ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(80)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(01/ 1/29)

「これ……何!?」
 ―――数秒の、重い沈黙の後。
 知らず、掠れそうになる声を支えるように自分の喉に手をやりながら、愛子はフェンスにもたれて俯いている雪之丞に問いかけた。
「……そのまんま、書いてある通りだ」
 相変わらず俯いて目線は合わさないまま、雪之丞が言う。
 ガタン、と音を立てて、自分が乗っかっている机を揺らすと、愛子はそのまま虚空を見上げて脱力したような長く細い息をついた。
「こんな事って……」
 呆然と呟く愛子の横では、横島とタイガーが、ファイリングされている書類の中の一枚を―――病院のカルテのように見えるその一枚を睨んだまま、書類の端をつまんだ指を、小刻みに震わせていた。
「魔族と神族、双方の医師連中の診断結果だそうだ。信憑性はある」
「じゃ、ジャけど、これによるとピートさんは……!!」
 途方も無い―――まだ、この世に生を受けてから十数年しか生きていない彼らにとっては、途方も無い話が展開されている書類の内容に、目を白黒させながらタイガーが言う。
 横島も、書類から顔を上げたのだろう。
 タイガーと横島、そして、驚愕による一時の忘我から我に返った愛子の、三人の視線が自分に集まっているのを察知して、雪之丞は顔を上げると静かに言った。
「……俺も正直、聞いた時は驚いたさ。あの美神隊長でさえ、驚いたって言ってたよ。あの加奈江とかいう女がピートを殺したと自供した時点で、まあ推測はしていたが……。―――実際、データとして出てくるのを見るのとじゃあ、違うからな」
「当たり前よ。まるで下手な夢物語だわ。こんな事って……!!」
 横島が持っている青いファイルを示し、愛子は何かに食らいつかんばかりの勢いで机から身を乗り出していた。
「GS協会だけでなく、神族や魔族の方でもだいぶモメたらしい。俺達に知らせるかどうか、な。……でもまあ、俺達こそが、これからあいつと付き合っていくんだからな。「教えとけ」って事になったそうだ」
「……ま、そうだよな。俺達は未成年だからって、事後処理は全部美神さんや西条達がやってたのに、この報告書だけは絶対読めって言うんだからなあ」
 何かあると思ってたよ、と言う顔で、パラパラと、ファイルされている書類をもう一度流し読みしながら横島が呟く。
 そして静かに閉じると、軽く放って雪之丞に投げ返した。
「サンキュ。わざわざ、悪かったな」
「ま、構わねーよ」
 ポン、と、きれいに弧を描いて戻って来たファイルを、アタッシュケースの中に仕舞う。ケースを閉じると同じにパチン、とロックがかかる小気味良い音を聞きながら、横島は、ふと思い立った事を雪之丞に尋ねた。
「そう言えば……。なあ、おキヌちゃんには?」
「あ?」
「おキヌちゃんには?おキヌちゃんにも、その報告書、見せるのか?」
「いや……もう知ってる。お前がバイトに来れねえ間に、隊長さんが、事務所で令子と一緒に教えたそうだ。ま、心配すんな」
「……そっか」
 言いにくい事だろうが、令子と隊長なら、感受性の強いキヌにも上手く教えてくれた事だろう。
 安心させるように小さく笑った雪之丞に、横島も笑って返すと、横島は、フェンスにもたれてハアとため息をついた。
「……お前。案外、驚かねえな」
「そうか?」
 雪之丞に、どこか意外そうに聞かれて答える。
 少しボーッとしている感じはあるが、横島の反応は、愛子やタイガーよりは淡白な反応と言えた。
 普段から必要以上に感情表現の激しいキャラクターだから、もっと驚くかと思っていたのだが。
 そう思って見つめる雪之丞の前で、横島は、フェンスにもたれてもう一度ため息をつくと、バンダナで持ち上げた前髪を、手でぐしゃぐしゃとやって苦笑した。
「……ま、何つーか、驚くにしても現実感が無いんだよなー。あいつが七百年生きてるって事自体、実感が無いんだしさ」
「―――まあ、確かにな」
 それは、雪之丞自身も感じた事である。
 実感が無い。現実味に欠ける。
 自分達がもっと幼い頃にピートと出会い、変わらない姿を見てきたならまだともかく、出会った時の外見が同年代であり、今もまだ見た目の差など無いため、ピートと自分達の寿命の間にある根本的な違いが実感として無い。
 しかし、今回の事件は、その「違い」を形にして横島達に突き付けた。

