ザ・グレート・展開予測ショー

月ニ吼エル(14)〜前編


投稿者名:四季
投稿日時:(01/ 2/ 7)


 熱い。

 熱い。

 熱い。

 頭が燃えるように熱い。

 意識が千切れそうなほど、思考が荒れ狂う。

 何故だ。

 何故こんなことに。

 こんな筈ではなかった。

 何故、くそっ。

 熱がそのまま怒りに転化する。

 背後から何か声が聞こえるが、脳を素通りする。

 煮え滾る憤怒を抑えることもせず。

 目の前の扉を、力任せに蹴破った。


「このっ、馬鹿人間どもがああああああああっっ!!!」


 美智恵と関の前に現れたのは、今にも青筋から血でも吹き出しそうな表情の上村動物病院の院長と、今にも泣きそうな表情の蒼褪めた看護婦だった。

「……いきなり他人の事務所に扉蹴破って入ってくるような非常識な登場の仕方する人間に、馬鹿とか言われたくないわね」

「後ろで看護婦さんが困ってるよ」

 平然と返す方も、なかなか見事な鍛え方をされた神経である。

「そんなことはどーでもいいのだっ!!」

 実にあっさりと言い切ると、上村動物病院院長は眼を血走らせて二人を睨み付けた。

「どーいうことだねっ、これはっ!!」

 机の上に勢い良く書類を叩き付ける。

 衝撃でカップが1cmばかり浮いた。

 看護婦がぺこぺこと頭を下げる。静止する案の方はどうやら諦めたようである。

 難儀なことだ。美智恵は極めて常識的な感性を持つらしい看護婦に同情した。

 規格外の人間と付き合うには、苦労も付き物だろう。

「それを説明する為に来たのではないのかな?」

「むむっ……それもそうだな」

 関の動じない笑顔に勢いを削がれたのか、獣医はコホンと咳をした。恥ずかしくなったのではないだろう。

 もしそんな人格の持ち主なら苦労はない。

 看護婦は密かに嘆息した。

「先日依頼された犬塚シロ君の検査の件だが……」

 案の定、落ち着いたかと見えた顔色がどす黒い程の朱に染まっていく。

「非常に……腹立たしい結果を……伝えねばならないのですよ」

 喋るほど興奮の度を増しているのが傍から見ても明らかだった。

 拳がぶるぶると震え、眉がぴくぴくと動き、息がはぁはぁと荒かった。

 こう書くとまるで変態のようだが、「まるで」とか「ようだ」とか言うのは失礼だろう。

 明らかに纏った雰囲気はマッドなサイエンティストテイストだった。

「ああ、要するに……」

 ふっと一瞬息を溜める。

「貴様らーーーーっ、何で一年に一度予防接種に来なかったーーーー!!」

 くわっと眼を見開き、口角泡を飛ばす。

 唾液が飛んできて、美智恵が嫌そうな顔をした。

「要してない要してない」

 看護婦が後ろで諦め気味の突込みを入れる。

 関は黙って、この獣医を観察していた。もしかしたら、ほぼ有り得ない事だが、奇跡的にも、ほんの少しばかり驚いていたのかもしれない。

「ああっ、賢く愛らしく忠実な人間の友っ、おまけに極めて貴重な種類の犬をーーーーっ」

 その間も獣医は身を捩って悶えているが、本題からは加速度的に離れて行く。

 ついでに言うと、シロは犬ではない。

「本当に何てことだっ、日本ではこうなってしまったら法で薬殺が決まっているのだぞ!?」

 物騒なことを言い、しかし心底悔しそうに山村動物病院院長は唇を噛んだ。

 呼吸を整えると、心底悔しそうに言葉を搾り出す。

「採取した髄液から狂犬病ウィルスの抗体反応が出た」

 その瞬間の空気をなんと表現すれば良いのだろう。

 しんと、世界中から音が消えてしまったような、そんな静寂が周囲を覆った。

 鳴り止まぬ風の音も、意識を素通りしていく。

「八度調べた。結果は同じだ。残念ながら」

 そして、発症したら、生存率はほぼゼロ。

 それが、突き付けられた事実だった。


 彼女特有の、強固な意思により制御された落ち着きを持って、美智恵はその言葉を受け止めた。

 無言のまま関と視線を交わした彼女は、天井を見上げる。

 何かを透かすように目を細めたが、その向こうに何かが見えただろうか。

 その脳裏を、ただ少女の面影がよぎった。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa