ザ・グレート・展開予測ショー

月ニ吼エル(5)


投稿者名:四季
投稿日時:(01/ 1/18)


 横島は深い森の中をいつもの荷物を背負って歩いている。

 冬にして植物は青々と茂り大気は清浄、無数の生命が息づく樹海だった。

 此の世のものではない、所謂異界である。

「ふーん、濃密な霊気が漂ってるわね・・・横島、道はちゃんと解かってるの?」

 連れがあった。

 ナインテールの少女が、どうにも聞かん気の強い顔をして、まるで挑むような表情で彼を見上げている。

 理由の無い事ではない。

 このような森は、人の感覚を霊的にも狂わせ、迷わせる。異界で迷えば餓えと渇きの緩慢な死が待つだけだ。洒落にならない。

「まーな。前に一度来た事があるし見鬼君も好調だから、んな心配するこたねーって」

「あ、そう。ま、いざとなれば私の超感覚もあるし、いいけど」

 九尾の狐たる彼女の感覚は並外れていたから、その意味では憂いは無いのだが・・・。

 どうにも、彼女は今ひとつ横島という人間を掴み切れていない。

 頑丈なことは認めるが(事務所での美神との喧騒を初めて見た時は、流石の彼女も驚愕した)それ以外ではイメージが今ひとつ定まらないのだ。

 馬鹿でスケベなのは疑う余地のない定見だが、ごく偶に、化ける。

 それを面白いとは思うが、こういう場面で信ずるに足るのかどうか。元来狐族は独立独歩の気性が強いだけに、もうひとつ釈然としないのだった。

 釈然としないついでに、訊いてみる。

「ね、天狗ってどんな奴?」

「ん?あー、ま、強いって言えば強いな。前来た時は運動能力で張り合えたのはシロだけだったし」

「・・・・・・それって滅茶苦茶強いんじゃないの?」

 事も無げに言う横島の神経をタマモは疑った。自分は歯が立たなかったと言っているようなものではないか。

 余程の鈍感か策でもあるのか。

 どちらかと言うと唯の馬鹿のような気がする。

 頭痛がしてきた。

「ま、いーから黙って付いて来いって」

 歩きながら横島はくっくっくと不気味な含み笑いを洩らしている。

 自信の現われか知れないが、もうちょっと何とかならんものかな。

 思わず二、三歩引きそうになりながら、タマモは事の始まりを思い出していた。



「何、どうしたのっ、おキヌちゃんっ!?」

 私が呆然としていると、おキヌちゃんの悲鳴を聞きつけたのか、美神さんと横島が慌しく階段を上ってきた。

「美神さん、横島さん、シロちゃんが、シロちゃんが・・・」

 普段はおっとりしているおキヌちゃんだけど、混乱しているのか肝心の言葉が出てこない。

 無理もないか。

 そう思い、私が代わりに一歩前に出た。

「多分病気。熱が酷くて、意識が混濁してる」

 極力感情を排して、現状で解っている事を語る。

 我ながら冷静だった。

 頭が冷たく冴えて行くのが自分でも解る。

「な、なんだ・・・ただの病気なのね?」

「そーなんだ?いや、凄い悲鳴だったからなー」

 美神さんも横島も、一様にホッとした表情をしてる。

 バカ犬の身に何か致命的な事でもあったのかと思ったのだろう。熱で寝込む位なら、大した事でもない。

 けれど、安堵の表情は次の瞬間に雲散霧消した。

「・・・ヒーリングが効かないわ」

「な、なによ、それ・・・」

「まじかっ!?」

「嘘言っても仕方ないでしょ?」

 私は冷たく言い放った。

 おろおろして貰う為に呼んだんじゃない。

「じゃ、あれじゃない?また、毛代わりの所為で熱中症とか」

 以前、私の時はそれだったけど。

「この真冬に?」

「じゃ、あれだ。こいつの事だから腹出して寝て風邪とか」

「だから、それじゃヒーリングが効かない理由になんないでしょ?」

 少し苛ついてたんだろう。口調がキツイものになった。

「・・・・・・大丈夫でござるよ」

 おキヌちゃんが無駄を承知でヒーリングを続けていたシロが、薄く目を開いた。

「シロっ、おまえ、大丈夫なのか?」

「シロちゃん、私のことわかる?」

「あんまり心配させるんじゃないわよ、もう」

 口々に語る皆に、シロは微笑んだ。

「おキヌ殿のおかげで、だいぶ楽になったでござる・・・」

 バカ犬。

「強がってんじゃないわよ、バカ犬」

 本気でそんな戯言で私の目を誤魔化しておけると思っているのなら、こいつは本当にバカだ。

 犬神は、人は言うに及ばず神魔精霊まで含めても屈指の感覚を持っている。

 ヒーリングを受けているシロの霊波が、私の目にははっきりと見えていた。

 霊的にも肉体的にも癒してくれる筈のヒーリングを受けて、バカ犬の霊波はただ頻繁に揺らいでいる。病魔に冒されているというしるしだ。

