ザ・グレート・展開予測ショー

月ニ吼エル(9)〜前編


投稿者名:四季
投稿日時:(01/ 1/24)

「あら・・・」
 一番最初に美神の口から漏れたのは、意外にもそんな気の抜けた言葉だった。
「これって・・・どういうことなんでしょう?」
 隣に並んだおキヌの疑問は、そのまま美神の疑問でもあった。
「一月も占拠されてる割には、綺麗過ぎるわね・・・」
 強い霊圧は依然として感じる。
 しかし、エントランス、そして続く吹き抜けの広々としたロビーも、重度の霊障物件なら当然ある筈の荒廃が、全くと言って良いほど見られなかった。
 痕跡を探したとて、精々人が居なかった所為でうっすらと埃が積もっていることを確認できる位だろう。
「ええ、私たち侵入者に対しても、強い悪意は感じません」
 それがどれほど異常なことか、二人は改めて気を入れねばならないことを確認していた。
 素直な悪霊ではないようだ。
 余程性質が悪いのは確かなところだろう。
「まったく、正直な依頼人が少ないわねぇ」
 一見無造作に、実際は襲撃の気配があれば即座に対応できる意識を全身に満たして美神は歩き出した。
 口元には皮肉っぽい苦笑が浮かんでいる。
 ギャラも良いし、シロの検査結果が出るには数日掛かるからとキャンセルしなかったのだが、どうやら益々一筋縄では行きそうもない。
 無人のロビーと吹き抜けの天井に乾いた足音が二人分響く。
「なにかあるんでしょうか?」
 とはおキヌは訊ねなかった。
 何もないなら、大金を出す筈がない。
 それに、何があっても乗り越えるつもりでここまで来ているのだ。美神に対する信頼と自分自身の能力を使いこなす意思と実力が、彼女の何時になくきっとした表情に表れていた。
「美神さんが値段吊り上げたからでしょうか?」
 それでも真剣な声のおキヌらしい発言に、美神は苦笑する。
 だからといって除霊を依頼した相手に嘘を付いても仕方がないのだ。前金が無駄になるだけである。
 まあ、除霊対象自体に話したくない原因が含まれることはあるかもしれないが。
 そういえば引きつった顔をしていたな、やたらと汗を拭いていた渉外担当の男をふと思いだした。
 或いは気分的に苦労させてやりたいとでも思ったのかもしれない。だとすればささやかな反発ではあったが。
「たった13億でか・・・けち臭いわねぇ」 
 最新式の研究所が日々占拠されている事で出る損害を考えれば悪くない値だと思ったのだが、まあ、発言し難い所ではある。
「たったって・・・美神さん」
 冷や汗を流すおキヌ。
 数回は一生遊んで暮らせる金だ。美神令子以外なら。
「あ、必要経費をあっち持ちにしたのが悪かったのかしらね・・・半分位にしてやれば良かったか・・・」
 しかしおキヌの言葉はどこか見当外れな疑問で首を捻っていた美神の耳に届くことはなかったのだった。
「ま、いーわ。どっちにしろ、どんな相手でもヤルことに変わりはないんだし」 
「そ、そうですね・・・」
 カラッと言ってのけると、ロビーの端にある階段を上る。おキヌは苦笑しつつも後に続くしかなかった。
 どちらも気付かなかった。
 無機物で出来た瞳が自分達を見詰めていた事など。
 その向こうで、何が微笑んでいるかなど。



