ザ・グレート・展開予測ショー

月ニ吼エル(7)


投稿者名:四季
投稿日時:(01/ 1/21)

 彼女はただ見つめていた。
 目の前では二人の男が斬り合っている。
 疾い。
 打ち込み、突き、払う。
 フェイントを掛け、体をぶつけ、接近し、離れる。
 視覚は確かにそれを捕らえている。
 しかし、シロと違い近接戦闘の訓練を積んでいない者に、果たして体が付いて行くだろうか。
 それほどまでに、疾かった。
 と、横島が天狗の剣戟を捌き損ねた。
 左肩を翳めた刃は恐るべき切れ味で血を吹き出させる。
 僅かによろめいたように見えた。
 そうでなくても、先程から徐々に横島のスピードが落ちていることが、彼女の目には明らかだった。
 タマモはただ見ている。
 嵐のような展開のその外側から全てをじっと見詰めている。
「・・・なんとかしなさいよね」
 そんな呟きが知れずに零れた。
「・・・アンタが言ったのよ、見てろって」
 だから。
 彼女は見詰めている。
 目を逸らさず、表情を動かさずに。
 瞬き一つしなかった。
「・・・見ててあげるわよ」
 強情なのだ。
 彼女は自らを分析して、そう判断している。
 自分でこうと決めたら、翻すことを知らない。
 横島が倒れたら、自分が戦うだけだと思っている。
 毛筋程の隙一つでも見逃すつもりはなかった。
 ただ、拳をぎゅっと握り締めた。
「・・・るしおら・・・」
 その彼女の鋭敏な耳に、そんな声が届いた。
 ほんの微かな空気のふるえ。
 ささやかの喉の動き。
 だが、届いた。
「るし・・・おら・・・」
 おそらく無意識の言葉だろう。
 彼女の目にはその瞳は正確な焦点を結んでいないように見えた。
 だが、その言葉を口にする度に、横島の霊気が収束していくのが見える。
 揺らいでいたその光が、凛としたものに変わっていく。
「ルシオラ・・・」
 それは人の名前だろうか。
 その言葉を呟く横島の声の響きが、なぜだか胸に突き刺さる。
 重い悔恨と、深い哀しみと、そして、溢れる想い。
 敏感な心の襞を撫で上げる。
 消えない痛みを刻み込んだ、そんな声。
「ルシオラ」
 こんな響きの声に良く似た声を、どこかで聞いたことがある。
 それは、記憶の彼方。
 それは、遠い昔。
 自分自身が味わった痛み。
「ルシオラ」
 痛くて。
 悲しくて。
 恨んで。
 憎んで。
 諦めて。
 諦めきれなくて。
「今行く」
 けれど、私ではない、今目の前にいる男は。
 ただ。
 ただ強い決意を秘めた声で。
 ただ前だけを見て。 
 そして。
「けええええええええええええええええ!!!」
 吼えた。
「いぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!」
 迎え撃つ天狗。
 瞬間の錯綜。
 そして。

 どさっ。

 音を立てて大地に転がったのは、横島だった。



 私は、ただ見つめていた。
 目の前で又化けて見せた男が、疾風のような速さで踏み込む様を。
 迎え撃つ天狗がそれすら上回る突きを放つ瞬間を。
 そして、アイツは、横島は無言のまま倒れた。
 それでも前に向かって。
 右手から霊波刀が消える。
 大地に朱が広がる。
 その命の輝きが揺らぐのが、見えた。
 ふっと、肺腑から息が漏れる。
 拳を、握る。
 掌の玉が、ギュッと鳴いた。
「・・・・・・」
 横島の体を見下ろしていた天狗が何か言った。
 確かに聞こえている筈なのに、頭の中でまるで意味を結ばない。
「・・・・・・」
 もう一度何かを言って、天狗が背を向けた。
「・・・待ちなさいよ」
 NOだ。
 自分の声が、酷く寒々しく耳に響いた。
 天狗が歩みを止める。
「私が・・・相手よ」
 天狗がゆっくりと振り向いた。
 まだ、終わらない。
 終わらせる訳には、いかなかった。



