ザ・グレート・展開予測ショー

GS横島!/元始女性は太陽であったか?(6)


投稿者名:AJ−MAX
投稿日時:(01/ 1/26)

「――やっと四分の一くらいチェックできたな。たく、人使いが荒いぜ」

 書物の山に埋もれながら、横島はそう言って力いっぱい伸びをした。

 こわばった筋肉が心地よくほぐれてゆくのを感じ、気合を新たに入れなおす。

「荒いったって美神の旦那ほどじゃねーだろ」

 同じくうず高く積まれた本に囲まれていた雪之丞は、顔を上げて苦笑交じりに答え、またすぐに本に目を落とした。

「弓先輩、これはなんて読むんでござるか?」

「……それは、しゅうかいって読むのよ」

 シロも弓の横に張り付いてわからない漢字を聞きながら、資料のチェックに精を出している。

 そのせいでなかなか手が進まず、弓の方はやや苛立っているようであった。

 四人は本堂の書棚にあった書物やファイルを庫裏に運び込み、片っ端から目を通すという作業をもう三時間ほども続けていた。

 妖怪や悪魔のデータと弓の記憶とを照らし合わせて、彼女を襲ったものの目星をつけて対策を練るためである。

 文珠で治療できないかと「治」や「快」などそれらしい文字の念を込めて何度か試みてもみたのだが、何の効果も得られなかった。

 思いつくままにもっと文珠を使いまくればいずれはどうにかなるかも知れないが、それでは効率が悪すぎる。

 弓の体が治るより先に、霊力を使い切って横島がぶっ倒れるのがオチだろう。

 そのためにも、敵のかけた術の正体を見破らなければならない。

 それさえわかってしまえば、文珠にどんな文字を込めればよいかも見えてくるはずだからだ。

「まだこんなに残ってるんか……。俺、目がしぱしぱしてきたぞ」

 次の書物を手にとりながら横島はぼやいた。まだ未チェックのものが山積しているのをがいやでも目に入り、情けない声になる。

 腕時計を見ると針は午前一時を指していた――全てに目を通し終わるのはおそらく昼前くらいになるだろう。

「そう言うな、今の状況じゃこれ以上のことは出来んだろ。それとも何か策があるのか?」

「策ねえ……」

 少ない労力で大きな効果を挙げることにかけては人後に落ちない彼である。

 頭の中で様々な手段を検討し、出来そうもないものを捨てていった。

 その結果、一つの方法がはじき出された。

「あ、一つ思いついたぞ」

「なに? どんな手だ」

 気のなさそうな返事を返していた雪之丞だったが、その横島の言葉に弾かれたように顔を上げた。

 弓とシロも作業の手を止めて横島の方を見やる。

「俺たちだけじゃ埒があかねーんなら、もっとオカルトに詳しい人間に聞けばいーんだよ。美神さんとかエミさんとか。唐巣のおっさんでもいいな」

「あ、なるほどー。それは名案でござるな」

 シロは納得顔でうなずいた。

「だろ? なんとなく雰囲気に流されてファイルのチェックなんかしてたが、最初からそうすりゃよかったんだよな。じゃ、さっそく電話を――」

「ダメよッ!」

 電話をかけに行こうと腰を浮かしかけた横島を引き止めたのは、弓の悲痛ささえ感じさせるような叫びであった。

 表情は強張り、握り締めた拳はわなわなと震えている。

 と、三人が呆然とした顔で見つめているのに気付いたのか、弓はついと視線を逸らして立ち上がった。

「……ごめんなさい、ちょっと疲れたみたい。お茶でも淹れてきます……!」

「弓っ!」

 か細い声でそう言い残して飯場の方へ小走りに駆け出した弓の後を、雪之丞が慌てて追いかけた。

 後ろ手に閉められた障子の向こうに姿を消した二人の背中を、横島とシロはただ見送ることしかできなかった。





「弓、ちょっと待てよ!」

 俺は飯場で弓の二の腕をつかんで無理矢理引きとめた。

 そうでもしなけりゃ、こいつは自分の状態も忘れて庫裏から飛び出していってしまいそうに思えたからだ。

「離してよ! 痛いじゃない!」

「お前が落ち着いたら離してやるよッ」

