ザ・グレート・展開予測ショー

月ニ吼エル(11)


投稿者名:四季
投稿日時:(01/ 1/31)


 明け方に降り出した雨は昼過ぎには強い風を伴い、夕方事務所に帰り着く頃には横島もタマモもすっかりずぶ濡れになってしまっていた。

「あー、やだやだ。もうびしょ濡れじゃない」

 濡れた髪が肌に張り付いて気持ち悪いのか、タマモが大きく身震いする。小さな雫が幾つも飛んで、床に黒い染みを作った。

「天気なんだからしょーがないだろーが」

 幾らGSとしての力が優れていても、常に天気まで思い通りにできる訳ではない(ごく短期間なら例外もあるが)。

 横島もバンダナを絞らなければいけない程全身汲まなく濡れていた。

「傘ぐらい用意しとけばいいのに」

「その傘を荷物ごと燃やし尽くしたのは誰だ?」

 よく見ると、いや良く見なくても横島は焼け焦げた凄まじい服を着ており、何処の戦場から帰ってきたのだといった感がある。

 無論、彼が戦場を渡り歩く傭兵である筈もなく。

「横島が不甲斐無いからじゃない」

 不満そうに唇を尖らせた妖孤の少女の狐火のお陰であったりするのだった。

「って、おまえの勘違いだろーが」

「何よ、助けてもらっておいて」

「だーかーらーなー」

「帰ってくるなり仲が良いわね、どうしたの?」

 今にも額がくっ付きそうな勢いで睨み合い、というか罵り合いをしていた二人が思わず飛び退く。

「あ、隊長」

 眠っているひのめを抱いて階段を下りてきたのは、美智恵だった。

「二人共びしょ濡れね。風邪ひいちゃうわよ、早くシャワーでも浴びて着替えなさい」

 今、温かいもの淹れて上げるから。

 笑顔で付け加える。

「はぁ」

「了解」

 穏やかというよりものんびりとした物言いに、角が削られたか棘が抜けたかしたのか、二人とも思わず頷いていた。

「じゃ、私が先でいいよね?」

「あー、好きにしてくれ」

 疲れているのか億劫なのか、横島は早く行けとでも言うようにひらひらと手を振る。

 タマモは逆に疲れを感じさせない軽快な足取りで行きかけたが、階段の半ばで首だけで振り向いた。

「覗いたら即火葬だから」

「あ、俺はどっちかって言うと鳥葬の方が……って何でお前みたいなガキなんぞ覗かにゃならんのじゃっ!!」

 節操なしモードも、多少の条件付のようだ。

「十年、いや、五年、むむむっ、寧ろ三年早いわっ!!」

 その苦悩の仕方はかなり格好悪いような気もするが。というか誰も頼んでいない。

 そんな事を言っている間に当のタマモは舌を思いっきりべーっと突き出し、さっさと行ってしまっていた。

 ついでに横島の後ろに人影がひとつ。

「うんうん、仲良き事は美しきかな」

「ぐわああああああっ!」

 いきなり背後から耳元で息を吹き掛けられて絶叫する。男にそれをやられるのは凄まじいの精神的ダメージである。

 鳥肌を体中に立てながら振り向くと、そこには。

「せ、関……さん」

 笑顔の関俊介(35歳・独身)が立っていた。

 なんとなくさん付けになってしまう横島。

 どうもこの雇用主の「はとこ」は苦手だった。

「あら、俊介君いらっしゃい」

「お久しぶりです、美智恵さん。こんにちは、ひのめちゃん」

 横島が精神的ショックから立ち直ろうとしている間に、さばさばと挨拶を済ませる大人二人とすやすや眠った子供がひとり。

 あの登場方法は、どうやらこの血筋では驚くようなものではないらしい。

「令子ちゃんは、今日はいないんですか?」

「ええ、夜まで帰れないみたいね」

「そうですか……じゃあ」

 にっこり笑って、横島の目を覗き込む。

「横島君を口説いて良いのかな」

「どうしたらそうなるんやああああああっ!!」

 魂の叫びに乗せて光る左ストレートを放つ。 

 どがっ!!