 ただ、どこか違うような気もする。

 確固としたものではないが、突き刺さるような予感。

「フン、拙者は武士でござる、鍛え方が違・・・」

 言い掛けたシロの頭が枕に沈んだ。

 私がバカ犬の額を手のひらで押さえつけたのだ。

 大した力ではない。けれど、シロは黙り込むしかなかった。

「ほら、強がりじゃない」

 焼け付くように熱いその額を抑え続けながら、私はにやりと笑った。

 バカ犬が不機嫌そうに視線をそらす。



「美神さん・・・俺・・・」

 黙り込んでいた横島が背後で声をあげた。

 控えめなようだが、どこか違う。

 化けた時の声だった。

「・・・・・・OK」

 一言で何もかも理解したのだろう、美神さんは何も聞かない。

 結局はいいコンビなのだ。

「行ってらっしゃい、ただし、アンタ一人よ?」

 どうしても外せない仕事がある。その代わりシロの病気の具体的な調査は任せておけ。美神さんはそんなことを言った。

「えっ、美神さん・・・?」

「わかりました」

 おキヌちゃんが驚いたような声をあげたが、横島は平然として受けた。

 普段の横島だったら絶対に腰が引けてる条件だろう。

 やっぱり、化けている。

「・・・せんせい」

 小さな声が届く。

 私は掌を外すと一歩退いた。

 バカ犬の趣味を理解はできないが、つまらない野暮になるつもりもない。

「おう、なんだ?」

「せんせい・・・せっしゃ・・・」

 無造作に近付いて笑って見せた横島に、シロは声を詰まらせた。

 目が心なしか潤んでいる。

 熱の所為かな、まるで遠景のように感じられる目の前の光景に、ぼんやりと思った。

 横島は、ただ笑顔で待っていた。

 何度も口を開いては無言のまま閉じるシロと、ただ見詰め合っている。

 やがて、シロが口を開いた。

「・・・・・・いってらっしゃいでござる・・・・・・」

 ただそれだけ言って、小さく笑う。

 透き通りそうな笑顔。

 だけど、弱々しいとは、感じなかった。

「ああ、往って来る」

 横島もそれだけ言った後、シロの頭をくしゃくしゃにかき混ぜた。

「大人しくしとけよ、師匠の言いつけだぞ?」

 にこっと大きく顔をほころばせて、背を向ける。

「じゃ、そういうわけで、美神さん」

 横島は、真剣な顔を美神さんに向けた。

「ん、なに?」

 壁際で静観していた美神さんが意外そうな表情で応じる。

 直ぐにでも発ちそうな雰囲気だったし、ま、当然か。

「一つだけお願いがあるんですけど・・・」

「お願い?」

「ええ、是非・・・」

「是非?」

「ここはひとつ霊力の補充を兼ねて、イッパツぶちゅーーーーーっと!!」

「しねえええええええええええええ!!!」

「ぐはあああっ、ああっ、煩悩が俺のパワーなのにーーーっ・・・・・・」

 美神さんの幻の右ストレートを食らって横島は絶叫しながら階段を転げ落ちていった。

 あ、シロが泣いてる。



「んじゃ、私も行くわ」

「えっ、タマモちゃんも?」

 よいしょと立ち上がった私に、引き攣った笑いを浮かべていたおキヌちゃんが意外そうな視線を向ける。

「ま、興味半分ね。横島、頼りにならなさそうだし」

 正味半分の理由を言って、バカ犬の頭をぽんと叩く。

 肩を怒らせて荒い息をつく美神さんから静止の声がかかる前に、私は階段を一気に飛び降りていた。



「近いな」

 見鬼君の反応を見ていた横島が、不意に足を止める。

「なら、さっさと行くんじゃないの?」

 タマモは不審そうな視線を向けた。

 怖気づいたとか言ったら、蹴り倒してやろうと思っている。

 普段美神を見ているだけに、横島の操縦法は心得ているつもりだ。

「ま、そういうなって。準備ってものがあるからな」

 ポケットをごそごそ探っていたかと思うと、横島はピンポン球大の球体を取り出した。

 文殊だ。

 予め霊力を集積し、力に方向性を持たせて一気に開放する強力で珍しい業である。

「文殊?」

 横島の掌の上に三つあった。

「ま、策があるし、多分大丈夫とは思うけどな。いざという時の為に念の為持っといてくれ」

 タマモの手にそれをしっかりと握らせると、横島は二言三言指示をして再び歩き出す。

 と、烈風が吹き荒んだ。

「久しいな、小僧」

 一陣の風と共に現れた修験者の怪異―天狗が木の枝の上から横島とタマモを見詰めている。

 見るものを震えさせる威圧感を持ちながら同時に酷く男臭さを感じさせる笑みを浮かべ、彼は地に降り立った。

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