ザ・グレート・展開予測ショー

月ニ吼エル(12)


投稿者名:四季
投稿日時:(01/ 2/ 2)


 ベッドサイドに腰を下ろして、横島はボーっとしていた。

 夕闇が全てを朱で溶かすように侵食しているが、蛍光灯を点けるでもない。

 彼の目はベッドの上に横たわる少女をじっと見つめているようでもあり、その向こう側に別の何かを見ているようでもあった。

 かつてこの部屋にいた少女。

 夕日が好きだといった少女。

 助けられなかった少女。

「……」

 横島は特に言葉を発するでもない。

 身動ぎもしない。

 ただ、見つめている。

 その表情は夕闇に霞んでよく見えなかった。

「……」

 どれ位そうやっていただろうか。

 ふと、無言のまま手をすっと伸ばして、眠り続けるシロの頬に触れる。

 寝顔は穏やかなのに、酷く熱かった。

 冷え切った手の感触が心地よいのか、頬を摺り寄せて来る。

 すべすべの肌が手の甲に柔らかな感触を残していった。

「……せんせえ……さんぽ……」

 小さな声。

 起きているのかと顔を覗き込むが、寝言だったらしい。

 横島の顔に、初めて表情らしいものが浮かんだ。

「なんだかなあ……」

 苦笑。

 小さな溜息が零れる。

 体の芯に知らず知らずの内に入っていた不要な力が、すっと抜けた。

「シロはシロか」

 言わずもがなで当たり前の事実。

 けれど確認するようにしみじみと横島は呟いた。

 ほっとしている自分に気付く。

 どうやら、いつものペースに戻れそうだった。

「さんきゅ」

 頭をぽんと叩く。

 気のせいか、シロの寝顔が僅かに綻んだようだった。

 寝ていても、誉められたことが解るのだろうか。

 横島がそんな事をぼんやり考えていたその時。


 ぴとっ。


「……」

 沈黙。

「……」

 沈黙。

「ぅうわぢゃあああああっっ!!」

 絶叫。

 自分の頬に当てられた余りに強烈な熱に、発条仕掛けのように勢い良く横島が振り向いた。

「折角いい感じで二枚目やってたのに何すんじゃあああっ、死なす気かだぼぉおっっ!!」

 目には滂沱の涙。

 本気で熱かったようだが、怒鳴られた方は悪びれるでもなくニィッと笑った。

 風呂上りの体からはまだほかほかと湯気が立ち上り、頭にタオルを巻いた様子は中々新鮮な佇まいだ。ほんのり上気した頬は色っぽいと言うには健康的過ぎたが、十人中十人が飛び切りの美少女と言って憚らないだろう。

 タマモだった。

「あ、横島だったの?あんまり似合わない表情してるから別人かと思った」

 平然と言ってのけるマグカップを両手に持った九尾の少女。

「あのなあ、もうちょっとまともな方法があるだろーが」

 自然、横島の言葉も勢いを失って苦笑交じりになる。

 どうにも遊ばれているような気はしたが、ここまで素っ気無いと逆に笑えてしまう。

「別に、いいでしょ?――それより、はい、飲み物」

 ずいっとマグカップを差し出す。

 湯気とチョコレートの甘い香りが漂っていた。

「ん、ああ、サンキュ」

 受け取ってゆっくりと喉に流し込む。 

 ココアの甘さが疲れた体に心地よかった。

「シロの様子はどう?」

 その寝顔を見詰めるタマモの瞳には、何時になく真剣な色が浮かんでいた。

 蛍光灯を点けると、マグカップの温もりを両手で包み込んだまま、タマモも腰を下ろす。

 ふわりと湯上りのシャンプーの匂いが香ってきた。

「様子って言ってもな……見ての通り、寝てるぞ」

 言って、視線をシロの方に戻す。

「起きてるじゃない」

「あ、っと起こしちまったか」

 寝惚け眼を擦りながらシロが横島たちを見るともなしに見つめていた。

 流石にあの絶叫では寝る子も起きるだろう。

「……せんせえ……さんぽでござるか?」

 寝起きで喉の調子が悪いのか、もごもごと口を動かす。

「……アンタだけはホント変わらないね」

「……ある意味、見事だな」

 思わず顔を見合わせて苦笑する。

 傍から見たらとても病人とは思えないだろう。

 見事に「シロ」な寝惚けっぷりだった。

「……なんでござるか?」

 当のシロはよく分からない様子で、布団の中で体の向きだけをごそごそと変える。

 まだ目の焦点が今ひとつぼやけている様子だ。額からタオルが滑り落ちたことにも気づいていない。

「薬、貰って来たぞ」

 タオルの位置を直してやりながら、横島は表情を崩した。

 優しい目をしている。

「私のお陰だけどね」

 隣からぼそりと突っ込みが入る。

「だから、あれは、俺の時点で、何とかなってたのっ!!」

 横島の口元がぴくぴくと引き攣っていた。

 ちなみにタマモの口元もぴくぴく揺れているが、心の中は横島とは正反対だろう。目元がにんまりと笑っている。

 面白い玩具を発見した子供の目だった。

「血塗れで地面に倒れていたのは誰だったっけ?」

「だ・か・ら、それでも生きてたし、認められてもいたんだって言ってんだろーが」

「その上、なに、私に感謝の言葉とか言ってたよね」

「な、だから、それは、お前が……だーっ、言うんじゃなかったーっ!!」

 頭を抱えて身悶える。

 似合わないことはするもんじゃないと改めて思い知らされた気分だった。

「……嬉しそうでござるな……」

「……どう見たらそう見えるんだ」

「ま、からかい甲斐はあるかも……」

 二人の答えは、心境そのままだったろう。

 他意は無い。

 が、得てしてやきもち焼きの人間には違う世界が見えているもので。

「うーっ、せんせえから離れるでござるよっ、タマモ!!」 

 シロは毛布を噛んで悔しがっていた。

 目がうるうるしているのは熱の為だけではないだろう。

「って別にそんな近くに居ないじゃない。――それとも、武士が嫉妬?」

 最初はやれやれといった口調だったタマモだが、つい癖で一言付け加えた。

 大抵始まりはこんなものである。

「この際武士かどうかは関係ないでござるっ」

 ちなみにタマモは喧嘩を売るのが得意な性質だった。

 ついでにシロは買わずにはいられない性質だったりする。

「でも、横島ってアンタのモノじゃないでしょ?」

「う、せ、拙者は、先生が誰のものだとかそういうことじゃなくて……」

 何時ものように、言葉が足りないシロをタマモが独自理論で追い込んでいく。

 こうなるともう留まる事がない。

 ブレーキは出会った時から壊れていると言うのが美神達の間では定説だった。

「ふーん、じゃ、誰がどうしようと勝手って事ね♪」

 タマモがにんまり笑いながら、これ見よがしに横島との距離を詰める。

 ぷちっと何かが切れる音がした。

「は、離れろ、この野良ギツネえええええ!!」

 シロの魂の叫びが夕闇に響き渡る。

「だああ、喧しい、タマモ、病人からかうなっ、シロも大人しくしてろーーー!!」

 喧騒は、シロがクラクラして倒れるまで、正味二十三分ほど続いたという。

 これにより、大人しく良い子にしていたシロの誉めてもらう計画が一歩後退した事は言うまでもない。



「元気ねえ」

「若さですかね」

 階下ではそんな長閑な茶飲み話の種にされていたのだが。

 無論、当人達は知る由もなかった。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa