ザ・グレート・展開予測ショー

カオス


投稿者名:NEWTYPE[改]
投稿日時:(00/11/17)

横島たちの住んでいたコロニー・・・・・通称『ブルーノア』。
その周辺の岩の塊の近くに、複雑な骨組みで構成された巨大な船が停泊していた。
その全長は、三キロを越えよう。
木星からヘリウム3を運搬する輸送艦、『逆天号』であった。
カオス教とICPOの動きが表面化した頃に木星から帰還してきた船である。
が、その輸送隊長、アシュタロスは、その船にはいない。
ブルーノアで建造されたカオス教の新造戦艦ドボルザークにいたのである。
そのドボルザークは、いましもコロニーから出港するところだった。
アシュタロスが作戦参謀として乗り込み、ドボルザークの慣熟訓練のために出港するところであった。
ドボルザークのブリッジに立つアシュタロスにとっては、この行動は予定通りである。
アシュタロスは昨日までは自分が指揮をしていた逆天号が、静かにその姿を横たえているのを見守っていた。
「艦長、ドボルザークを逆天号に接近させてくれ。」
「はっ?」
「見送ってくれる人がいる。挨拶をした方がいい。」
「どこに?」
「ベスパには分かるか?」
アシュタロスは振り向きもしないで背後の少女に聞いた。
「はい、カオス様がいらっしゃいます。」
「カオス閣下が?」
艦長は、慌てて手元のコントローラーを使ってブリッジ前方のウインドウに、右舷に見える逆天号を拡大していった。
「ああ・・・・・そこです。」
その少女が言った。下士官の制服を着ていた。名前をベスパという。十六か十七歳にみえる。切れ長の瞳をした少女である。
「ここか?」
艦長はウインドウの動きを止めてその一部を拡大していった。
その映像に逆天号の構造材が映し出され、その構造材に隠れるようにして、ブースターをつけたテンプテーション・クラスの小型シャトルがあった。
「ほう・・・・・あれは閣下のシャトルだ・・・・・・」
艦長はわずかにドボルザークの進路を逆天号の方に寄せていった。
そのクルーの動きもアシュタロスの目から見ると、まどろっこしく見えたが、アシュタロスは我慢した。
『・・・・俗人がやることはこんなものだ。この程度のことで腹を立てては・・・天下はとれない・・・・・』
そういった我慢の仕方である。
逆天号に身を隠すようにしているそのシャトルは、カオスの専用機である。
そのラウンジは一見すると豪華なリビングルームに見える。
片隅にはバーコーナーがあり、バニーガールのようなコンパニオンの姿も三人見えた。
そのリムジン風の窓からドボルザークの出航を見送るカオスの背後には、数名の武官が従っていた。
カオスは満足であった。
ブルーノアが宇宙要塞の体を整え、ようやく艦隊を敵に対して発進させるまでになったからである。これで、アフリカ、セネガルの首都ザンスで開催される地球連邦政府年次総会で、地球連邦軍の指揮権をカオス教に委譲する決議案が可決されれば、地球連邦軍は事実上カオスの手の中に入るのである。
カオスは、かつてのジャオン公国の主義に共感する男である。
カオスはジャオンの主義は良かったのだがやり方が間違っていたと信じる男であった。
独裁が見えすぎるのが良くなかったのだ。
「頑冥な人々は地球上で掃討し、無知無能な者はコロニー開発に追い上げる。それが、地球上から人間を排除する方法なのじゃ。今となれば地球に残りたがるエリート意識に凝り固まった選民は、危機に陥った地球に残して飢えさせれば良いのじゃ。しかし、そんな手段を講じているうちに地球が疲弊しすぎるという危機感があるからこそ、軍を組織して地球経済に打撃を与え、ついでに地球上の選民を抹殺する・・・・・」
それがカオスの予定である。
その理論の一面は正しい。
しかし、物理的な手段を講じてしまうところにカオスの倣岸さがあった。
が、それもカオス自身が認めているところなのだ。
「歳だ。いつ死んでも良い。ワシの死ぬまでに、地球圏に対して必須のことをやってみせる。」
そのためにカオスは一年戦争の終息と同時に自身の血の類縁の全てと決別をしてカオス教の組織作りに入ったのである。
「・・・時代が要求するのだ。でなければ、ジャオン公国の旗揚げもなかった・・・・」
今、目の前で発進してゆくドボルザークの完成は、カオスにとって十分期待に応えてくれるものであった。
勿論、地球連邦政府年次総会に秘密で建造をした宇宙空母である。
が、すでに就航をしたというニュースだけで地球連邦政府総会への恫喝となった。
これをもってして地球連邦年次総会に乗り込めば、地球連邦軍をカオス教の指揮下に置く提案は可決されるであろう。
