ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(22)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(01/ 1/15)

「よおっしゃ、やっとこさ親になったぞ! ここで9のフォーカードで『革命』! ふはははは、これで俺の弱小な手札が最強に!」
「……ごめんなさい、横島さん。8のフォーカードで『革命返し』です。」
「のわにぃっ!」
悪戯っぽい笑みを浮かべるキヌに当たる訳にもいかず、横島は低い唸り声を発しながらそのまま仰向けに倒れ込んだ。ピエッラはその横島の姿に微笑みつつも、キヌが新たに出した場札の上に自分の最後の手札を重ねた。
横島、キヌ、ピエッラの三人は、ピエッラの寝台の上で所謂『大富豪』に興じていた。小さい子供でも簡単に遊べて、かつ異常に盛り上がれるこの遊戯を提案した当の横島は、ゲイム開始以来『ド貧民』の座から抜け出せた試しが無かった。カーペット越しに伝わる固い石の床の感蝕が胡座の尻に馴染んで久しい。
しかしかつてはこのゲイムに於いて『100億円キッド』の異名を取った事もある手前、再び親になった横島には取って置きの戦法が残されていた。
「んふふふふ、これで『ド貧民』脱出じゃあ! 3、4、5、6、7の連番!」
「……じゃあ、10、J、Q、K、Aで、上がりです。」
寝台の上で横座りをしている『平民』キヌは、流石にちょっぴり済まなそうにして五枚の手札を順番に披露した。その隣では『富豪様』の特権である巨大なダウンのクッションに顔を半分埋めたピエッラが、心底落胆した様子の横島を愉快そうに見積めている。異様に手札に恵まれたキヌと、ビギナァズラックの有るピエッラの二人によって完全に『富豪様』の座は独占されていたのだった。
「とほほ、現実どころかトランプでもビンボだとは……きっとこれは資本主義の矛盾を逆説的に説明する為に、マルクスかエンゲルスあたりが発明したカードゲイムに違いない……。」
先日の歴史の授業で習った内容の中で唯一記憶に残っている単語を駆使した呪詛の言葉を吐きつつも、慣れた手付きで布団の上のカードを回収していく自分の姿に気付いた横島は、そんな自分がちょっぴり可愛いと思った。


「ふわわわ……」
ピエッラの小さな口から、小さな八重歯が覗き見える。
実に子供らしい、可愛らしい欠伸(あくび)だった。
横島は不意に湧き上がってきた自分の欠伸を噛み殺すと、軽く上体を伸ばした。
「そうか……もう子供は寝る時間だな。」
「そうですね、あんまり夜更しさせすぎると、テレサ様に怒られちゃいますね。」
そう言うと、キヌはいそいそと布団の上を片付け始めた。
横島はピエッラを抱え上げると、余った手で掛け布団を捲り上げる。
「あの、横島さん。」
「何だい、おキヌちゃん?」
ピエッラを布団の中に横臥えながら、横島は背後の呼び掛けに応答した。
「さっき美神さんに相談しようかと思ったんですけど……。」
キヌの声の調子が僅かに低く震えている様に聴こえる。横島はキヌの方を振り返った。
彼女はトランプを専用ケイスに仕舞うべく悪戦苦闘している。俯き加減の目線は手元に注がれてはいるが、考え事に集中しているらしく一向に作業は捗(はかど)っていない。
「やっぱり横島さんにも言わなきゃって思って……。でも、今はピエッラちゃんが居るから……。」
そう言うなり一層顔を伏せ気味にしたキヌの表情を知る事は、残念ながら横島には出来無い。しかし彼女の一連の仕草とセリフを元に、横島の灰色の脳細胞が弾き出した結論は、至極明解なものであった。
『こ、これは、ひょっ、ひょっとして……あ、愛の告白!?』

……あの引っ込み思案なおキヌちゃんの方から俺に告白してくるなんて、信じられないなぁ……まあ昔から、旅先では女は大胆に成るって云うし……それにしても美神さんに相談するってのは、いやはや何とも勘弁して欲しい気もするけどな……でもそれも、おキヌちゃんらしいと云えば、らしいか……それに、ガキっちょの目を気にする処なんか可愛いんだから……俺の方は全然気にならないのにな……まあ下手に俺の方から迫っていくよりも、おキヌちゃんのペイスに任せた方が好いかもしれないな……そして、そして二人はっ……

