアンドデストロイ)ツアー』に成り下がっていた。(見敵は良いけど必殺すなよ)
 横島の方も何年経っても相変わらず鈍感なのか、気づく様子がない。
「あれ……またお店に入るみたいですよ?」
 と、おキヌの指摘どおり、横島はある店の入り口を潜った。
 慌てて距離を詰める。
「ちょっと……」
「あらあら、これって」
 看板を見て、ヒャクメ以外の二人が息を呑んだ。
 天峯宝飾店。
 それが、店の名だった。



「ん〜〜っ、やっぱ泳いだ後のサウナは良いなあ」
 一方そんな未来の自分の行動など知る由もない現在の横島。
 あの後も遊びまくって疲れた体をシャワーとサウナで癒していた。
 ヒノキで出来た作り付けのベンチに腰を下ろし、湿度の高い熱気を堪能する。サウナ特有の香りが疲れた体に心地よい。
 ところで、何で横島がこんなしらじらしい説明台詞を吐いているのかと言うと……。
「そうだのう、人間のやることにしてはまあまあじゃ」
「ええ、そうですね、殿下。『さうな』というモノがこんなに心地良い物だとは知りませんでした」
 奇跡的な幸運に恵まれ、彼の隣には竜神族の皇子と小竜姫がいた。
 サウナであるからして身に付けているのはバスタオルだけである(無論水着でも良いのだが、それをマナーだと横島が駄目元で吹き込んだのだ)。
 ちなみに家族用サイズらしく、室内には横島たち三人だけ。
 東洋一の称号は伊達ではない、と横島は勝手な感慨を抱いていた。
「ううっ、まさかこんな僥倖に巡り会えようとは……」
 小竜姫様もこうして見るとやっぱり唯の可愛い女の子だし。
 横島は、あながち冗談でもなさそうに涙を流していた。
 神も仏も恐れない(ついでに悪魔も)、女好きもここまで行くと見事かもしれない。
「もう、大袈裟ですよ、横島さん……」
 この人間の風習をいたく気に入ったらしい小竜姫が、機嫌よさそうに言った。暑さで上気した頬と首筋を伝う汗の雫も健康的な色っぽさに満ちている。
 鬼門の二人がいたら横島を抹殺したくなっただろう。この場に居なかったのは幸いである。
 誰にとっての幸いかは解らないが。
「それに、私は稽古稽古の毎日ですからね……」
 手だって剣ダコだらけで綺麗じゃないし、背が低い上に手足に筋肉がついてて、美神さんみたいにスタイルも良くないし。
 見てもそんなに楽しくないでしょう?
 むしろ楽しそうに付け加えて、小竜姫が苦笑した。
 それは、自分自身が生きてきた証、誇りでもあった。
 ただ、全てをそれで割り切れるほど、老成してもいない。
 それが、どこかほろ苦い笑みに現れていた。
 が。
 小竜姫にも計算し切れていない事があった。
「誰ですくゎっっ、そんな事言ったヤツわっ!!」
 ぐわあっ、と効果音が付きそうな勢いで横島の顔が迫って来たのだ。
 鼻息も荒く、どうも本気で怒っているらしい。
「えっと、その……横島さん?」
 思わず仰け反りながら、引き攣った笑みを浮かべる小竜姫。
 突拍子もない男だとは思っていたが、この勢いは神である彼女にも理解しかねた。
「良いからっ。心配せずに言って下さい。葬り去ってやりますよっ!さあ、どこの馬鹿野郎ですか、そんな事言いやがったのは!」
「えっと、あの、誰も、言ってませんけど。……その、私がちょっと自分で思っただけで……」
 困ったような表情の小竜姫の言葉に、横島は一瞬沈黙した後気の抜けた顔をした。
「あれ?えっと、そうなんですか?」
「ええ……」
 あんまりきょとんとした表情の横島に、少し照れくさそうに小竜姫が笑う。
「何だ、どんな竜神族の男をシバキに行かなきゃいけないのかと思って、緊張しちゃったっすよ」
 こちらも早とちりに赤面して頭を掻きながら、横島が言った。
 どうやら本気で誰であろうとシバキに行くつもりだったらしい。
 もし竜神王とかだったら、一体どうするつもりだったのだろうか?