 建物の見取り図は二人とも事前に頭に叩き込んである。
 二階は職員の居住区だった。建物は東西二棟に分かれているが、南北で繋がっている。
 その北の最奥部にセキュリティルームがあり、そこで自動制御の監視、防衛両システムを解除した後に地下のラボに向かう手筈になっていた。
 そこが最も汚染が酷い区域ということだ。
 そして、この分では地階に至るまでは戦闘は起こらないかと踏んでいたのだが。
 しかし、二階は一階とは様相が違っていた。
「ひどい・・・」
 都市部どころか人里からも離れていたため、研究員も職員も皆この施設内で暮らしていた。そして、ある日突然の霊的カタストロフである。
 逃げ出せた者は良い。しかし、叶わなかった者の運命は推して知るべしだった。
 廊下といい壁といい、所々赤黒い粘液が拡がりその中では無数の白く小さな虫が動いている。悪臭は吐き気が催すほどだった。
 緑色だったらしい床も、今では赤と黒の斑の方が面積が広い。
「これはまたエグイわね〜」
 おキヌとは対照的に、美神は顔色一つ変える事がない。
 ただ、所々何かを引き摺った痕跡があり、それだけが彼女の中に棘のように刺さっていた。
「じゃ、いきましょうか」
 だが、ここで答えが出ないと見るや、あっさりと言って歩き出す。
 これより酷い現場を見たこともあるし、何よりここで動揺したら、自分も同じ運命を辿るだけだという事が解かっていた。
「美神さん、でも、これっておかしくないですか?」
 慌てて追いかけながら、おキヌが違和感を言葉にした。
「そうね、何かを引き摺った痕がある。死体も見当たらないわ」
 どう考えても生き残った人間に死体を処分する余裕があったとは思えなかった。
 自分の命を延ばすことで精一杯だったろう。
「何かがあったんで・・・あいた」
 必死で答えを探そうとしていたおキヌは頭を何かにぶつけた。
「美神さん?」
 それは急に立ち止まった美神の背中だった。
 背中が背負っている雰囲気が変化している。
「ようやくおいでなすったわよ?」
 どこか嬉々とした印象の声で右手を一振りすると、その手に神通坤が現れた。
 霊力を注がれて燦然と輝く。
 ふてぶてしいまでに強いその視線の先には、血痕から浮かび上がるように霧のような物が立ち上っていた。
「WWWWGGGHHHHYYYYAAAAAHHH!!!!!」
 それらは声にならない声と共に飛来する。
 前後左右を問うことなく襲ってくるその数は、数十体にも及んでいた。
 しかし、美神は不敵な笑みを絶やさず、一歩たりとも引くことはなかった。
「気の毒だけど、自縛霊になるよりはマシでしょ…極楽に行かせてあげるわっ!」
 破魔札すら使うことなく、自らの肉体と武器だけで相手を叩き伏せていく。
 左右にステップを踏み最小限の体の捻りや動きだけで攻撃をかわし、逆に攻撃を打ち込む。
 それはまるで舞踏でも踊っているようだった。 
「お願い、貴方達はもう死んでいるのよ、もう苦しむ必要はないの、どうか安らかに眠って・・・」
 そして、おキヌの笛の音がまるで伴奏のように響く。
 おキヌそのもののような柔らかく暖かい音色の中で、霊達が天に昇って行った。
 時間にすればほんの数分足らずだったろうか。
 二人の前で、最後の霊が天に帰っていく。
「・・・・・・」
 光の中に消えていく直前、その慟哭が、魂の震えが、おキヌに届いた。
「美神さん・・・」
 呆然と、おキヌが呟く。
「どうしたの?」
 蒼白を通り越して真っ青なおキヌの顔色に、美神が身構えた。
 優しい娘だが、不用意に恐怖し、動揺するようなことは今までなかったのだ。
「に、人間だったみたいです・・・。知った顔だったって・・・、昼間にやってきて・・・警備員の人たちが押さえつけようとしたけど・・・突然まるで狂った化け物みたいに・・・」
「・・・・・・そりゃ厄介ね・・・・・・」
 怒りや恨みや哀しみ、単純な感情でさえ、強く縛られている相手とやりあうのは厄介なのだ。自分を人間のように偽装できる化け物だとしたら、冷静に戦術を使いこなすだろう。それはとても厄介な事だった。
「とりあえず、セキュリティルームへ急ぎましょう。化け物以外に建物のトラップまで相手にしてらんないわ」
 何らかの映像を見せられたのだろうか、まだ顔色の悪いおキヌの肩を叩くと、美神は幾分ペースを上げて廊下を歩き出した。
 建物は広かったが、それ以降いかなる妨害も襲撃もなかった為、北端に辿り着くのに約二分ですんだ。
「ここね・・・」
 僅かに緊張を滲ませた声で呟き、美神がカードを扉脇のスリットに通す。
 続いてコンソールにパスワードを打ち込むと、圧縮空気が抜ける音がして扉が滑るように開いた。
「ふーん、ここにも何一ついないとはね・・・」
 扉の左右で注意深く構えていた美神が、寧ろ不機嫌そうに呟いた。 
「施設のセキュリティは使う気がないんでしょうか?」
 事実、パスワードは変更されていなかった。
「どうかしらね、簡単すぎるってのは気に入らないわ」
 しかし、美神は気に入らないようだ。
 彼女の頭を過ぎっていたのはただひとつ。
「ギャラに見合う苦労がまだない」
 という一点だった。
 それだけが棘のように彼女の心に引っかかり、不機嫌にさせる。
 そして、職業柄そういう勘は重視していた。
「気は抜かない方が良いわね」
 壁を埋め尽くしたディスプレイを見ながら、美神は呟いた。
 システムはまだ生きているようだ。エントランス、ロビー、居住区、研究室、実験室、しかし、地下のラボの部分だけは砂嵐のようにざらついた灰色の画面が映るだけである。
 それが意味するところは、相手はコンピュータによるシステムを意識するだけの知能があるということだ。
「美神さん?」
 黙りこんでしまった美神を心配そうに覗き込む。そして、息を呑んだ。
 ここまでシリアスな表情はあまり見たことがない。
 真剣な表情、しかし、その瞳の奥はまるでこの状況にワクワクしているように輝いている。
「OK、取り敢えずセキュリティシステムを無効化しましょう」
 霊体は影響を受けず自分達だけが不利になるような条件は、潰しておくに限る。
 カードを差し込み、コンソールにパスワードを打ち込む。
 画面を流れていく幾多の文字はその成功を示すものだった。

 しかし。
 突然画面が真紅に染まると、警報が鳴り響く。
 全てのディスプレイが、不法侵入者の存在を告げていた。
 そして、それは間違いなく美神たちに向けられたものだった。

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