ザ・グレート・展開予測ショー

月ニ吼エル(9)〜後編


投稿者名:四季
投稿日時:(01/ 1/24)

『ALERT』
 全てのディスプレイが悪意を向けるように真紅に染まる。
 画面にはALERTの文字が点滅するだけで、コンソールを幾ら叩いても、もう何の反応も示さない。
「なっ!?」
「なにがあったんですか?」
 美神が驚愕の叫びをあげ、機械オンチのおキヌが興味深げにのぞき込む。
『不審者の侵入を確認。排除を開始します。各所員はマニュアルE-1-3に従い行動してください』
 無機質な合成の音声が施設中に響き渡った。
「ハメられた?・・・違う、気付かれたか」
「どうしたんですか?」
「つまりね・・・」
「はい」
「逃げろってことよっ!」
 ツバメのように身を翻し、おキヌの手を引く。
 廊下に出た時には、しかし、周りをロボットアームに取り付けられたレーザー発振機に取り囲まれていた。
 無表情な機械の瞳が、二人をじっと見つめる。
「・・・サ、サイテー」
「あの、これってなんですか?」
 苦渋に満ちた吐き捨てるような呟きと、緊張感のないおキヌの声。
 機械の冷徹さが、悪意も殺意も何の感慨もなく二人をレーザーで焼き切ろうとした瞬間。
 全てのロボットアームが一斉に爆発四散した。
「んな!?」
「えっ!?」
 白煙と炎の向こうに影が揺れる。
「アンタ・・・」
 黒いロングコートに皮製のブーツ、そして褐色の肌。
「あなたは・・・」
 流れるような金色の髪と意志の強そうな太い眉、そして涼やかな切れ長の瞳。
「久しぶりだねぇ」
 心底懐かしそうに呟いたその声の持ち主は。
「「・・・誰?」」
 ずがしゃーっ。
 思いっきりこけた。
「・・・あ、あんたらねえ・・・」
 コケた拍子に、額から二本の角がのぞいた。
「あ、あんた・・・」
 今度こそ美神が驚いた顔をした。
 おキヌも納得した様子で頷いた。
「そうよ、私よ」
 その人物は何とか立ち上がり何とか精神の再構築を果たそうとしたが。
「人間じゃないのっ、敵ねっ!?」
 ずがしゃー。
 二度も転ばされる羽目になってしまった。
「二度もボケなくてもいーのよっ!!」
「あらやだ、ちょっとしたジョークじゃない」
 ひらひらと手を振る美神。
「えと、どなたでしたっけ?」 
「ほら、二十三巻と二十四巻で出てきたちょいキャラの・・・」
「ふむふむ、なるほど・・・」
 どうやらマジボケだったらしいおキヌに美神が説明を入れる。
「大きなお世話よっ!!」
 が、その説明はいたく人物を傷つけたようだった。
 目の端にちょっぴり涙なんか浮かんでいる。
「ま、気にしない気にしない。それよりどーしてアンタがこんなところにいんの、グーラー?」
 ようやく名前で呼んで、美神が尋ねた。
 ジンであるグーラーが、こんな山奥の施設に何の用があるというのだろう。
「ん?ああ、ちょっと訳ありでね。ゴーストスイーパーの真似事さ」
 依頼されてやってる訳じゃないけどね。付け加えた後、グーラーはほろ苦い微笑を洩らした。
 訳ありらしい。
「アンタ達こそ、二人だけでどーしたのさ。ダーリンに愛想つかされたとか?」
「誰が誰のダーリンですかっ!」
「何であんな奴に愛想つかされなきゃいけないのよ、こっちからお断りだわっ!」
 実に二人らしい反駁を耳を塞いで凌いだ後、グーラーは面白そうにくつくつと笑った。
「あら、どっちも未だに進展は無し?じゃ、私が貰っちゃおうかねえ・・・ってウソウソ、そんな怖い顔するもんじゃないよ」
 仕返しとしては上出来だろう。
 真っ赤な顔でぶるぶると震えている二人にウィンクを浴びせると、グーラーは真剣な顔になった。
「ちょいとした探し物さ。ウチのチビ共が病気でね」
「チビ共って、あのガルーダの?」
「何かあったんですか?」
「ああ、どうやら、何か厄介なヤツに罹っちまったらしい、しかも・・・」
 そこまで言ったところで、グーラーの膝ががっくりと折れた。
 コートの背中がざっくりと切り裂かれている。
「なっ、アンタどうしたのよっ・・・」
「だ、大丈夫ですかっ、グーラーさん」
「しかも、私も、手負いなんだねえ・・・」
 床に手を付き、苦しそうに息をつく。
 心配そうに覗き込む二人に無理やり口の端を上げて笑って見せると、グーラーはコートからアンプルを取り出した。
 中に赤い液体が入っている。
「これを、チビ共に・・・頼む・・・」
 そこまで言うと、グーラーは意識を失った。
「ちょ、ちょっと、途中で止めないでよ、意味判んないでしょっ!?」
「グーラーさん、グーラーさんっ!!」
 美神が声を掛け、おキヌが必死でヒーリングするが、傷はともかく意識は回復しそうもなかった。
 おキヌが不安そうな目で美神を見上げる。
「み、美神さん、どうしましょう・・・」
「くっ・・・」
 美神とて、何がなんだか解らなかった。
 しかし、このままじっとしている訳にはいかない。
 それでは事態は悪化することこそあれ、好転することはないのだ。事実、不気味なモーター音が近付いて来るのが、研ぎ澄まされた美神の耳には届いていた。人がいなくても、セキュリティは作動する。そして、この状態で戦っても確実な勝利が得られるとは思えない。
 何より、例え何が起こっているのか全てを把握していなくてもこの場で次の行動を決めるのは自分の役割だと、美神はわかっていた。
「・・・・・・ここは一旦退くわ」
「は、はいっ」
 美神はぎりっと奥歯を噛み締めると、グーラーを背負った。
 追う追われるの立場は変わったが、この場で得られる最善の結果を得るために、美神は走り出す。
「グーラー、これで貸し借り無しよっ!!」
 惜しげも無く精霊石を使いながら駆ける美神を見ながら、おキヌはその意地っ張りの雇用主の背中を守れることを誇らしく思っていた。