「ぐふふふ……」
「あの、横島さん?」
キヌは少し不安げに横島の顔を覗き込む。
接近してきた淡いフローラルの香りが、横島の意識を覚醒させた。
「うん、そうだねおキヌちゃん! 早くピエッラちゃんを寝かし付けてあげてからね!」
「は、はあ……。」
横島は口元の唾液を袖で拭うと、鼻息も荒くピエッラに向き直るのだった。


十分後。
「……なあ、どうして目を瞑らないんだ?」
「……………………」
「……なあ、どうして目を閉じないんだ?」
「……………………」
「……なあ、どうして瞼が落ちないんだ!!」
「…………ふぇ……」
「ちょっと横島さん! そんな恐い顔してても、子供は怖がるだけですよ!」
寝台の右側から血走った眼でピエッラを見守っていた横島を、寝台の左側のキヌが睨め付ける。伸ばされたキヌの右腕は、そのまま幼子の身体を回り込み、横抱きにする。
「この子は照れ屋さんだから自分から言い出さないけど、きっと夜更ししたいんじゃないですか?」
「まあ、その気持ちは俺にも解るけどさぁ……このお姫様ときたら、欠伸一つかましただけで、後は全然眠たそうにしないんだぜ!」
ガキの寝付きの所為で、目先のアヴァンテュールを先延ばしにされている横島は、苛立ちも隠さずにそう答えた。
キヌは改めてピエッラの顔を覗いてみる。微かに瞳を潤ませてはいるが、幼児の顔に先程感じた眠気の類いは全く見られない。
「……それも、そうですねぇ。トイレはさっきおっきい方をしてきたし……そうそう、この子ってば一人で個室に入って用が足せるんですよ! 偉いねぇ。」
そう言いながら、キヌは左手でピエッラの金髪を撫でてやる。キヌの愛撫に身を委ねているピエッラの様子は、主人に好く懐(なつ)いた愛玩犬を連想させた。
「あとは、そうですね……遊び過ぎで目が冴えちゃった、とか?」
「……まあ、そんな処か。」
『ガキとペットにゃ敵わない』という広告業界の常套句を不意に思い出し、横島は苦笑しながら後頭部のバンダナの結び目の当たりをポリポリ掻いた。
「うーん、こんなことなら『砂』を持ってくるんだったなぁ。」
「すな、ですか?」
ちょっぴり不思議そうな顔でキヌが訊ねる。
「ああ、たまたま鈴女のヤツに貰ったんだけど……何でもぐっすり眠れる上に、思い通りの夢が観られるという魔法の砂、なんだって。」
「ふーん、思い通りの夢、ですか?」
「う。」
人差し指を顎に当てて思案するキヌの、何処と無く含みの有る指摘に、一瞬横島が息を詰まらせた。
まさか、全員顔見知りの全裸の美女達にモテモテになる夢を観た、などとは白状出来ない。
横島の純な男心に、キヌの無垢な視線が容赦無く突き刺さる。
焦るばかりの横島の眼前で、リップクリームを薄くひいた桃色の唇が静かに綻(ほころ)ぶ。
「……ふふふ、横島さんがどんな夢を観たのかは訊きませんよ。それに、魔法の砂の事を内緒にしてたのも許してあげます。ただし……」
そこで言葉を切ると、キヌはその大きな瞳を蠱惑的に瞬かせる。何時の間にこの少女はこんな表情を身に付けたのだろう? 一瞬の胸の高鳴りを誤魔化すかの様に、横島は頭を掻く仕草を大袈裟にした。
「分かった、分かった。『砂』はまだ余ってるし、今度分けてあげる。だから、ね?」
「絶対、約束ですよ?」
子供っぽく約束を交わすキヌの声は、心無しか震えていた。気丈に微笑んではいるが、元の時代に帰れるのかどうか、彼女も相当の不安を抱いているに違いない。横島は、この騒動に少なくとも彼女を巻き込んでしまった事に対し、少なからぬ罪悪感を覚えた。
『絶対、元の時代に戻ろうな。』
返答代わりの横島の微笑は、やや自嘲めいていたかもしれない。

二人の間では、ピエッラが不思議そうに二人の顔を交互に見比べていた。

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