「ふふっ、横島さんらしいですね」
 そう考えると、横島には悪いが笑ってしまう。
 だが、楽しそうな小竜姫に、横島はふと真剣な顔になって言った。
「でも、それじゃ、小竜姫様が馬鹿ヤローですよ」
 神様にこんなこと言っちゃってスンマセン、そんなことを言ってぺこぺこと頭を下げたくせに、横島はそれでも付け加えた。
「だって、小竜姫様は守りたいものがあって、自分を鍛えてるんでしょう?……そんな風に自分の事悪く言っちゃ駄目っすよ」
「……そうですね」
 真剣な面持ちの横島に小竜姫は小さく笑いかける。
 勿論、小竜姫自身にしてみれば、そんなつもりで言った訳ではなかったのだ。気軽な言葉だったし、自分自身を貶めて考えたことは、彼女はない。
 竜族は気高い。
 それでも、ちょっとした、ある種の想いがあることも確かだった。
 もっとも、そこまで察する事は、この鈍感な青年にはとても望めないし、それを言っても自分以外の誰かに理解して貰えるとも思えない。
 だから、彼女は小さく笑った。
「それに……」
 だが、横島は、どこか、必死さを篭めた声で続けると、小さく息を吸った。
 心なしか、その声は怒っているようだった。
 誰に?
 何に?
 彼自身も解かってはいないだろう。
 無論、小竜姫にも解らない。
 黙って横島を見つめていると、意を決したのか、横島はもう一度息を吸ってキッと小竜姫に挑むような視線を向けた。
「小竜姫様はキレイです」
「え?キライです?」
 余りにど真ん中ストレートな物言いに、思わず小竜姫の方が聞き返してしまった。
 ご丁寧に聞き間違えている。
「だあっ、ラじゃ無くてレですよ、レ!」
 何でこんなこっぱずかしい事言い直さにゃいかんのじゃ、心の中で涙しながら、横島はヤケクソ気味で訂正する。
「小竜姫様が戦ってる姿って、すっごいキレイなんすよ。知らなかったんですか?」
「え?あの……」
 そんな風に考えたことはなかった。
 仏法の守護として魔と戦う時、確かな使命感はあったが、自分がどんな風に見えるかなんて考えたことが無かった。
 当然、キレイなどと言われるなどと想像したこともなかった。
「それに、背とかスタイルだって、そんなの持ち味じゃないですか。……その、小竜姫様、こうやって話してると、神様だけど、えっと、親しみ易いと言うか、可愛いですよ――絶対。保証します」
 何を保証されるのかは謎だが、顔を赤くして必死で言葉を紡ぐ横島をまるで珍しい生き物でも見るような表情で見詰めていた小竜姫が、ぷっと吹き出した。
「ふふっ、有難うございます」
「え、あの……ハイ」
 にっこり微笑まれて礼なんか言われてしまっては、黙るしかない。
 神妙な顔になった横島に、小竜姫はもう一度微笑みかけた。
「そう言って貰えると、悪い気はしませんね。嬉しいですよ」
 改まって言われて、横島の方が畏まってしまった。
「いや、あの、スンマセン、えらそーに」
 なんとなく謝ってしまう所がいかにも小市民である。
 大胆なのか臆病なのか、見ているだけで面白い男だ。
「謝らないでください。それじゃ、まるでおべっかで誉めて貰ったみたいじゃないですか」
 ぺこぺこと頭を下げる横島の額を小突く真似をする。
 見方によっては姉と弟のようにも見える光景だった。
「うっ、スンマセ……って、いや、えーっと」
 条件反射でまた謝ってしまいそうになって、横島が言葉に詰まる。
 思わず小竜姫を見ると、タイミング良く目が合った。
「ふふっ」
「ははっ」
 二人同時に噴き出した。

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