ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(74)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/11/23)

 一瞬、僅かに眇められた目。
 僅かに俯けたまま上げられない顔。
 緊張の余り握り締め過ぎて、ぎちぎちと鳴る手の関節。

 問いかけたのは自分の方だと言うのに、居心地の悪い空気と、喉の内から上がってくる気持ち悪さに、尋ねたきり沈黙したまま何も言えないでいたエミの金縛りを破ったのは、苦笑混じりのピートの言葉だった。

「エミさんにまで言われちゃうかなあ……」
 ふっ、と、軽い苦笑を交えた声に顔を上げてみれば、先ほども目にした、苦笑と微笑が入り混じったような曖昧な笑顔を見せているピートの顔があった。
「本当に覚えてないんですよ。魔力の封印が解かれた弾みに、記憶がほとんど飛んじゃったみたいで。加奈江さんを追いかけてる時はまだ覚えていたような気もするんですけど、今は全然覚えてません」
 穏やかに、笑みを浮かべたまま言うピートに対し、先ほどとは異なる意味で「違う」と言いたくなる。
 そして、今度はその言葉は、エミの喉からはっきりと出た。
「……嘘ね。違うでしょ」
「やだな。本当に覚えてないのに」
「おたくの性格からして、本当に覚えてないなら、こんなに問い詰められたらムキになって言い返すわ。それが、あたしに嘘だ嘘だって言われても笑ってるなんて、絶対、らしくないワケ」
「……」
 ピートは根が真面目な分、嘘をついている、隠し事をしているなどと言いがかりをつけられると、ムキになって言い返し、すぐ顔に出る。
 しかし、今回の件に関しては、穏やかに笑ったり、時には相手に合わせてちょっと困ったような顔を見せたりして、ただ「覚えていない」と繰り返すばかりだった。
 いくら何でも一切覚えていないと言う事はないだろう、と、どうにかしてピートから話を聞き出そうとした捜査員やカウンセラー達が「これは本当に覚えていないのではないか」と次々諦める中、美智恵達が、「覚えている筈だ」と小竜姫にも診察させるなどしたのは、そう言った「ムキにならない大人しすぎるピート」に違和感を感じていたからに他ならない。
 図星をつかれてさすがに少し口篭もったピートの方に身を乗り出すと、エミは、畳みかけるように―――そして、真剣に、その目を真正面から捕らえて尋ねた。
「……庇ってるワケ?」
「何がですか?」
「……加奈江は多分、記憶封印処分になると思う。そして、それで後は事実上の無罪放免よ。監視はつくだろうけれどね」
「はあ。そうですか」
 あんまりよく覚えていない相手の事ですからね、とでも言いたげな、気の無い感じを装った声での返事が、妙に癇に障る。
 エミは、椅子から腰を浮かせると、ピートの顔をさらに覗き込んで言った。
「はあ……って、それで良いの?」
「ええ。良いじゃないですか。ちゃんと更正出来るのでしたら」
 ただ穏やかに笑い、あくまでとぼけるピートに、我知らず、キッと目がきつくなる。恐らくそれには、ピートに庇ってもらっている加奈江への、嫉妬絡みの感情もあったのだろう。思わずエミは、ベッドの端にバッと手をついて、ピートと顔を突き合わせた。
「―――どうして庇うワケ!?記憶は消されるけど―――ううん、記憶が消されるからこそ、事実上の無罪放免なワケなのよ!?……いいわ。もう、覚えてないとか覚えてるとかは無理に聞かない。その代わり、良い?……この事件は、あんたがちゃんと訴えたら、こんな極秘裏に処理されるようなものじゃなくて、もっとちゃんとした裁判になるわ。それなのに……こんなのでいいワケ!?」
 怒らないピートの分まで自分が怒るかのように、エミの頬が、喋りながら見る見る紅潮していく。
 被害者であるピート本人が「覚えていない」と言い張っている事と、現実に殺された本人がぴんぴんしている事から、こんな曖昧な処理になってしまっているが、加奈江がやらかした事は、事実上、立派な殺人罪なのだ。それにピートは、その正体は魔物ではあるが、高校に編入したり、唐巣の家に住み込んだりする事の都合から、世間的には未成年と言う事で認定されている。
 未成年者の誘拐、監禁、そして殺人と、無期懲役どころか、場合によっては死刑にすらなりかねないだけの犯罪を行なったにも関わらず、加奈江が事実上無罪放免に近い軽い処分になると言うのは、被害者―――ピートからの訴えがほぼ皆無なため、オカルト絡みの事件と言う事もあって、はっきり言ってうやむやになってしまったのだ。
「……ねえ。本当にそれでいいワケ?あんた、本当に……」
 加奈江の、軽過ぎる処分に対し、何の文句も言う気配が無いピートの顔を正面から覗き込む。そして、その覗き込んだ視線は、自然、額に巻かれた包帯へと向かった。
 本人が「覚えていない」と言い張るので、無理には聞けないし、言えないが―――この額の包帯の下の肌には一度、真っ赤な血に縁取られた風穴が開いたのだ。
 ……そんな、一度殺されまでしたのに、何故、この子は加奈江を庇うのか―――
 本当に優しいからというだけか、それとも、何か他に思うところがあるのか。
 そこまで考えてふと、エミは、脳裏に浮かぶものを感じてハッと目を見開いた。

 ……全てを覚えていないふりをするのは、加奈江を庇うだけではなくて―――死から蘇ったことを、否定したいから?

 加奈江を捕らえた満月の晩。
 泣いて血を吐き戻しながら、『永遠』の存在であることを拒んだ少年。

 ―――エミの、考えている事が、何となく察されたのだろうか。

「……僕は、長生きですから」

 ふと、無意識に額に触れようとしていたエミの手を取って、ピートはそう言いながら、ふと笑った。

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