ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(75)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/11/26)

 ―――七百年

 端正だの綺麗だのと言われても、やはりまだ少年の域を抜けない、子供じみた雰囲気の残る容貌をしていたせいだろうか。
 横島達と、本当に同年代であるかのように騒ぎ合う姿があまりに自然だったせいか、彼が歩んできたその年月の長さなど、よくよく考えてみればろくに意識した事が無かった。
 あまりに途方も無さすぎて、現実味が無かったせいもある。
 横島やタイガー達と一からげにされて、まだまだ未熟なものだと令子にからかわれ、迫ればすぐに赤くなって逃げようとする初心な少年が、自分達の一生の、実に七倍以上の時をすでに歩んできている、と言うのだ。
 それは、テレビを通して、遠い外国の日常的なニュースを見ているような感覚だった。
 そうか、そんな事もあるものか、と、頷くだけで済ませてしまう事が出来る、他愛のない話題。
 ―――それは、エミ達自身、無意識の内に考える事をやめていた、と言う事の表れなのかも知れない。
 ピート本人が自身の『永遠』を否定し、その事を考えたがらないのと一緒で、エミ達自身も、無意識にその話題を避けていたのかも知れなかった。

「……僕は、長生きですから」

 その話題を避けて通り、考えていなかった事に対して答えなどあろう筈が無い。
 ピートの口から発された、「長生き」と言うその一言に対して、何をどう言ったら良いものか、言葉に詰まって固まったエミの前で、ピートは静かに、穏やかに微笑んだ。
「……あのね。僕は長生きだから、良いんです。これでも七百歳なんですから、今回みたいな事、どうって事ないんですよ」
 穏やかに、優しく笑って言いながら、ピートは、軽く握っていたエミの手を、そうっと自分の頬に押し当てる。看護婦に散髪してもらったのだろう。以前と同じ、肩の少し上辺りで切り揃えられた髪先が、サラサラと揺れながらエミの指に当たって、ちょっとくすぐったいような感触をエミの指先に与えた。
「僕はよく覚えてませんけど、あの加奈江さんって言う人、まだ二十歳そこらの年なんでしょう?……だから、僕がろくに覚えてない事で訴えられて、何年も何十年も服役するなんて、別にそんなの無くて良いんですよ」
「……っ、ばかっ……」
 本当は覚えているだろうに。
 誰よりも、この事件の事を、その心身に深く刻み込まされているだろうに。
 それでも「知らず」を装って笑うピートに言ったエミの声は、少しだけ掠れ、くぐもっていた。
「何?あんたはこれから時間がいっぱいあるんだから、ちょっとぐらい嫌なことがあっても平気だってワケ?人間は寿命が短いんだから、長生き出来る僕の方は訴えずに我慢しますってワケ?」
 両側から挟み込むようにしてその頬に手を寄せ、ピートと真正面から視線を合わせて言う。
「そんな問題じゃないワケ!現実に、傷つけられたって事が一番の問題でしょう!あのね、長生き出来るあんたでも、人間でも、どんなに寿命の短い生き物でも、感じた痛みの重さは同じなワケ!」
「はあ。エミさん、優しいですね」
「そうじゃなくて……!!人生の時間の重さはね、寿命との割合なんかで変わる事ないワケ!だから、1時間でも1秒でもその時間を潰されて傷つけられたら、怒りなさいよ!僕は長生きだから別に良いですとか笑ってないで、ちゃんと怒るワケ!」
 誘拐は、他者の心身だけでなく、その人生の時間まで踏みにじる。
 それなのに、自分は長生きだから良い、と。自分にはまだこれから長い時間があるのだし、と、笑って許そうとしているピートの態度は、頭に来るぐらい―――辛かった。
 むしろ、長生きだからこそ、こんな風な痛い事を、彼はずーっと抱えていかなければならないだろうに。
「……ばか。……どうして、怒らないワケ……?」
 顔を真っ赤にして一気にまくし立てた自分の前で、相変わらず穏やかに微笑んでいるピートに、再びそう問いかける。
 それきり言葉が続かなくなって―――微笑を浮かべたままでいるピートの顔を見るのも辛くなって、エミは、ぽすん、と言う感じでピートの肩口へと頭を埋めた。
「……エミさん?」
 いつもなら、すぐに逃げるか赤くなるかするパターンだろうに、今回は、その雰囲気の違いを感じ取っているのだろう。
 静かに、問いかけるように名前を呼んだきり、ピートは動かずにエミの頭を肩で受け止めているし、エミも、片手はピートの頬に当て、もう片方の手は自分が顔を伏せている方の肩口に、添えるように軽く当てたまま動かない。
 泣いているわけではない。
 ただ静かに、寄り添うように自分の肩に頭を押し当てているエミの、こちらの頬に添えられている手をそっと握って、ピートは、静かな声で言った。
「……ありがとうございます」
 不意に述べられたような感謝の言葉に、その意図を掴みかねたのか、ぴくん、と、軽く重ねたエミの手が、震えるように動く。
 その手をそっと握り締めたまま、ピートは、微笑をたたえた唇で、そっと言葉を続けた。
「僕はね、長生き出来るから全部許せるってわけじゃないんですよ。……僕には、こんな風に、僕のために怒ってくれる人がいますから。僕が怒らなくても、本気で怒ってくれる人達がいてくれますから。だから、良いんです。許せるんです。……加奈江さんにはきっと、そんな人いないから」
 だからエミさん、ありがとう、と、優しい声が耳に響いてくる。
「僕には、思ってくれる人がたくさんいますから。……だから、僕、そんなに辛いものばかりで生きてるんじゃないですよ」
 明るい、笑いを含んだ声に顔を上げると、微笑からさらに、満面の笑みへと表情を変えたピートの顔が映る。
「……だから、エミさん。……そんなに、苦しまないで下さい」
 ね?、と、小首を傾げて駄目押しのように言ってくる。

 そんなに、悩まないで下さい
 大丈夫ですから
 そんなに、僕のことで、苦しまないで―――

「……ばか」
 コツンと、額をぶつけるように再びピートの肩口へ頭を預けると、エミは、ため息に似た静かな長い息を吐いた。

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