ザ・グレート・展開予測ショー

月ニ吼エル(1)


投稿者名:四季
投稿日時:(01/ 1/12)

 真冬だというのにどこか空気に生温さを感じる夜だった。

 厚い雲が垂れ込める空の下、青年と少女の二人連れが住宅街に続く道を並んで歩いている。

「先生、今夜は暖かくて良いでござるなぁ」

「お前の場合年中その格好で暖かいも寒いも無いだろーが」

 くすんだ光を落とす街灯の下をタンクトップにカットジーンズという幾らなんでもな格好で歩く人狼の少女―シロに苦笑をくれるが、そういう彼も冬だというのに額に汗が浮かんでいた。

「でも、先生もその格好では暑いのではござらぬか?」

「ま、この荷物だからな」

 目敏く見つけた汗の雫を無邪気に指摘するシロに、先生こと横島忠夫は肩の荷物をよいしょと背負い直した。

「・・・先生、やっぱり拙者が持つでござるよ」

「別にいいって。気にすんなよ」

 せめて半分と言い募るシロにひらひらと手を振って見せると横島は問答無用で歩き出したが、シロは納得しかねるように首を捻っていた。

 何しろ今の横島を後ろから見たら、ずばり荷物が歩いてるように見えるのだ。

 自称弟子としては余り気分が落ち着くものではない。

「せんせー、やっぱり申し訳が立たないでござるよー」

 置いて行かれては大変と小走りで後を追いながら情けない声で懇願する。

 気になりだすと止まらないタイプのようだ。

「だーかーら、いいんだよ、道具の管理も仕事の内だからな」

 事実、そのナップザックの中の除霊道具は、美神から任された横島の管轄下にあるものだ。

 ようやく戦力の一端と認めて貰えた(時給は据え置きだが)今、その重さは横島にとっては自分が任された責任の重さそのものだった。肩代わりの相手が弟子だからといって、安易に放棄する気にはなれない。