「何かな、嬢や」
 天狗は小さく唇の端を歪めた。
 その胸では横島が刻んだ大きな疵が今も血を流している。
 しかし、その声も立ち振る舞いも微動だにしていないように感じられる。
「私が相手だって言ってるのよ」
「やめておけ」
 タマモの火を吐くような一言は、軽くいなされた。
「見たところ、戦いに向いとるようには見えんよ」
「見た目で侮ると後悔するわよ?」
「ほっ、言うわい。勝機はあるのかの?」
「知らないわ」
 吐き捨てる。
「ならば、止めておけ。早く治療せねば、怪我人の命に関わるぞ?」
「その前にケリを着けてやるわよ!」
 タマモが腕を振るうのと同時に狐火が走る。
「フン、聞かん気の強い嬢ちゃんじゃ」
 が、天狗は至近距離の一撃を上体を反らしただけでかわして見せると、タマモの伸び切った腕を掴んで勢いのままに投げ飛ばした。 
「かはっ」
 受身を取る暇もなく背中に強い衝撃を受け、一瞬呼吸が止まる。
「わかったか、暫くそこで寝ておるんじゃな」
 哀れみさえ篭った声で呟くと、天狗は再び背を向けた。
「行かせないって・・・言ってるでしょう?」
 体に付着した土塊もそのままに、タマモは立ち上がる。
「わからん嬢やじゃの・・・お主の動きでは万に一つも勝ち目なしじゃというに・・・」
 足すら止めず、首だけで振り向いた天狗に、タマモは彼女が操る炎よりも焼け付いた視線を向けた。
「金毛白面九尾の狐はね・・・・・・」
 背後には、幾つもの狐火が浮かび上がっていた。
 ひとつ、またひとつ。
 その数は優に百を超えて尚、止まる事がない。
「一度認めるって決めた人間を・・・」
 彼女が握り締めたその掌の中では、文殊が誰にも知られることなく鈍い光を放っていた。
 無数に浮かぶ炎の玉は、ついに三人の周囲を取り囲んだ。
「一度信じるって決めたオトコを・・・」
 そして、彼女の目の前には特大の炎が浮かんでいる。
 一呼吸置くと、彼女はかっと瞳を見開いた。
「見捨てるような真似はしないのよっっっ!!!!!!」
 爆音が轟く。
 炎が木々を嘗め、熱風が草を薙ぐ。
 全ての火の玉が炎の柱に変わり、空間を余すことなく埋め尽くす。
 そして。
 炎の嵐が去った後には。
 真っ黒焦げになった天狗が立ち尽くしていた。
「フッ・・・」
 それでも鼻で笑う。
「フハハハハッ・・・」
 笑いが高笑いに変わり、そして。
「やっぱりおなごは・・・怒らせるもんじゃ・・・ないのう・・・」
 真っ黒な煙を吐いて、仰向けに倒れた。
「ふん、やっと解かったみたいね・・・」
 肩を上下させて荒い息をつくと、ゆっくりと天狗に近づいていく。
 すぐ目の前までいってしゃがむと、目の前にずいっと手を差し出した。
「ん・・・なんじゃ?」
「薬・・・寄越しなさいよ。バカ犬の分と・・・それから、そこのバカの分ね」
 勝ったのは自分なのに、不貞腐れたような表情で呟く。
「は?」
 その言葉に、天狗は呆けたようにぽかんと口を開けた。
「だから、薬。私が勝ったんだから、当然でしょう?」
 何を言ってるんだ、こいつは。
 そんな表情のタマモに、天狗は呆然と言い返した。
「・・・・・・わしゃ、それを取りに行こうとしてたんじゃがの?」
「え?え?な、何よ、そうならそうと早く言いなさいよっ!!!」
 顔を真っ赤に染めてわたわた反論するタマモに、呆れたように声がかかる。
「言ったじゃろ・・・聞いてなかったのか?」
 実は、最後に聞き逃した言葉がそれだったのだ。
 実に良い戦いだった、満足したから特別に薬を持って行くと良い。
 そんなことを言っていた。
 らしい。
「・・・わりぃけど、火傷用の霊薬も頼むわ」
 背後からの苦笑交じり声にタマモが振り向くと、なんと横島も真っ黒に焦げていた。
 というか、あれだけ隙間なく炎で埋め尽くせば敵も味方も関係なかろう。
「なっ、なっ、なっ・・・」
 タマモは言葉が出てこない。
 謝るべきだろうか?
 いやしかし、自分は結果的に天狗に勝った訳だし。
 だがしかし、瀕死の重症(に見える)横島に更に火傷を負わせてしまったのだ。
 どうしよう。
 どうしよう。
「さんきゅな・・・」
 パニックに陥る彼女に、笑み混じりの声が掛けられた。
「な・・・横島、大丈夫なのっ!?」
 横島がなんとか顔だけ起こして、笑っている。
 慌てて駆け寄り、うつ伏せだった体を仰向けに横たえ、顔を覗き込む。
 地面にうつ伏していたお蔭で顔は煤けていないが、血泥に塗れていた。
「信じた言ってくれたやろ・・・それでごっつい狐火使ってくれたやんか・・・ありがとな・・・」
 くしゃり。
「あ・・・」
 横島は微かに笑うと、その手でタマモの頭をゆっくり撫でた。
 その手は土に塗れていた。
 その手は血に塗れていた。
 だけど。
 何時もなら子供扱いするなと払いのける筈のその手は。
 何故か不快ではなかった。
「いやまじで、助かったわ・・・」
 あちこち火傷だらけになりながら、それでも横島は笑っている。
「なによ・・・別に、私が自分の意志で、好きでやっただけなんだから、礼なんていらないわよ」
 なぜ胸の奥が疼くのか、彼女には解らなかった。
 今度は助けることができたから?
 それとも、コイツを助けることができたから?
「それでもいーや・・・さんきゅ・・・」
 くしゃ・・・くしゃ・・・
「フン・・・精々恩にきって、狐うどんでも奢ってよね」
 不貞腐れた調子で呟いて、それでも手を払いのけようとしないタマモに口元だけの笑顔で頷くと、横島はゆっくりと目を閉じた。
 手がゆっくりと落ちる。
「ちょっと、大丈夫なの?」
 一瞬不安になり問い質したタマモに、横島は目を閉じたまま頷いた。
「ああ・・・悪くない気分だ・・・・・・」
 そして、一言付け加える。
「中々良いぞ、おまえの膝枕。あと何年かしたら、それはもう美神さん並の触り心地に・・・・・・」
 横島は最後まで続けることが出来なかった。
 なぜなら。
「こ・・・こ・・・この、セクハラ馬鹿ーーーーーーーっ!!!!!!」
 ちゅど〜〜ん。
「ぐはああああああ、怪我人なのに〜〜〜〜っ!!!!!!」
 口は災いの元。
 もう少し学習能力はないものだろうか。
 タマモは、なぜか泣きたい気持ちになりながら、今度は間違いなく全身黒焦げになった横島を、それでも膝枕していた。
「はぁ、やっぱ、コイツただの馬鹿かも・・・」

「・・・なんだかのう・・・」
 薬を取って戻って来た天狗が、呆れたように呟いていた。

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