ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(82)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(01/ 2/ 1)

 あの日、父は私の知らない顔をしていた
 父も、母も、姉も、いつも私の世話をしてくれていたメイドさんも、皆、私の知らない顔をしていたの
 母が父を罵倒する声が、子供部屋にまで響いてた
 私は部屋の隅っこで、おもちゃ箱の陰に隠れて、シーツを被って震えていたの
 お嬢様は早くお休みになって、と、メイドさんがいつものように寝かしつけてくれたのだけど
 眠れなかったの
 だって、メイドさんは私の知らない顔を笑顔の下に隠してた
 怖かったの
 怖かったのよ
 皆が私の知らない顔をしていて、私にわからない事を喋ってる
 悪い夢のようだったわ
 悪い夢なら良かったのに
 しばらくして、部屋の窓から外を見下ろすと、大きな鞄を持った父が、よそ行きのコートを着て、メイドさんの手を引いて出て行くのが見えた
 母がどこかで、狂ったように叫んでいる声が聞こえたわ
 姉は玄関先に出て、父を見送っていたの
 よく晴れた月夜だったから、姉が泣いていたのまでわかった
 私はわけがわからなくて、姉と同じように父を見送ってた
 そうしたら、それまで聞いた事も無かった音がして、突然父が倒れたの
 倒れた父の頭から、何か黒っぽい液体が流れて広がっていくのが見えたわ
 メイドさんも、姉も、悲鳴を上げて
 そうしたら、また音がして、今度はメイドさんが倒れた
 あれは、銃声だったんでしょうね
 メイドさんは倒れてもしばらく動いてて、両手をじたばた動かして、必死に逃げようとしていた
 そうしたら、母が叫びながら飛び出してきたのが見えた
 止めようとして、その腰に縋りついた姉を引きずりながら、メイドさんに近づいていって
 持っていた棒みたいな物を―――多分、父の猟銃だったんでしょうね―――その先をメイドさんの頭に押しつけて、また、あの音がした
 メイドさんが動かなくなったのを見て、その体を踏みつけると、母は姉も撃った
 母の腰に縋りついていた姉の、頭が吹き飛ばされるのが見えたわ
 それでも姉は母の腰に縋りついたままだったから、母は、姉の体を蹴り飛ばして振りほどいていた
 私はわけがわからなかった
 ただ、怖くて震えていた
 全てが悪い夢のようだった
 しばらくして、母が私の部屋に来た
 猟銃はもう持っていなかったけれど、ワンピースの腰の辺りに、べったり赤い血が付いてた
 震えていた私の髪を引っ掴んで、母は私を物陰から引きずり出したわ
 笑いながら私を引きずり回して、地下室に連れて行ったの
 ―――そうよ、彼のいた部屋よ
 その頃は、物置に使ってたんだけどね
 天窓はその頃からあったの
 ステンドグラスは私がはめたんだけどね
 母は、その部屋で私を刺した
 何で刺されたかなんて覚えてない
 何か薄い板みたいな物が私のおなかの中に入って来た
 そう思った次の瞬間、ものすごい痛みが走って、立っていられなくなった
 仰向けに倒れた時、天窓から月が見えたわ
 月と、それを背負って立つ、母の笑い顔が
 母は、銀色の―――ナイフか何かだったのかしら、とにかく、銀色の刃物を持ってた
 そして、それを自分の首に押しつけて、笑いながら手を動かした
 顔にかかった血は、温かかったわ
 痛みをこらえて起き上がって、私は母の体の下に潜り込んだ
 潜り込んだ体は、しばらくは温かかったわ
 母の体を上にして、その下から月を見たの
 母の体が冷たくなるまで―――ずっと



