ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(77)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/12/ 3)

   思い出って、飴玉みたいなものなんです
   子供が飴玉を持って歩くみたいに
   集めた思い出をいっぱいに抱えて
   ひとりが辛くなったら、そっと口に入れて
   人からもらった甘いものとかあったかいものを―――思い出すんです

「ばかぁ……」
 肩に顔を伏せ、静かに、穏やかに言うピートに、もう本日何度目ともわからない「ばか」の言葉を投げたエミの声は、こみ上げる嗚咽で半分つぶれていた。
「飴玉なんて、いつかは口の中で無くなっちゃうもんでしょうが……!」
 ピートの二の腕を掴み、自分から引き剥がすようにして顔を上げさせると、視線を合わせ、がくがくとその体を揺する。

 飴玉は、舐めていれば、やがては溶けて消えてしまう。
 思い出も、時が経てば、やがては磨り減って―――ぼんやりと、消えて行く。
 ―――いや、むしろ、消えて行った方がまだ良いのかも知れない。

 ……幸せな思い出は、時に、現実の苦痛以上に人の心を締め上げるのだから。

 時には苦しみの刺に変貌する、甘い記憶の飴玉を、それでも大切に集めて。
 ……いっぱいいっぱい傷つきながら、それでも、時折手に入れるあたたかな時間に幸福を見出して。
 ……心の底を推し量ろうと覗き込んで見ても、深い深い海の青を湛えた瞳は、何もかもを飲み込んでしまっていて。

「……どんなに苦しい事があっても、嬉しい事を一度経験したら、もうたまらないんです」
 正面きって自分を見つめてくるエミの強い視線に、ピートは笑顔で返す。
「……またいつか、あんな風な良い事に、良い人達に巡り会えるかも知れない、って思うから。……だから僕は、人といたい。人といて、幸せなんです」

 だから、だいじょうぶですよ

「……うっ、……っ!」
 にっこりと。
 そう言いたげに笑ったピートの顔が、ぐにゃりと歪んで。
 喉の奥から、胸の内から、もう悲しいのか腹が立つのか何なのかわからないほど感極まって、ぐちゃぐちゃになった頭の奥から、とうとう溢れ出した涙を見せるのが嫌で、俯く。

「……ピート」
「はい」
 嗚咽を隠すように、無理やりに低められた震える声で名前を呼ばれ、ピートがあっけらかんとした声で応える。
 ピートの二の腕から外され、ベッドのシーツを掴んでいたエミの両の手の甲に、はたはたと透明な滴が落ちた。
「……あたしは、長生きするからね。あんたより、ずっと長生きしてやるワケ。絶対に、あんたより先になんか、死なないワケ……!」
「はい」
「……バカ!!」
 あっさりと頷いたピートに、バッと顔を上げる。
 その弾みに、流した涙が透明なビーズのように宙に散った。
「こんなの、守れる約束じゃないワケ……なのに、何で頷くのよ!?」

 貴方より先に死なない
 貴方が死ぬまで一緒にいてあげる
 貴方と、ずっと一緒に……

 こんな約束など、彼は恐らくもう何十回何百回と交わして―――そして、それが守られることなど、一度も無かっただろうに。
 気休めでしかないと、わかっている筈なのに。
 どうして不快な顔一つせず、笑顔のままで頷けるのか―――
 はらはらと、その頬に涙を伝わせたまま、エミはピートを睨むように見つめる。
 そのきつい眼差しに―――ピートは穏やかに笑いかけると、ベッドのシーツを掴んでいるエミの手に手を重ね、静かな声で言った。

「……守れなくても―――信じられる約束は、あるんですよ」

 涙を滲ませ、ピートを睨んでいたエミの瞳が、その言葉にハッと見開かれる。
 目を見開いたエミに、ピートはただ穏やかに優しく―――そして、ほんの少しだけ甘えるように小首を傾げ、その顔を覗き込むようにして笑った。

「……エミさんは、信じさせてはくれるでしょう―――?」

 守れなくても―――
 信じさせては、くれるでしょう?

「……」
 にっこりと、小首を傾げて笑う顔。
 その顔は明らかに年下の少年の無邪気なものなのに。

 ―――人から傷つけられても、自分のために本気で怒ってくれる人がいるから許せる、と
 ―――人と過ごした一年の思い出があれば、ひとりきりの百年を越せる、と
 ―――守れなくても、信じさせてくれる約束なら良い、と

 ……これだけの事を笑顔で言ってしまえる強さと―――重ねてきた、時間の深さ

 ―――……負けた……

 眩暈(めまい)さえ感じて脱力し、がくんと俯くと、正面にいたピートと軽く額がぶつかる。
 ピートも、そのまま俯いたのだろう。
 お互いの肩口に顔を埋めるような姿勢になって、二人は互いに、重ねた手に力を込めた。

「……本当に、ばか……」

 耳元に顔を寄せ、囁くようにそう言うと、柔らかな細い金髪がその微かな息の動きにも反応してふわりと揺れる。
 ピートはもう何も言わない。
 ただ静かに微笑んだまま、時折、震えるエミの背中を、ぽんぽんと叩いた。

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