しかし、地球連邦年次総会の全ての議員がカオスに屈したわけではない。
なかにはICPOに荷担することを意思表明している議員もいた。
それらの議員は、カオスの本質を危険視して、はっきりと独裁指向であると非難する者もいるのだ。
そんな総会に対してドボルザークの存在だけでは不十分ならば、カオスは次の手段を講じる用意もあった。
アポロ作戦である。月の正面玄関ともいうべき都市、ムーンライト市の制圧である。
その作戦の実施を匂わせれば、地球連邦政府の反カオス派といえども屈服するであろうと読んでいた。
「それでもいうことをきかなければ、厄珍が提案したコロニー落とし作戦をムーンサイドに仕掛ければ良い。」
それがカオスの地球連邦政府総会対策であった。
「大体、月の裏側のムーンサイドに拠点を持てば、地球連邦政府を恫喝できると考えているICPOが甘い・・・・・地球の連中は、想像以上に頑冥な輩の集まりなのじゃ・・・・」
カオスはブルーノアを視察した経緯を思い出しながら、ほくそ笑んだ。
「ドボルザークが本艦を見つけたようですな。」
武官のひとりがカオスに遠慮気味に言った。
「・・・・・・・!?」
カオスは鼻を鳴らして接近するドボルザークの姿を見た。
ドボルザークのブリッジのアシュタロスは前方のパネルに取りつくクルーに呼びかけた。
「ホロ・スコープを!」
「はっ!」
返事と同時にアシュタロスに光が当たった。
その光が対象物を撮影して、それをブリッジ前の空間に結像するのである。
拡大されたアシュタロスの立体映像がブリッジの前部の空間に浮き上がり、その映像のアシュタロスがカオスに向かって敬礼をした。
「・・・・・フフフ・・・・・よくこの船を見つけたものだ・・・・・・」
背後でお追従笑いが起こった。
カオスはホロ・スコープのアシュタロスに向かって軽く敬礼を返すと、シートに体を流していった。
ドボルザークのテールノズルが巨大な閃光を発して、カオスの船と逆天号をあとにした。
カオスは体をシートに固定して言った。
「アシュタロス・・・・・。はたしてどういうつもりか・・・・・・?」
「と申しますと?」
背後の武官が耳聡く聞き返した。別の武官が、コンパニオンにカオスの飲み物を運べと手で示した。
「アシュタロスは、ただの輸送船のキャプテンではない。ヤツが逆天号で試作したMSを見ただろう?」
「素晴らしいものでした・・・・・」
「そうだ。ヤツは木星の往復の時間を無駄にはせん。そして世捨て人のような暮らしをあの若さでやることもできる。その反動がヤツの能力として発現するのがこの局面じゃ。」
「ああ・・・・。出世欲の亡者になると?」
「それもあり得るが・・・・・ニュータイプかもしれん。気をつけなければならん若者じゃ。」
カオスはそう思う。
「・・・・・まさか・・・・・閣下に忠誠を示す血判の誓約書を書きました。彼自身の発案で・・・・・・」
「ああ・・・・・・・」
カオスは無理に笑って見せると、
「見せてくれ・・・・・」
いつの間にか船は移動を始めているようだ。
コンパニオンがカオスのテーブルに飲み物のパックを固定した。
その白い腕は若くのびやかであった。
武官が大きな鞄の中から一枚の誓約書を出して、カオスに渡した。
「これじゃ・・・・・・」
カオスは、その仰々しい書きつけを手にとった。
「閣下に対して忠誠を約し、違約あらば命を差し上げます。アシュタロス・・・・・・」
そのサインの下には黒く変色した血の指紋があった。
アシュタロスの右親指のものである。
ブルーノアの謁見の間で。アシュタロスは言ったものだった。
「サインだけでは信憑性がありません。」
そして、サインの後、ペンを置くとポケットからナイフを取り出し、親指に当てて血を滲ませ、それをサインの下に押したのである。
カオスは、その芝居がかった動作をするアシュタロスを見守りながらも、ぬけぬけとそれをやってみせる若者の気骨を愛した。
少なくとも利用できる男であると判断をした。
長期の航行と、木星の引力圏での作業を一年余りやって帰還する業務は、なまなかな人間にはできることではなかった。
それを果たしたアシュタロスは、地球圏に接触した時に、ICPOとカオス教の動きを睨んでブルーノアに入った男である。
若いのに油断がならないとカオスは踏んだ。
誓約書の血判を見ると、アシュタロスの狡猾さが見えるようであった。
カオスは誓約書を武官に返しつつ、
「急ぐのじゃ。総会に遅れるようなことがあってはまずい・・・・・」
カオスの船のテールノズルが巨大な閃光を発して地球に向かった。

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