ザ・グレート・展開予測ショー

月ニ吼エル(14)〜中編


投稿者名:四季
投稿日時:(01/ 2/ 7)

「体が熱いでござる……」

 ベッドの上にぺたっと座ったシロが、ぼおっとした表情で呟いた。

 パジャマの襟からぱたぱたと空気を送る。

「どうだ、薬、利いたか?」

「良く解らないでござるよ。ただ……っ」

 横島のやや心配そうな声に苦笑交じりにそこまで答えて、シロは腹を抑えた。

 歯を食い縛る。

 額に汗が滲む。

「なっ、なんだっ?」

「どうしたの」

 突然の変調にタマモが体を起こす。

「ゥゥっ……」

 シロは低い呻き声をあげたままベッドの上で蹲っている。

 横島達には、肩を抱き背中を擦ってやる位しか出来る事がなかった。

 副作用?

 そんな馬鹿な。

 霊薬さえあれば、解決する筈ではなかったのか?

 話が違う。

 雑多な、まとまりの無い思考がうねる。

 抱いた肩の予想外の華奢さと震える背の小ささに、心が軋む。

「しっかりしろ、くそっ」

 混乱を増し熱くなる頭とは逆に背筋が凍りつくように冷たい。

 今にも頭の中がショートしそうだった。

「横島っ、文珠は!?」

 横島よりは冷静さを保っていたタマモの言葉に、はっと顔を上げる。

「よしっ」

 霊的ヒーリングは通用しなかったかもしれないが、霊薬を飲んで何らかの変化が起こっている今なら、或いは効果があるかもしれない。

 一縷の望みを賭けて意識を集中した。

 掌に現れた珠に「癒」の文字を篭めると、苦しむシロの背にゆっくりと押し当てる。

 文珠が輝きだすのと同時に、その背がビクンっと跳ねた。

「ぁあぅっぐうぅぅっ」

 人狼きっての戦士として苦痛に対する耐性が強く、その点では紛れも無く誇り高いシロが、体を震わせうめいていた。

 自分の肩をきつく抱く。

 爪が食い込んで皮膚を破っていた。

 それでも力を入れることを止めない。

「ぐうぅっ」

 と、シロが突然横島を跳ね飛ばした。

「なっ、シロっ!?」

「シロ、アンタ……?」

 咄嗟に反応できず床に転がった横島とそれを抱き留めたタマモが驚愕の表情でシロを見つめる。

 シロが横島をそのように扱ったことは今までなかった。これからも無いだろう、そう思っていたのだ。

「う、くぅっ」

 呻き声をあげるシロの口の端から、ちらりと犬歯が覗いた。

 何を耐えているのか。耐える必要があるのか。

 きつく閉じられた瞳からは、何も読み取ることができない。

「シロ、おいっ、しっかりしろっ!!」

 横島がそれでもシロの方に手を伸ばそうとしたその時。


「WWWAOOOOOOOO!!」


 シロを中心に空気が震えた。

 部屋の中にも関わらず、突風にも似た衝撃が突き抜ける。

 横島もタマモも動けなかった。

 窓が衝撃で開き、カーテンがはためく。

 雲さえも切り裂いたというのか。

 何時の間にか上がっていた雨、分厚く垂れ込めた雲の隙間から覗く十三夜の月明かりが、カッと眼を見開き吼えたシロを照らしていた。

 その瞳は、月明かりを映してか金色に輝いて見える。

 月明かりを全身に浴びて頤(おとがい)を反らしたシロの佇まいは、神聖な何か、或いは祈りを象った塑像のようでもあった。

 そして。

 横島とタマモが息をのんで見守る中で。

 シロは、ゆっくりと目を閉じると、月明かりのベッドに倒れ込んだ。

「シロ……シロっ!!」

 唖然としていた横島が弾かれたようにその顔を覗き込む。

 タマモも、微かに不安そうな面持ちで近付いて行った。

 一瞬何かが見えたような気がしたのだ。

 それがなんだったのか。

 何を感じたのか、もう、思い出せなかった。

「何なんだ、一体」

 一体何が起こったのか。

 シロは天狗の霊薬を飲んだ。

 そもそもそれで解決する筈だったのだ、今回の件は。

 しかし、シロは腹を抑えて苦しんでいた。

 だから、文珠を使った。

 それで、この体たらくだ。

 解決したのか失敗したのかすら、解からないでいる。

「何が悪かったんだ」

「そんなこと、解らないわよ」

 呆然とした声で呟く横島に、タマモは慰めとも投げ遣りともつかない言葉を掛けた。

 実際、確かなことが何処にあるのか、その場の誰にも解らないでいた。

「ふむ、どうやら単純な病ではなかったようじゃの」

「どわあああああああっ」

 いきなり耳元で響いた渋めの声に、横島はその日二度目の絶叫を上げた。

「アンタ、何でこんな所にいるの?」

 タマモも言葉は冷静そのものだが、きょとんとした表情をしている。

 その視線の先には、言わずと知れた彼の姿があった。

「いや、何、気になることがあっての。やはり最後まで見届けるが役割じゃろう」

 案の定、犬神の病ならたちどころに全快する霊薬が効果を減じていると来た。

 付け加えられるふてぶてしい言葉。

 一本歯の高下駄に赤ら顔、長い鼻に男臭い笑み。

 異界の森で別れた筈の天狗だった。

 なかなかインパクトのある登場方法である。

「役割は良いけど、どうやって入ったの?」

 タマモのもっともな疑問に、天狗はきらりと歯を輝かせた。

「何、そこはそれ、蛇の道は蛇と言ってな……」

「そんな事はどうでも良いっ。あんた、こいつの症状について何か知らないのかよ、プロだろっ!?」

 横島の切羽詰ったような声に、天狗は眉を顰めた。

 何かを見定めるように横島の瞳を覗き込む。

「焦っているな……それでは、お主自身が何かを思い付くまい。先ずは心を落ち着けろ」

「落ち着けろってな……あんた、何がどういう事になってるのか、何か判って言ってるのか?」

 彼の焦燥の正体を、本当の意味で知ることは出来ないだろう。

 味わったことのない人間には、想像する事しか出来ない。生半可な想像力では、実際に体験する事とは比べようも無いほど差があり過ぎる。

 そして、想像しようにも彼の焦燥の原因を知る手掛かりさえ、天狗は持っていないに等しかった。

 それでも、幾百年を生きてきた男は言い切った。

「それでも良い、落ち着け。ゆっくり深呼吸でもしろ、自らの心に振り回されておるようでは解決できる事もできなくなるぞ?」

 人生の先達のなかなか含蓄ある言葉である。

 横島も、その迫力に思わず息を呑んだ。

 しかし、最後に付け加えた言葉がいけなかった。

「今は解らんでも良い、お前を信じたワシを信じろ…………刺しつ刺されつした仲ぢゃないか」

 空気が割れる音がした。

「「山へ帰れっ、このド変態がーーーーーーっ!!」」

 二人から同時に強烈な拳を受け、天狗は窓を突き破って夜空に消えていった。

「何しに来たんだ、奴は……」

「変態の考えなんて知らないわよ……」

 二人は顔を見合わせると、小さく嘆息した。

 答えてくれるものは、当然誰もいなかった。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa