ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(81)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(01/ 1/31)

 ―――三百年。

 真っ暗な地面の底で。
 冷たく白い雪山で。
 ひとりきり。
 ひとりきりの―――三百年。

 その三百年間の記憶は、あまりはっきり覚えていない。
 はっきり覚えているのは、横島さんや美神さんと出会う前後ぐらいからで―――他の事は、ぼんやりしている。何もかもを忘れているわけではないのだが、細かい輪郭が掴めない。
 それで良いのだと、美神さんは笑う。
 幽霊の記憶はぼけやすいものなのだから、横島さん達と出会ってからの事を思い出しただけでも奇跡なのだと。

 ―――うん。
 横島さんや、美神さんと出会った時の事。
 それから色々出会った人、皆と体験した色々な事。
 それを、覚えているのは嬉しい。
 嬉しくて、楽しい。
 思い出すだけで笑える事、明るくなれる、とっておきの思い出達。
 それを覚えているのは、本当に嬉しい。

 ―――でも……

   ……キヌちゃん、おキヌちゃん……
「……おーい、おキヌちゃんってばあ!!」
「!!は、はぁあいっっ!!」
「のわぁっ!?」
 ―――思いのほか、深い物思いにふけっていたのだろうか。
 声をかけられると同時に軽く肩を揺すぶられ、それで初めて呼ばれている事に気づき、我に返ったキヌがあげた、素っ頓狂な声に驚いたのか。
 ふと、気がついたキヌが自分の両隣を見回すと、驚いた顔で横に飛び退(すさ)ったまま固まっている弓と、何故か片手にキヌの弁当を受け止めた姿勢のまま硬直している一文字の姿が目に入った。
「……あれ?お二人とも、どうしたんですか……?」
「そ……それを聞きたいのはこっちですわ!」
 耳元で突然大声をあげられた事に、余程驚いたのだろう。
 飛び退ったまま固まっていた弓が、不思議そうに問うてきたキヌに大声で返す。
「そうだよ。何か考え事してたのか?」
 一方、こちらはキヌの弁当箱を受け止めたまま硬直していた一文字も、キヌが声を発した事で我に返ったらしく、手にした弁当箱をキヌに返しながら言ってきた。
「弁当食いながらボーッとしてたから声かけたんだけど、返事しなくてさ。肩掴んで揺すったら、素っ頓狂な声出したんじゃないか。……ほら、もう少しで弁当引っ繰り返すとこだったよ」
「あ。ごめんなさい……」
 キヌが膝から引っ繰り返した弁当箱を、キャッチしてくれていたのだろう。
 少し並びがずれてしまったが、中身自体は無事な弁当箱を受け取ると、弓も、キヌの隣に戻って来て腰を落ち着けた。
 キヌを真ん中にしているとは言え、脱色した髪を金色に染め、ワイルドに逆立てた髪型の一文字と、毛先まできれいに梳(くしけず)った艶やかな長い黒髪の弓とが一緒に座り、屋上でそれぞれの昼食を広げている様など、少し前までは見ようと思って見れる光景ではなかった。
 何しろ、気崩した制服に校則違反のスカート丈、髪型からして世間一般の大人が一目見ようものならすぐさま「不良」のレッテルを貼って片付けられそうな一文字と、学校標準の見本のように制服を着こなし、かつ知性的な美人と、理想の優等生像を形にしたような弓だ。
 かたや、芯は優しいが立ち居振る舞いがやや乱雑で大雑把な性格、そして、かたや、プライドの高さ故に高飛車で素直でない性格という事もあって、キヌが転入してくる前までは、仲が良いなどと冗談でも言えるような間柄ではなかった。
 それでも、キヌというクッションが間に挟まったからか、最近では、休み時間に三人で何か喋ったり、勉強会などで三人一緒に帰る姿がそう珍しいものではなくなっている。
「どうしたんだよ。何か最近ボーッとしてるみたいだけどさ」
「そうね。最近、何かありましたの?」
 中学以来の距離を、徐々に縮めつつある二人に挟まれ、その双方にそれぞれの言葉で心配されて、キヌは、慌てて笑顔になると言った。
「ううん。ちょっと、考え事があるだけなの」
「そうなのか?悩みがあるなら、あたしに相談してくれれば聞くよ?」
「ううん。大丈夫だから……」
 どん、と自分の胸を叩いて力強く言ってくれる一文字に対し、笑顔で首を横に振る。
 そして、何故かもう食べる気がしなくなった弁当に視線を落とすと、手持ち無沙汰にその中のピラフをちょいちょいと箸で突ついた。
「―――あ!そう言えばさあ、ピートさん、無事に帰って来たんだって?」
 どこか浮かない顔で、食べる気も無く弁当を突つくキヌの事が心配になったのだろう。何か明るい話題をふろうと、一文字は、その張りのある明るい声で先日キヌから聞いたニュースを引っ張り出す。
 が、その話に反応したのは、キヌではなく弓の方だった。
「え……そうなんですの!?」
「あれ?あんた、知らなかったっけ?」
「知らなかった……って、初耳ですわ!」
 キヌが来る前は一匹狼状態だった一文字と違い、弓は、キヌと出会う以前からの取り巻きがいる。そのため、取り巻きといる時はキヌと一文字の二人から離れている弓に取って、こういう話題のズレは時たまある事だった。
 事件の内容を考えて、この件に関する報道は全て匿名で扱われている。そのため、キヌから聞いた以外の事は、ほとんど何も知らなかった。
「ピートさんが無事に帰って来たんなら、一言おっしゃい!さては、自分だけお見舞いに行こうと黙ってたわね!?」
「何言ってやがる!てめえ、伊達何とかって言うヤツと付き合ってんじゃなかったのかよ!」
「そ、それはそうだけど……良いじゃないの!」
 一文字に突っ込まれてしばし口篭もるが、すぐに言い返す。要するに、ピートへの憧れは、「彼氏は好きだけどアイドルは別」というノリだ。
 確かに雪之丞と付き合ってはいるが、女の子の場合、友達に美男子がいて悪い事は無い。見栄っ張りな気(け)のある弓に取っては尚更だ。―――もっとも、雪之丞とピートにとっては、些か失礼かも知れないが。
「貴方こそ、まだちょっとはピートさんに下心あるんじゃなくて!?」
「うるせーな!人の話聞けよ、コラ!」
(―――ピートさん……)
 自分を挟み、両隣で言い合いを始めた二人の声も聞こえないかのように―――実際、考え込んでいるキヌには聞こえていなかった―――キヌは、膝の上の弁当に視線を落としたまま、再び思いの淵へと沈んでいた。

(永遠……)
 それはピートが持っているのだと、加奈江は言っていた。
 そして、数日前。
 キヌは、事務所で令子と美智恵から、ピートに関するある極秘事項を聞いていた。

 永遠
 変わらないもの、終わらないもの

 ……それは、ピートが―――

 ……ピートさんは、もう七百年生きてる
 ―――ななひゃくねん
 考えたこと無かったけど、それってきっと、とんでもないことよね?
 だって、私が幽霊してた時間の、二倍以上なんだもの
 もう、それだけたくさん生きてるのに
 ―――……永遠ってことは、まだまだこれからずっと、もっと生きていかなきゃいけないのよね?
 ……私がずっと幽霊だったら、そうなってた?
 ……ううん、幽霊よりも、もっと長い長い時間を―――

                       ……ヒトリニナッテモ、ズット……?

(…………!!)

 『永遠』を考えると、浮かんでくるものがキヌの中にはある。
 それは、幽霊だった頃の、ぼやけた記憶の底に沈んだ輪郭の無い闇。
 普段は横島や美神達に出会ったという幸せな記憶の陰になり、記憶の奥底に沈んでいるのだが、ふとした時に浮かんでくる。

 ―――幽霊だった、頃。
 暗い地の底で膝を抱え、ひとりきりだった頃の―――
 山を登って来る人間達の姿を見て、三百年変わる事無く山に縛られたままの自分の姿を見ていた頃の―――

 ……わかっている。
 それが自分の中にあるからこそ、幽霊達の心が理解できる。
 それがあるからこそ、ネクロマンサーの笛が使いこなせる。

 ……でも時折、泣き叫んで振り捨ててしまいたくなる
 幽霊だった頃の、悲しみ、苦しみ、痛み、孤独、不安、気の狂いそうな静寂、変わっていく周囲への嫉妬―――

 幽霊だった頃の記憶を取り戻した時、幸せな出会いの記憶も蘇ったが、それと同時に、生き返る事で解放されていたそういった暗い感情や経験も、記憶の欠片として心の底に蘇った。
 自分はもう生身の人間であり、それらからは解放されたとわかっていても、記憶の中に焼き付けられたそれらの名残は消えない。
 それがあるからこそネクロマンサーの笛を吹けるのだとわかっていても、自分の中に刻み込まれた「それ」が、恐ろしくて恐ろしくてたまらなくなる事がある。
 ―――あんな時が、ずっと続いていたら
 ……あんな、何も変わる事の無い時間が、永遠に―――


 ……―――ぽた

「―――……おキヌちゃん?」
「え……。あ、氷室さん!?」
「……え?」
 口喧嘩を続け、このまま放っておいたら取っ組み合いの喧嘩でも始めるのではないかと思われた二人が、突然言葉を詰まらせ自分の方を驚いて見ているのに気づいて、キヌはふと意識を現実に戻した。
「ど……どうなさったの!?」
「あ、ご、ごめん!喧嘩しない!しないから!」
 弓が顔色を変えると同時に、一文字は、弓に掴みかかろうとしていた手を慌てて引っ込める。
「え……?」
 そんな二人の狼狽振りと、二人の視線が自分の顔に集中しているのに気づいて始めて、キヌは、自分が泣いているのだと気づいた。
「ごめん。喧嘩しないから!」
「氷室さん。どこか、具合でも……」
「ううん、違うの。大丈夫」
 ぽろぽろと、止まらずに涙を流し続ける自分に駆け寄ってくる二人に首を横に振る。
 しかし、二人を安心させるために笑おうとしても笑えず、キヌは、震える声で呟くように言った。
「違うの。私……幸せだなって」
 ごしごしと目元をこすり、晴天の夏の空を見上げて、キヌは言った。
「私は、幸せなんだなって……ほんとに、幸せだな、って」

 ―――本当に

 自分は生身として生き返る事で解放された、あの変わらない時の中を。
 ―――……彼は、歩んで行かなければなければならないのだ。ひとりになってしまっても―――

                                 ……ずっと

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