ザ・グレート・展開予測ショー

月ニ吼エル(8)


投稿者名:四季
投稿日時:(01/ 1/23)


 鬱蒼と茂る森。

 昼間にも関わらず日の光に乏しい山岳の入り組んだ地形。

 挙句、何処からともなく聞こえてくる身の毛もよだつような生き物の鳴き声。

 そんな『いかにも』な場所に、その建物はあった。

「なんかねー・・・どーしてこういう場所に研究所作るのを好むのかしらね。仮にも医療関係なんだから考えりゃいーのに」

 余程お天道様に顔向けできない研究をしているという後ろめたさでもあったのだろうか?

 聳え立つ白亜の建物を前に、美神は苦笑した。

 自分が言う義理でもないが、ギャラは正直だと思う。

 そもそも此処まで辿り着くのに山並みを縫って存在する研究所の私道を何十キロ走ってきたか知れなかった。

 それでもこれほどの建物なのだ、施設そのものに掛かっている金額もさることながら研究内容も極秘中の極秘に違いない。

「すごいですね。この建物だけ、どこか別の景色から切り取って来たみたい・・・」

 目に痛いほど白い建築物を眩しそうに見上げていたおキヌが、素直な驚きを口にした。

 実際、その建物は周囲に不似合いとかそういうレベルの遥か頭上の違和感に包まれていた。

 南部製薬特殊医薬品研究室跡地。かつて心霊兵器開発に手を出して破滅した南部グループの遺物だ。

 グループ解散後に別の製薬会社が施設の権利を研究内容と研究員ごと買い取ったが、今は悪霊に乗っ取られて人間は敷地内に存在しない。

 一見とても悪霊が巣食っているように見えないが、れっきとした今回の除霊対象である。

「セキュリティも相当キツイみたいね。解除キィは貰ってるけど、問題はどこまで施設が乗っ取られてるか・・・か」

「のんびりしてる時間も有りませんものね。私もがんばりますっ」

 おキヌが胸の前でぐっとコブシを握った。

 普段はおっとりしているが、時に美神も舌を巻くほどの行動力と芯の強さを持っているのだ。

「オッケー、ちゃちゃっと極楽に行かせてやるわよ!」

 美神は髪を掻き揚げると颯爽と歩き出した。おキヌもすぐ後に続く。

 二人とも服装は平時と変わらない。荷物は、身につけて動きを制限しない最小限度の物を念入りに吟味してあった。

 自然品質に比例して値段が桁違いに増えていくが、まあ、荷物持ちがいないのだからしょうがないだろう。

 今回は短期決戦モードだった。

「鬼が出るか蛇が出るか・・・」

 セキュリティ解除の全権が認められたIDカードをピッとかざして、美神は不敵に笑う。

 幾多の敵を屠って来た自信が、その笑顔には満ち溢れていた。

「やってやろーじゃない!!」

 そして、扉が開く。

 強烈な霊圧を含んだ風が、二人の傍をゴウと吹き抜けていった。 





 話は少し遡る。

 横島とタマモが事務所を離れた直後。

 おキヌが心配そうな表情で美神に尋ねていた。

「美神さん・・・横島さん達二人だけで大丈夫でしょうか?」

 納得しきれないという表情が言葉にも表れていた。

 おキヌも前回の天狗との経緯は美神から聞いて知っている。それだけに、二人だけで行かせた美神の指示には首を捻らざるを得なかった。

 そのおキヌの心情まで見抜いたように、美神が苦笑する。

「人数が多ければ良いってものでもないのよ」

「で、でも、シロちゃんの事もありますし、いざっていう時の為に皆で行った方が良かったんじゃないでしょうか?」

 必死で抗弁するおキヌ。

 横島は平気な顔で一人で決めて行ってしまったが、何か嫌な予感がするのだった。

 今すぐ追えば間に合うのではないか?

 そんな気持ちになっている。

「落ち着きなさい、おキヌちゃん」

 泣きそうな顔で訴えるおキヌを軽く抱きしめ背中をあやすように叩く。

 震える肩に、少しだけ胸が痛んだ。この三百年もの間幽霊だった少女は、それでもまるで子供のように濃やかな感性を持っている。

 美神はゆっくりと落ち着かせるように言い含めた。

「正直言って、私とおキヌちゃんが行った所で、何もできないのよ」

 事実、美神には天狗の動きを捉えることは出来なかった。おキヌの能力はヒーリング以外ではほぼ霊的な対象に限られる。

 それでは参戦しても役に立つことは出来ないのだ。

「だけど、横島君は違うわ。文珠なら使いようによっては戦える。タマモの狐火も、近接戦闘に頼らなくて良い分だけ私たちよりは役に立つ可能性があるわ」

 そうでなかったら、無理にでも引き止めていただろう。

 悲壮ぶって死地に飛び込むのは、美神が最も忌み嫌うところだ。

 やるならば何としても勝つ。その決意がなくて、どうして窮地において勝てるだろう。可能とか不可能とかは関係ない。

「ま、何とかするでしょ。裏技見つけるの得意だから、アイツ」

 言っている内に自分でも可笑しくなったのか、美神はくすくすと笑い出した。

 アイツは大丈夫だ、と、理屈抜きで思う。

 本当に、何度あの男の裏技で戦況が変わっただろう。

「ふふっ・・・そ・・・そーですね。きっとそーですよねっ!」

 おキヌが今度は別の意味で肩を震わせる。

 きっと、考えていることは美神と一緒だろう。

「よし、それでこそおキヌちゃんよ。アイツの事、信じててあげなさい」

 いつになく優しい、まるで仲の良い妹にでも語り掛けるような調子で美神は言うと、最後にぎゅっとおキヌの背中を抱きしめた。

「はいっ!」

 顔を上げたおキヌは向日葵のような笑顔をみせると、最後に一度だけ美神の肩に額をぎゅっと押し付けた。

 ありがとうございます。

 そんな呟きが、美神に届いたかどうか。

 只、美神はその名の通りつややかな黒絹のようなおキヌの髪を、そっと撫でたのだった。

「さ、そうと決まったら私達も行くわよ。事件に大きいも小さいもないわっ!」

「はいっ!!」

「事件にあるのはギャラの多い事件と少ない事件だけよっ!!」

 ずがしゃーっ。

 最後のは無論、おキヌがこけた音だった。

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