 何とか腕を引きはがそうと弓はますます暴れたが、俺がどうしても力を抜かないとわかったのかしばらくするとおとなしくなった。

 もうじたばたしたりはしないだろう。俺はそこでやっと手を離した。

「……馬鹿力なんだから! もう、腕に跡がついちゃったじゃないの」

 弓はセーターの袖をめくり、痛そうに腕をさすった。確かに、俺の手の跡がほんのり赤く残っていた。

「お前が急に飛び出したりするからだ。ほっといたら危なっかしい」

「何よ、保護者みたいな顔して」

 弓はそう言ってふくれっつらを向けてきた。

「保護してんだから保護者には違いないだろ」

「う、うるさいわね。へりくつこねるなんて男らしくないわよっ」

 この際男らしさはあんまり関係ないんじゃないかと思うが、うっかりそんなことを言えばどうでもいいような口ゲンカになってしまうだろう。

 俺は喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、違うセリフを口に乗せた。

「とにかく、落ち着け。興奮してちゃ冷静な判断は出来ねーぞ」

「……そうですわね」

 深く深呼吸をすると、ようやく普段の弓らしい怜悧な光が瞳に戻ってきた。まったく、世話のやける女だぜ。

「――もう大丈夫。落ち着きましたわ」

「よし」

 俺は安堵のため息をついた。

「……頭ではわかってるの、美神おねえさまたちに連絡した方がいいということは。でも、私は……弓家の娘なのよ」

 弓は長いまつげを伏せ、ぽつりと呟いた。その呟きには、百言を尽くしても語りきれないほどの思いを感じることが出来た。

 悲しみ、怒り、不安、恐怖、そして……誇り。

 そんな気持ちが痛いほど伝わってきて――。

 俺は弓にかける言葉を見つけることが出来なかった。

 何を言ってもこいつは素直に受けとりゃしないだろう。意地っ張りだからな。

 その代わり、俺は――うぬぼれでなければ――多分俺にしか出来ないことをしてやった。

 うつむいた弓の頭を、少し強引に引き寄せたのだ。

 弓の方が少しばかり背が高いせいで、抱きしめるというよりは肩に頭を乗せるような格好になるが、まあしょうがないだろう。

 ……気に入らんけどな。

「あ……」

 弓は少し顔を赤らめたが、黙ってされるままになった。

 おとなしすぎてなんだか気味が悪い。それだけ一人でしょってやがったんだな、この馬鹿は。

「わかってるよ、弓式除霊術は負けてねえ。リターンマッチでそれを証明しなきゃな」

 弓がうなずいた感触が肩のあたりに感じられた。

「だから今はちょっと休め。ここに来てからろくに休んでないだろう。疲れた体じゃ返り討ちに合うのがオチだぜ」

 気を紛らわせたいのか起きてる間はやたら動き回りたがるし、寝ている時もうなされまくっててとても安らかに眠っているようには見えなかった。

 心にも体にも疲れが溜まっているはずだ。

「でも、それじゃ――」

「カン違いするなよ、今は俺達の方が体力が残ってるから仕事を引き受けるだけだ。起きたらまたこき使ってやるから、安心して寝ろ」

 つまんねーことで意地張るんじゃね―よ。何でも自分だけで出来るやつなんているわけねえんだから。

 そんな思いを込めて、俺はわざと冗談ぽく言ってやった。
 弓は少し笑って、

「……そうね、じゃあ少し休ませてもらおうかしら。いつまでもこの体勢じゃ、腰が悪くなっちゃうわ」

「うるせーよっ、人が気にしてること言いやがって。ま、そんだけ軽口が叩けりゃ大丈夫か」

 俺は安心して手を離したが、弓は体を起こそうとせずにそのまま俺に頭を預けてきた。

 そして耳元に口を近づけ、

「……ありがとう」

とだけ囁いた。

 耳元に吹きかけられた息のせいか、それともセリフの内容のせいだろうか。俺は柄にもなくどぎまぎしてしまった。

 その一瞬の油断が生むことになる事態を、この時の俺は知る由もなかった。

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