「しかしまあ、なんか複雑になってきたわねえ・・・」
 バックミラーの中で小さくなっていく施設をちらりと見て、美神がポツリとつぶやいた。冬の太陽はもう傾きかけていて、白亜の施設をオレンジ色に染めている。
 事実、今回は何の解決にもならなかった。
 特筆すべきことがあるとしたら、帰る時には人数が増えていたこと位である。
「何があったんでしょうね、グーラーさん」
 おキヌは後部座席で昏睡したままのグーラーを心配そうに見詰めている。
 傷は癒えた。後は疲労だろうと思うのだが、それでも不安なものは不安なのだ。苦しそうな寝顔が、事務所で待っている人狼の少女のモノと重なる。
「大丈夫ですよね?」
 その言葉は何に対してだろう。
 おキヌの言葉は落ちていく太陽のような沈痛さを秘めていて美神は一瞬言葉に詰まったが、それでも自分自身に賭けて力強く言った。
「何言ってんの、当たり前じゃない。今まで私達が何とか出来ない事件なんてあった?」
 その通りだ。
 どんな絶望的な事件も、圧倒的な力を持った敵も、自分達は倒してきた。
 持っている力が全てではない。問題はそれをどう使うかだ。
 彼女達はそれを身を持って知っていた。
「そうですね・・・ふふっ、そうでした」
 少しだけ心が軽くなったのを感じながら、おキヌは前を向いた。
 山に沿って大きく曲がり始めた道に、もう後ろの施設は見えない。
 目の前には、重なり合った山の向こうに沈んでいく太陽が、世界をオレンジ色に染めていた。
「あー、なんか色々あってお腹空いちゃったわ」
「じゃ、腕によりをかけて、お夕食作りますね。横島さん達も、今日には帰ってる筈ですし」
 おどけたようにぼやく美神に、にっこり笑うおキヌ。
「よっし、それじゃ行くわよっ!!」
 一気に加速したコブラを操りながら、美神は心の底に引っかかっている棘の正体が何なのか、見極めがつかずにいた。
 シロの事なのか、あの施設のことなのか、それともグーラーの事か。
 混ざり合ってぐちゃぐちゃになりそうな予感を意志の力で捻じ伏せて、夕食のことを考える。
「あの馬鹿、ぼろぼろになってなきゃ良いけど・・・」
 口に出さずに呟いた声が現実のものとは知らず、美神はふふっと笑った。

 事務所に戻った美神達が、ぼろぼろの横島とやけに親身に横島の看病をしているタマモを見て一悶着起こしたことは言うまでもない。

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