ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(79)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(01/ 1/29)

『あー、二年の梶原、二年の梶原ー。至急、職員室の尾崎まで来るように。二年の梶原、二年の梶原ー。至急、職員室の尾崎まで来るようにー』
「……でさぁ、昨日のテレビに出てた、緒方さんなんだけどお……」
「あーっ!見た見た!ちょーカッコ良かったよねーっ!」
「あ!てめえ、人のおかず勝手に取んなーっ!」

 校内放送の呼び出し。昨夜、テレビに出ていた二枚目俳優の感想を言い合っている甲高い声。おかずがどうこう言っているのは、友人の弁当の中身を物色し合っている男子生徒のグループだろう。
 他愛もない。
 俳優の噂と言い弁当の取り合いと言い、別に、そんな命を賭けたような大声を張り上げて騒ぐものではないだろうに。
 ―――他愛もない。
 それだけに、それらの喧騒が絡み合って紡ぎ出しているやかましい空気はどこまでも平和で、何か無性に微笑ましいものがある。
 だから、だろうか。
 屋上に向かって足早に廊下を歩きながら、教室の中の騒ぎをちらちら見ていく彼の鋭い目は呆れたように細められていたが、その視線には、彼が経験した事の無い世界への少なからぬ羨望と好奇心が混じっていた。
 ―――もっとも、本人は全く自覚していないだろうし、誰かに言われたところで素直に認めるような性格でもない。
 愛用の革靴でカツカツと床を鳴らしながら、彼は、教室の前を通り過ぎると屋上へと続く階段に足をかけた。

「―――よお、来たか」
 気圧の差か、風圧の関係か。
 少し重く感じられるドアを開けた途端、ごふぁ、とくぐもった音を立てて自分の方に流れ込んで来た空気が、彼の前髪を揺らす。反射的に閉じた瞼に張りつく髪を払いのけ、目を開けると、呑気な挨拶と共に、この学校の標準的な制服に身を包んだ少年少女が三人、屋上のフェンス近くにたむろしている姿が目に入った。
「来たか、じゃねーよ。……ったく。どこに呼び出すかと思ったら、学校かよ。事務所で渡しゃー楽だったのによ」
 呑気に挨拶をしてきた三人の中の一人―――横島に、雪之丞は、些か不機嫌の滲む眼差しと口調で言った。もともと目付きのよろしくないツリ目は、それだけで剣呑な雰囲気を作り出す。そのせいで、初対面の相手に必要以上の悪印象を与えてしまう事もある雪之丞だが、横島達とはよく見知った間柄である。本気で怒っているわけではないと知っている横島は、片手に食べかけのヤキソバパンを持ったまま、もう片方の手で後頭部をぽりぽり掻きながら悪びれずに言った。
「悪い悪い。だってよ、今テスト明けだからさあ。バイト行ってる暇無くて」
「……そーゆーもんなのか?」
 普通なら、テスト前の方が勉強やらで忙しいんじゃないのか。
 そんな心の呟きが顔に出ていたのか、軽く首を傾げた雪之丞の疑問に、横島の隣にいた―――何故か、机に腰掛けて座っているセーラー服の少女が答えた。
「テスト明けって事は、もうすぐ終業式でしょう?大掃除とか球技大会とか全校集会とか、行事が多いのよね」
「そうなのか?」
「……まあ横島君の場合、出席日数が足りなくて一学期の成績がつけられないから、最低限の教科内容をこなすための補習……って理由もあるんだけどね。特に今回なんか、テストの成績がいつもより悲惨な結果だったらしいから」
「なるほど。……しかし、何点だったんだ?」
 普段から成績は良くないと聞く横島が、「いつもより悲惨」と評されるとは、一体何点だったのか。
「それがね、何と五教科の合計点が……」
「あああ、おい!愛子、余計な事までバラすんじゃねーっ!!」
 素朴な好奇心に押されて尋ねた雪之丞と、それに答える愛子の会話に、さすがに慌てた様子で横島が割って入る。
「はっはっは。横島サンも大変ですノー」
「笑うな、タイガー!テメエも出席点が無けりゃ補習の嵐だったんだからな!!」
「うっ……」
 その横島の慌て振りが面白かったのか、梅干入りドカベンを手に豪快に笑ったタイガーに、横島が半ば八つ当たりの言葉を投げかけると、タイガーも青くなって固まった。
 そのまま、お互いに何か言いたげにジト目冷や汗で睨み合う。お互い、相手の成績をネタに何を言い返そうかと考えているのだろう。しかし、それを打ち切ったのは、愛子がパンと手を打ち合わせた音だった。
「はいはい。目くそ鼻くその争いはそこまでにして、それより横島君、雪之丞さんに何か持って来てもらうんじゃなかったっけ?」
「あ……そうだった。忘れるとこだった」
「……呼び出しといて忘れんなよ。結構、入りにくかったんだぞ」
「そうか?うちの学校、部外者にそんなにうるさくない筈だけど……校長にでも捕まったか?」
 私立ではあるが、特に進学校でもない気楽さがそういう雰囲気を作り出しているのか、横島の学校は部外者の侵入にそれほどうるさくない。あからさまに怪しい格好の人間はその限りではないだろうが、今の雪之丞の格好は、袖を半袖にまくった白のカッターシャツにサスペンダーで吊った黒いズボン、愛用の黒の革靴というもので、別段怪しいものではない。些か目付きがキツいものの、横島達と同年代だし、モノクロトーンでまとめた格好は見様によっては何かの制服のようにも感じられるので、他所の高校の生徒だと思われない事も無い筈だ。少なくとも、そう咎められる格好ではない気がする。
「まさかお前、あちこちガンつけながら来たんじゃねーだろうな……」
「違う!気分的に、だよ。俺、こういう所は慣れないんだよな。通った事ねーしよ……」
 ふざけて言う横島をジト目で睨み、ブツブツ言いながらも、手はちゃんと動いている。片手に持ったアタッシュケースの中から、青いファイルにまとめられた書類を渡すと、雪之丞は、横島達がやっていたようにフェンスにもたれた。
 とりあえず用事が済んだので気を抜いたのか、だらけたようにフェンスに体を預ける雪之丞とは対照的に、先程までふざけていたタイガーと横島が、学校では―――いや、GSの仕事中でも滅多に見せる事の無い引き締まった表情で、青いファイルを開ける。
 そんな横島達の表情と、ファイルの表紙に赤色で押された「重要機密」という判に、ちゃっかり後ろから中を覗き込もうとしていた愛子はためらって、このファイルを持って来た張本人である雪之丞へと目線をやった。
 その伺うような視線に対し、雪之丞はあえて答えず、「好きにしな」とばかりに目を反らし、顔を伏せた。
 そのまま、「我関せず」と言う風に顔を上げない雪之丞と、熱心にページを手繰っている横島とタイガーとを交互に見やって、愛子は、思い切るとファイルの中身を二人の後ろから覗き込み―――そして、息を詰まらせた。

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