 ―――永遠
 
 加奈江はピートが『永遠』を持っていると言い、神族と魔族の医師連中も、それを―――

「……やっぱり、違うってのかなあ、あいつ……」
「……」
 ヒュウ、と、屋上を撫でた一陣の風に紛らわすようにして呟かれた横島の問いに、返る答えは無い。
 雪之丞も、タイガーも、愛子も。
 口を噤んだまま、ただ風の余韻が過ぎ去るのを待つ。
 吹き抜ける風に煽られ、大きく波打っていた愛子の髪が静かに動きを止めた頃、横島は、愛子の方を見て尋ねた。
「なあ、愛子。お前にもやっぱり寿命ってあるのか?」
「え?―――ええ、そうね」
「え……そうなんですカイノー?」
 愛子が少し考えてから頷くと、その横にいたタイガーが意外そうに彼女を見る。
 どう説明すれば良いのか考えているのか、愛子は、んー、と口元に手をやって小さく唸ると、昼食を終えた生徒達が遊ぶグラウンドを見下ろしながら話した。
「私達妖怪は、私みたいに「学校が好き!」って言う感じの、何かの『思い』があって、それが形を成したり、何かに宿って生まれるものだから……。ほら、人間の霊魂だって、何かに恨みがあるからこそ現世に留まって悪霊になったりするでしょ?だから、ほら、妖怪も悪霊も、除霊されたりしなくても、存在の根元にある『思い』が消えちゃえば、いなくなっちゃうの。それが私達の寿命ってとこね。……私達も、『永遠』じゃないのよ」
「そうか……まあ、途方も無い話だよな」
 ―――……『永遠』なんて、さ
 そう、続けようとした言葉は飲み込んで、横島は顔を伏せた。

 途方も無い。
 実感が無い。

 妖怪である愛子にとってさえ、『永遠』は適わないものなのだから、人間である自分達にとっては尚更である。
 もう、あと十年も彼と一緒に過ごしてみて―――明らかに、外見的な差が生まれるようになったら、自分達は、彼の『永遠』を実感できるのだろうか。
 十年、二十年、三十年―――
 年を重ね、家族を持ったり仕事の道を突き詰めたりと、それぞれの人生を築き上げていく自分達の傍らで、彼は―――ピートは、変わらぬ姿のまま、穏やかに佇んでいる。

 ……そんな時、恐らく、最初に自分達の心を過ぎるのは、嫉妬だろう。
 人生を築き上げ、それぞれの得たもの、突き詰めるものを極めていく道の過程で、人は必ず年老いていく。
 年月は、人に深い思慮と知識を与えると同時に、肉体的な衰えをも遠慮無く与えていく。
 このまま、GSとしての道を共に歩んでいくならば―――いつまでも衰える事無く、魔物の血を引くが故に年を経れば経るほど魔力を増していく彼の姿を、自分達は、自らの衰えを何よりも意識させるものとして、後ろ暗い嫉妬と羨望の眼差しで見る日が、いつかは必ずやってくる筈だ。
 ……そして、それらのドロドロした感情を越え、老境に至った時。
 自分達は、実に穏やかな目で彼を見つめるのかも知れない。
 ―――それこそ、孫を見つめるような、穏やかな眼差しで。
 ……変わらない―――変われない彼は、老いた自分達のそんな視線を受けた時、どんなものを抱くだろうか。
 それは、老い衰えた自分達が、変わらない彼に対して抱える嫉妬よりも、彼を傷つけるものかも知れない。
 かつては同年代の友人であった相手を、孫を見守るような眼差しで見つめる自分。

 ……まだ十七歳の、「青春真っ只中」の横島には、それらはまだ、全て実感の無い想像である。しかし、それは同時に、どこか空恐ろしい想像でもあった。
 雪之丞達も、似たような事を考えたのだろう。
 誰もが口を開く事をためらうような重い沈黙の中、また、ヒュウと屋上を吹き抜ける風に紛らわせるように、横島は呟いた。

「……それでもきっと、俺達は「友達」なんだろうな―――」

 ―――……

 答える声は無い。
 しかし、雪之丞もタイガーも愛子も頷いたと、横島は感じていた。

 屋上を、四人を撫でていく風が、彼方へと吹き抜けていく。
 『永遠』どころか、自分達の将来さえも未だ明確に想像できない四人は、ただ、過ぎ行く風を静かに見送っていた。

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