永遠のあなたへ(76)
投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/12/ 3)
ぼくのことでなやまないで
ぼくのことでくるしまないで
だいじょうぶですから
笑いながらそう言える―――強さ
「ばか……ばか、大ばか」
ため息を吐いて―――ピートの肩口に額を押し当てたまま、エミは、ともすれば震え、掠れそうになる声を隠すように、強い口調を装って言った。
「ばか。大ばか。やせ我慢してんじゃないわよ……!」
「……やせ我慢に見えますか?」
「それ以外の何に見ろって言うワケ?」
顔を肩口に伏せているため、直接ピートの表情を伺う事は出来ないが、その口調で大体の事はわかる。大方、先ほどまでのように、相変わらずきょとんとしたような笑みを浮かべてしらばっくれているのだ。
それに抗議するように、ピートの肩に添えている手に力を込めて、強く肩を掴む。
ピートはしばらく黙ったまま、そのエミの無言の抗議を受けていたが―――しばらくして、肩を掴んでいるその手に自分の手を添えると、エミの、量の多いふわふわとした癖毛の髪にそっと顔を寄せた。
「……あのね、エミさん。……僕は本当に、大丈夫なんですよ」
静かな声。
しかし、その声に、先ほどまでのような、こちらを誤魔化すための明るさが無いのを感じ取って、エミは、上げようとした反論の言葉を飲み込んだ。
「今は……さっきみたいに、人といるの、ちょっと辛いところもあるけど。……でもそれは、本当に今だけの事ですから。本当に人といるのが嫌だったら、エミさんの前でだって寝たフリ続けますよ。ただ、おキヌちゃんの前だと、ちょっと起きてるの辛いかな、って。……こんな事件の後でしょう。多分おキヌちゃん、今、僕と顔を合わせたら絶対泣くと思いますから」
キヌは、感受性の強い子だ。
相手が口や態度に出さなくても、その痛みや悲しみを感じ取って、受け止めて、彼女自身まで傷ついてしまう事がある。
だから、キヌが来ている時はずっと、寝たフリを続けた。
起きて顔を合わせたら、きっと、隠したものに感づかれてしまう。それに、あの令子でさえもたじろがせるキヌの真っ正直さの前で、隠し事を続けられる自信も無かった。
「……でも、本当に大丈夫なんですよ。本当にこんな事、何でもないんですから」
だから、僕のことでそんなに悩まないで、と、笑う。
顔を見なくても、わかる。
笑っている。
傷ついたのはピートなのに、こちらを気遣うように。
こちらを、慰めるかのように。
笑っている。
「……エミさん、あのね」
笑ったまま、ピートが言う。
「僕は本当に……そんな、辛いものばかりで生きてるんじゃないですから。……本当に辛かったら、逃げてしまえば良いんです。島に戻って、棺の中でずっと寝てれば良いんですから」
そりゃそうだ、と、ピートの肩を掴んだまま、納得する。
人といるのが―――長く生きているのが嫌ならば、棺の中で、眠っていれば良い。世界と自分を切り離して、ずっと、眠っていれば良い。
―――死んだ、ように。
「……でも僕は、そんなのは嫌なんです。痛くても、辛くても、悲しくても、苦しくても、人と、皆と一緒にいる方が良い。……どうしてか、わかりますか」
ふと。
独白に近かったピートの言葉が、問いかけに変わる。
肩口に伏せていた顔を上げると、すぐ間近に、ピートの顔があった。
まっすぐにこちらを見つめる深いマリンブルーの瞳。
その瞳がふと、微笑と共に伏せられたかと思うと、ピートが、ぽすんとこちらの肩口に顔を寄せてきていた。
「ピ、ピート?」
「……人ってね。あったかいんですよ」
いつにない、自分の方から寄って来るピートの仕草に驚く間も無く、そんな言葉がかけられる。
「人といるのって嫌なこともあるけれど、人といて嬉しかったことは、その嫌なことがあるのなんかとは比べ物にならないぐらい、何倍も何十倍もあったかくて、幸せなんです。……だから、良いんです。どんなに辛いことがあっても、人といるのって、本当に良いんです。人といるのは幸せで―――ひとりになってしまっても……僕は、その思い出で生きられますから。……一年でも、一日でも、ほんの一時間だけのものでも良い。……人といて感じた嬉しかったことや楽しかったことの思い出が、ほんの少しあるだけで、僕は―――ずっと、生きていけますから」
……ななひゃくねんは、長過ぎて
まともに考えると馬鹿になるから
楽しかったこと
嬉しかったこと
幸せだったこと
あったかいものだけを
そっと集めて
ポケットに詰め込んで
「だから、僕は、人と一緒にいるんです。……人と一緒に、いたいんです」
……いつか、ひとりになってしまった時に
命の重さに押し潰されないように
たくさんの思い出を集めて
……人といた一年の思い出が、ひとりきりの百年を、生かしてくれるから
「……人といるのが、幸せなんです」
今までの
コメント:
- 時間の都合で途中でぶッ千切れてますが送ってしまいまーす(^^;)
続きは出来れば夜に……出来るかな……(汗) (馬酔木)
- ・・・・(涙)
幸せっていいきれるまでこの人はそれだけ悩んだろうか・・・
・・・・・・・永遠かあ・・・・終わるから尊いんだろうか?
・・・・・・・・もしかしたらその人が死んでも覚えている人がいて・・そしてまたその人がしんでも他の誰かが覚えていて・・・・からだうんぬんよりもそーゆう記憶が永遠なんだろうかなあとかふと思ってしまいました。 (hazuki)
- ――月夜の浜辺にボタンがひとつ
波打ちぎわに落ちていた
……でしたっけ?
唐突で申し訳ありません。
うろ覚えなのですが、昔に読んだ中原中也の詩を思い出してしまいました。
馬酔木さんの書く文章には、大きな可能性を感じます。
陰ながら応援しています。
これからも頑張ってください。
(freak)
- きっとこの700年もの間に繰り返してきた出会いと別れの数々から導き出された結論なのでしょうね。悠久の時を生きる者だけが知る、経験の重みを感じさせる独白でした。 (Iholi)
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