「うーん、やっぱりいいもの持ってるね、横島君は」

 思いっきり命中したにも関わらず関はにこやかだった。

 逆に、殴った横島の方が真っ青になっている。ここまで見事に決まるとは思っていなかったのだ。

 普段は大体返り討ちに合うのが彼のライフスタイルである。

「相変わらずね、俊介君」

「生まれついての気質ですからね。仕方ありませんよ」

 美智恵の苦笑に、関もほろ苦い笑顔で返した。

 関は優秀な能力者だが、その能力は攻撃に特化され、自らの身を守る分野の第六感は皆無に等しい。

「それで、平気なんすか?」

 殴っておきながら、思わず訊ねてしまう横島。

 自分に悪意のない(一応、たぶん、きっと)相手、しかも男から見ても端正な顔に思いっきり青たんを作ってしまったのだから、多少気の毒に思ったのかもしれない。

「ま、慣れたからね。君も霊波刀を使った訳じゃない」

 それに、と関は笑顔(かなり胡散臭い)で付け足した。

「その為に君を口説きに来てるんじゃないか」

「はぁ……そろそろ諦めて下さいよ」

 横島の能力に惚れ込んだらしく、暇を見つけては美神除霊事務所にスカウトに来るのだ。

 もっとも、美神達に言わせれば、横島「で」遊びに来るのだという見解が圧倒的な多数だったが。

「ははっ、残念だなぁ。気が変わったら何時でも言ってくれよ?」

 さほど残念そうでもなく言うと、関は横島の肩をバンバンと叩く。

「さ、横島君もシャワーの前に体だけでも拭いちゃいなさい。ミイラ取りがミイラになるわよ?」

 面白そうにやり取りを見ていた美智恵が、どこから取り出したのかバスタオルを投げてよこした。

「あ、ども。――シロの奴、大人しくしてましたか?」

 リビングに向けて歩き出しながら、横島が尋ねる。

「ええ、良い子にしてたわ。今日は、食事も少しだけど摂ったわよ」

「ほんとっすか?退屈退屈とか言って、ゴネませんでした?」

 流石師匠、なかなかの慧眼である。

 弟子が聞いたら「先生はそんな目で拙者のことを見てたのでござるか?」とか言われて拗ねられそうだが。

「ふふっ、大丈夫、私が保証するわよ」

「そーっすか」

 何故かとても楽しそうな様子の美智恵に、横島はようやく安堵のため息を漏らした。

「薬の方はどうだったの?」

「あ、はい。何とか」

 髪をごしごし拭いていた横島が、懐から小ビンを取り出す。

 透明なビンで、中にはいかにも苦そうな色の液体が揺れていた。

「お、天狗の秘薬かい。それを貰って来るとは、大したもんだなあ」

 後ろ手にリビングの戸を閉めると、関が心底感心したような表情で口を開いた。

「あ、知ってるんすか?」

「ああ、良く世話になってるよ」

 何せ怪我が多いんでね。

 付け足して、関が笑った。本当は怪我をしないで済むならそれが一番だよ。と横島に意味ありげな視線を送る。

 横島は敢えて無視すると、

「顔パスが利くなら、関さんに来て貰えば楽だったな」

 茶化すように言った。

「ははっ、君の頼みならやぶさかではないけど、ホントにそう思ってる?」

「どうでしょうね」

 自分でも解からないといった様子で首を傾げると、横島は一人屋根裏への階段を上っていった。

 美智恵に今は寝ていると言われていたが、取り敢えず自分の目で見ておきたかったのだ。

 同じ過ちは、繰り返したくなかった。



「横島君、またちょっと印象が変わりましたね」

 天井を、何かを見透かすように目を細め見上げると、関は面白そうに呟いた。

「そうね。でも、生きてるってそういうことじゃない?」

 キッチンで湯を沸かしていた美智恵が微笑を口元に、カップをお盆に乗せて出てくる。

「貴方、珈琲党だったっけ?」

「ええ。砂糖は四つでお願いします――そうですね、だから面白い」

「タマモも興味持ってるみたいだし」

「確かに。珍しいですね、九尾の狐が普通の人間にあそこまで関わるのは」

 どんな相手でも、余程の事がない限り好悪の情を示したりはしないのだ。それはエネルギィを余計に消費する。

 その手のエネルギィを惜しみなく注ぎ込むのが人狼であり、使いどころを選ぶのが妖孤である、と言えなくもなかった。

「それを言うなら俊介君もじゃない?」

「ははっ、そうかもしれないですね」

 砂糖をゆっくりと溶かしながら、関は目を伏せた。

 何を思うのか。

 琥珀の液体にそれすらも溶かし込むように、その瞳から何かが覗く事はない。

「で、何があったの?」

「流石に誤魔化せませんか」

 穏やかな語り口で向かい合う二人は。

 お互いの感性を寧ろ重荷のように感じながら、なお微笑みあっていた。
 

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