「……加奈江の詳しい経歴がわかりました。母親が資産家の娘で、父親はその婿養子。政略結婚だったようですが、母親は父親が好きだったんでしょう。結婚前後の金の動きを調べてみたら、当時父親が経営していた会社に、母親の両親から多額の融資があったようです」
「―――なるほど。結婚を条件に融資を引き受けたんでしょうね。続けて」
 オカルトGメン日本支部の会議室。
 淀みなく、つらつらと書類を読み上げる西条の前で、美智恵は、デスクに片肘をつきながら目を閉じて報告を聞いていた。
「はい。五歳の時に、父親がベビーシッター代わりのメイドと浮気をしていたのがばれて―――父親が、メイドと家を出て行こうとしたところを、母親が家にあった猟銃で射殺。ヒスを起こして半狂乱になっていたんでしょうね。加奈江には当時十六歳の、年の離れた姉がいましたが、止めに入って母親に殺されています。その後、母親は加奈江を地下室に連れて行き、そこで加奈江を刺して―――自分も、自殺しています。加奈江も腹部に怪我を負いましたが、致命傷ではなかったようで、翌日午後、社長と連絡がとれないのを不審に思った社員の通報により、駆けつけた警察に保護されています。何でも、その事件で家族関係の内実が発覚するまでは、おしどり夫婦として知人の中ではもてはやされていたようですよ」
「……裏を一枚めくったら、融資と引き換えに無理やり結婚させられた男と、独り善がりで喜んでた女かあ……こりゃまた、ドロドロしてるわねえ……」
 朗読を終えた西条から回ってきた書類を一瞥した令子が、呆れたように髪をかき上げる。
「だけど幼い加奈江には、薄皮一枚で成り立っていたおしどり夫婦の両親像こそが真実だったんでしょうね。……それを一晩で打ち壊されて、姉も、世話をしてくれたメイドも亡くして、残された財産をめぐっての親戚中の争いに巻き込まれて……」
 参考資料として送られて来た、中学の頃の文集や、通信簿やらをパラパラとめくる。
 身辺調査をしてわかった事だが、加奈江には、友人がいない。
 それも、出来ないと言うよりも、加奈江自身が意識して友人を作らなかったらしい。
 数値だけを見れば抜群の成績を残している通信簿の通信欄には、どの学年のものを見ても、「もっとお友達と打ち解けましょう」といった類の言葉が書かれているし、就学旅行の写真などを見ても加奈江はいつも一人で、目立つ場所に写る事を意図的に避けているようだった。
「……全ては幻、永遠なんてないと思っていた女が、吸血鬼のピートの存在を知って『永遠』は現実にある、手に入れられると暴走した……と。ったく、極端な女ねー」
 デスクの端に両肘をつき、その上に顔を乗せて、不貞腐れたような、呆れたような顔をして見せる令子の言葉に、美智恵と西条も内心で同じ事を思ったのか、苦笑する。
 令子はしばらくそのまま不貞腐れたような顔を見せていたが、やがて、キッと表情を引き締めると、真面目な口調で言った。
「……だからって、ピートを誘拐した事が正当化されるわけじゃないわ」
「―――ええ。その通りよ」
 令子が真顔に戻ったのに倣うように、美智恵と西条も表情を引き締めて言う。
 自分が何かひどい目にあったからと言って、それを贖(あがな)う為に何をしても許されるわけではない。
 ピートは、全くの被害者だ。
 加奈江が、彼女の目的のために踏みにじった彼の権利を、法の下に償わせるために、訴え出る権利がある。
 なのに―――
「あいつ、相変わらず……?」
「ええ。覚えてない、の一点張りよ。直接聞こうとしても、お見舞いに行ったら大抵寝てるし」
「……そっか……」
 もう、ここまで意地を張られると、「バカなんだから」と言う言葉さえ出てこない。
 両手を頭の後ろで組み、椅子の背もたれにもたれて、令子は天井を見つめた。
「……何かもう、本人がここまで「忘れた」事にしておきたいんなら、そうしといてやろうか、って感じよね」
「……そうね」
 天井を見つめ、苦笑しながら言われた令子の言葉に美智恵が頷く。
 何にせよ、自分達がこの事件に関して出来る事など、それぐらいしかないだろう。
 ……今回の事件は、ピートの存在そのものが抱える何より重いものを、令子達の前に突き付けた。
 加奈江を裁いて済むことではない―――どうしようもないものを。
 ―――それならば、もう今回の事件に関しては本人の望むようにしてやろうというのが美智恵達の結論だった。
 加奈江は明日、記憶封印を施される。
 ピートに関する記憶はもちろんのこと―――再びこのような事件を起こす事が無いように記憶を封じられるのだから、事件を起こす因子と成り得る記憶は全て封印される。
 そのため、彼女のものの考え方に暗い陰を落とした家族の死に関する記憶も封印される事が、本人の同意付きで決まっていた。
 頭も良く、財産もあるのだ。
 記憶を封じられ、暗い陰を払われた彼女は、恐らく幸せになれるだろう。
 ―――加奈江を裁くのではなく、彼女が幸せになる事で、彼の長い長い人生に一点の光明を与える事が出来るのなら―――それで良いのではないか、と。
 美智恵達はもう、ピートが「忘れた」と言っている事を無理に聞き出そうとは思わなくなっていた。

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