「うー、しかしー・・・」

 唸りながら尻尾をしょぼんと垂らした弟子の姿に苦笑すると、横島は歩調を落としてそのうな垂れた頭をごしごしと乱暴に撫でた。

「ま、もーちょい俺の気負いが無くなったらな、その時は頼むわ」

「ホントでござるかっ!?」

 シロの顔ががばっと勢い良く跳ね上がる。

「ああ、ほんとだぞ」

「ホントにホントでござるか!?」

「ほんとにほんとだ」

「ホントにホントにホントでござるかっ?」

「クドイわっ」

 びしっ。

 チョップで突っ込みが入った。

 お約束である。

「えへへー」

 頭を抑えながらも、シロは満面の笑顔だ。

「変な奴だなー、お前」

 なんで荷物持ちでそう喜べるのだか。

 言いながらも、横島も小さく笑っていた。

 素質という意味では遥かに人間を凌ぐ可能性を持ちながら散歩と遊ぶことが大好きなシロにとってはこれも遊びの一種なのかもしれない、そんなことを思う。

 実際、除霊で疲れた体で尚こうしてシロと歩いているのは、疲れ知らずの「あそぼー攻撃」に押し切られたからなのだ。

「ほれ、笑ってねーで行くぞ、シロ。あんまり遅くなると遊ぶ時間も無くなっちまうぞ?」

 言うなり横島はダッシュで走り出す。

「そ、それは困るでござるよっ」

 慌てて後を追いかけるシロ。

「ふははははー、俺よりアパートに着くのが遅かったら、明日の散歩は無しだー!!」

「ず、ズルイでござるー、横島せんせ・・・」

 と、スピードアップして横島と本格的な追い駆けっこに入ろうとしたシロが、急ブレーキを掛けた。

「のわっ」

 横島もそれに合わせて急制動を掛けようとしたが背中の荷物の慣性が許してくれず、盛大にコける。

 ズザザザザーっ、と非常に痛そうな音がした。

 冬服でなかったら文字通り出血大サービスになっていただろう。不幸中の幸いかもしれない。

「大丈夫でござるか?」

 しかし、シロが心配そうに声を掛けた相手は横島ではなかった。

 ある意味報われない男だ。


「う、ううっ・・・なんでやー」
 残念ながら人影もない夜道ではフォローは誰からも入らなかった。


「気持ち悪いのでござるか?」

 街灯の影になる部分、電信柱の後ろに誰かがうずくまっている。

 シロは心配そうに屈み込んだ。白いコートの背に流れる長い髪、女性だ。

 路上には吐瀉物が広がり、むっとするような匂いが辺りに漂う。まだ酔っ払いがくだ巻くような時間でもなかったので、シロの心配は尚更だった。

 白いコートのその女性は苦しそうにうめいている。

「横島先生、この女性苦しそうでござ・・・」

「お嬢さん、大丈夫ですか?宜しければこの横島忠夫が手取り足取り優しく介抱・・・ぐはぁっ」

 煩悩GSの名目躍如な横島の素早い動きだったが、シロに肘鉄を食らって撃沈する。

「お、お前ね・・・師匠に対して・・・」

「良いのでござる、非常時なんでござるから」

 横島の抗議にシロはぷいっと横を向いてしまう。

 ある意味見事な師弟漫才だが、女性は笑うでもなく呻き声も止まない。

「もういいから、先生は大人しく見ているでござるよ・・・・・・お姉さん、大丈夫でござるか?」

 穏やかに訊ねたシロがその背中に触れた瞬間。

「ぅぅぁあああっ!!」

 発条仕掛けのような勢いで振り向いた女性の手が一閃した。

「あいたっ」

 思わず飛びのいたシロの腹には、一筋の朱の線が残されたいる。

「んなっ!?」

 余りと言えば余りの対応に、女性こそ我が命の横島さえ抗議しようとしたが、シロは落ち着いてそれを手で制した。

「良いんでござるよ、先生。あの女性が元気ならそれで良いではござらんか」

 さばさばしたものだ。

 事実、二人がそんなやり取りをしている間に、女性は多少ふらつきながらも辻の向こうに消えていった。

「嫁入り前の娘の肌に傷つけやがって・・・」

 その影を見送りながら横島はぶつぶつと父親のような言葉を呟いている。

 今ひとつ納得行かないようだ。

「いきなり肩に触られて吃驚したのかもしれないでござるよ。爪だって偶然立ったのかもしれないし・・・」

 頭に血が上りかけている横島をシロがなだめる。

 どっちが師匠だか判らない光景だった。

「ま、シロ本人がそう言うなら良いけどな・・・」

「それに、大丈夫でござるよ」

 なお言葉ほど釈然としていない表情の横島にシロは笑顔で呼びかけた。

「この傷が原因で嫁に行けなくなったら、先生に貰って頂くでござるから」

「・・・シロ」

 横島は一瞬とても遠い目をした。

「ね、いい考えでござろう?」

 シロは景気良く尻尾をパタパタと振る。

「・・・」

 横島は暫く目を瞑った後、にかっと笑ってこう言った。

「調子に乗るな、アホっ」

 ぺしっ。

「あいたっ」

「そんなことより早く行くぞ。これで治療の時間も増えるんだからな、無駄口叩いてると遊んでやれる時間は益々減るぞ?」

 ぺしっぺしっ

「そんなー、酷いでござるよーっ、横島せんせー」

 シロの頭をぺしぺしと叩きながら、横島は満更でもなさそうだった。

 娘に「おっきくなったらパパと結婚する」と言われた父親の心境だろうか。

 何にせよ楽しそうな二人の声が、夜の空に吸い込まれて行く。



 
 一週間後、たった七日後に何が起こるかなど、この時の二人には知る由もなかった。

 この瞬間から、無情なカウントダウンは始まっていたのに。




 月も星もその向こうに側に押し込めて、空にはただ厚い雲が垂れ込めていた。

 都心の繁華街の熱と光を映したように、その空は赤黒く腫れている。

 今にも血を流しそうな、そんな空だった。

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