ザ・グレート・展開予測ショー

月ニ吼エル(10)〜外伝・前編


投稿者名:四季
投稿日時:(01/ 1/26)

 何時の間にか降り出していた雨が窓に小さな雫をぽつぽつと残していく。
 天気予報は一日中の雨を告げていたが、ベッドの上の少女はその雨が当分止まないだろうという事を感覚的に理解していた。
「散歩には、行けないでござるなあ・・・」
 そうでなくても、体が自分のものではないような重さを感じている。
 意識を喪失した二日前よりは大分楽になっていたが、気持ち悪さは消えることはなかった。
「せんせーもいないし・・・」
 つまらなさそうに呟くと、布団の中で体を横に倒し膝を抱える。生温くなった濡れタオルが額から滑り落ちる。
 やけに高い自分の体温が鬱陶しかった。
「せんせー・・・」
 一緒に散歩に行ってくれる人は、今自分の側にいない。
 一人で行く散歩もそれはそれで味があるのだが、楽しさというか、心が軽くなったような高揚感は、断然二人の時の方が強かった。
 そして、そのもう一人がその人だったなら、もっとずっと心が弾むのだ。
「うう・・・退屈でござるよ」
 病気を併発した所為だろうか、5日前の腹部の傷口の周りに強い違和感を感じる。
 熱も、下がりきった訳ではない。
 けれど、それでもベッドの中で大人しくしている事は、シロ向きではなかった。
 ぼーっと見つめた視線の先では、普段は気にも掛けない屋根裏の味気ない内装がやけに寂寥感を漂わせていた。
「・・・たいくつたいくつ、退屈でござるぅ」
 ごろごろと転がる。
 少し調子が良いとこの調子なのだから、まだまだ子供なのだ。
「あらあら、いい子にしてるって約束だったんじゃないのかしら?」
 苦笑交じりに階段を上ってきたのは、湯気をほかほか立てる朝食を持った美智恵だった。
 事務所の人間が出払っているため、シロの看病を引き受けてくれている。
「う、美智恵殿・・・」
 シロの顔が真っ赤なのは熱の所為か羞恥の所為か。
 慌てて布団を顔まで引き上げて、目を閉じた。
「くすくす・・・良いのよ、慌てて寝たふりしなくても。・・・怒ってる訳じゃないんだから」
 サイドテーブルにお盆を載せると、慌てて額に乗せた濡れタオルを退けて掌を額に当てる。熱ではっきりしない頭にはひんやりとした感触が心地よい。
 シロは恐る恐るといった様子で目を開くと、申し訳なさそうな上目遣いで美智恵を見詰めた。
 視線の先の美智恵は余裕たっぷりの微笑を湛えながら、洗面器に張った水にタオルを浸している。
「ふふっ、令子も小さい頃は風邪引くとこんな感じだったわ・・・・・・さ、朝ご飯食べちゃいなさい」
 流石母親暦二十年の猛者、動じることなくテキパキと指示を出す。
 シロは照れ笑いを浮かべながらゆっくり体を起こした。
「いい匂いでござるな・・・」
 同時にお腹がくーと鳴った。
 意思とは無関係に遠慮のない食欲に一層赤面する。
「いや、その、これは、お、お粥でござるか?」
 慌てて話を逸らそうとするシロを、美智恵はにこにこと楽しげに観察している。
「あらあら、その分ならきっとすぐ元気になるわね」
「ううっ、美智恵殿・・・」
「良いじゃないの。適度に食べてよく眠る、病気なんだからそれでいいのよ・・・」
 美智恵は恨めしげに自分を見上げるシロに目線の高さを合わせると、ゆっくりと頭を撫でた。
「あ・・・」
 横島の大きな力強い手とは違う、女性のしなやかな手と指がシロの頭を優しく撫でる。
 体に温もりが染み入るような、そんな手だった。
「さあ食べてみて。わりと自信作よ?」
 軽くウィンクした美智恵に、シロはコクリと頷いた。
「いただきます」
 手をぱちりと合わせて、頭を下げる。
 レンゲを手に取り粥を掬うと魚介類のダシの良い香りが、敏感な嗅覚を刺激した。
 ふーふーと吹いて冷まし、口に運ぶ。
「・・・美味いでござるっ!!」
 体もだるく、大して食欲があった訳ではないのだが、そのシンプルなようで奥深い旨味はシロの本来欲張りな胃袋を大いに刺激したようだ。
 楽しそうに眺める美智恵の前で粥をかき込むように食べる。あっという間に器を空にして、ほぅと息をついた。
「・・・ご馳走様でござる。流石は美智恵殿、すごく美味しかったでござるよ」
 美智恵でなくても微笑ましくなるような食べっぷりと満面の笑みが何より雄弁にその言葉を証明していた。
「ふふっ、それだけ勢いよく食べてくれると、作った甲斐があったってものね」
「やっぱり『お母さん』の作る料理は美味しいのでござるな・・・」
 しみじみと呟いて一人納得顔でうんうんと肯く。
 早世した母の事はあまり覚えていないが、ひのめに対する美智恵の柔らかい視線や令子に対する接し方を見ていると、くすぐったいような気分になる。
 こんな感じなのだろうか。
 何とはなしに、そんな言葉が脳裏を過ぎる。
「そう、良かった――元気になったらもっと色んな美味しい物作ってあげるわね」
「やった。それは楽しみでござるなぁ」
「ほらほら、そしたら大人しく寝てなさい。横島君が見たら呆れちゃうわよ?」 
 うきうきとはしゃいでいるシロに苦笑すると、いい子にしてたら後で良いモノ持って来てあげると片目を瞑り、美智恵は食器を下げに階下へ降りていった。
「うう、そうでござった。せんせー、これからは拙者良い子にするでござるよ・・・」
 しょんぼりした様子でしかし余り説得力のないことを言うと、シロは体を横たえた。お行儀よく肩まで布団を引き上げる。
 満腹になった所為だろうか睡魔がすぐに瞼の上で唄い始めて、シロの意識は沈んでいった。

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