ザ・グレート・展開予測ショー

シンデレラ・タイム


投稿者名:NEWTYPE[改]
投稿日時:(00/10/27)

荷揚げされたコンテナが無造作に置かれている埠頭の暗がりで横島は、放置してあるオートバイを見つけた。
「・・・・動くか・・・・・?」
跨ってスターターをキックすると一発で始動した。
「よし!」
走り出したオートバイは、山の暗い陰の道に姿を消していった。
その右前方にはホンコンの灯が見えた。
ニューホンコンの市内には、足早に行き来する人々と、片側斜線だけ混雑して一方は狂気のようにスピードを上げて走るエレカの群れがあった。
風は死んでいた。暑さは変わりなかった。
その道路のヘッドライトの光芒の中にルシオラの姿が浮きあがった。
急ハンドルでルシオラを避けるトレーラーは、怒声をあびせて走り抜けた。
ルシオラは歩道に上がった。
そしてガードレールに腰を下ろした。
疲れきったルシオラは、行き来する恋人同士、親子連れ、連れだった若者達に視線を泳がせていた。
「・・・・ヨコシマか・・・・・」


太平洋上を飛ぶスードラではサイコのコックピットからゴンドラが引き上げられていた。
ゴンドラから降りるインガ・リョウコは額の汗を手で拭いながらも、
「無理ですよ。普通のパイロットがサイコを操縦するなんてっ!」
「どうかな?基本的にはMSの原則通りの設計だ。サイコミュの連動システムを解除しておいてくれればそれでいい。」
「プログラムの変更はしましたよ。しかし、サイコの能力は強化人間でなければコントロールは不完全なのです!」
「そうか。しかし今はルシオラがいないのだ。いつまでも、こんな処をウロウロしている訳にはいかん。アウムドラを回収するためには、ホンコンを多少火の海にする必要がある。ザックよりもサイコの方が恫喝的なのだよ。」
「軍のお仕事は分かりますが、ルシオラがサイコを呼んだ場合は、ルシオラに渡してください。」
「了解だ。ミズ・リョウコ。」
ヌルは犬飼の口真似をした。
「・・・・・どうなるのです、あの街は?」
「ジャオンでさえ手をつけなかったニューホンコンだが、市長が我が方の作戦に協力をする意思を示しているのだ。ということは、最終責任はホンコン市長にある。我々が気にすることではない・・・・・」
「・・・・・そうですね。」
リョウコはヌルが自分とは違う種族の人間であることが分かっていた。話を続けるのをやめて犬飼のいるブリッジに上がることにした。
ビクトリア港は、コーラルオリエンタル号が停泊している桟橋である。
倉庫の陰から出てくるルシオラは、横島に言った言葉を思い出して、この桟橋に来たわけではない。
もう我儘はやめてホバークルーザーでスードラに帰ろうと思っただけのことだった。
「十二時には作戦が始まると言ってたわね・・・・・」
どのような作戦か知れなかったが、クルーザーの近くにいるほうが良いと思った。
「少し船で寝ようかしら・・・・・・」
ルシオラはコーラルオリエンタル号の下を歩み、自分のホバークルーザーを接舷した桟橋の方に向かった。
「・・・・・ヨコシマ・・・・・?」
ルシオラはコーラルオリエンタル号の光の落ちるあたりに認めた人影を見て言った。
舫杭に腰をかけた横島がいた。
「・・・・待ってたんだ・・・・」
横島の照れているのが分かった。
「そう・・・・・」
ルシオラはカンパリソーダを買っておくんだったと思いながら、横島に近づいていった。
「仕事は・・・・・?」
「・・・・・終わったわ。終わったけど面白くなかったから、ここに来たの・・・・・」
ルシオラは横島の腰を掛けている舫杭の脇のコンクリートに腰を下ろした。
そこもまだ昼間の暑さが残っていた。
「ヨコシマ、どうしてここへ?」
「ここに来ればまたあんたに会えるって思ったから・・・・」
「・・・・・そんなこと言ったっけ?」
ルシオラは桟橋のコンクリートの上に仰向けになった。横島はそれを見下ろして、
「言っただろ・・・・よくここに来るって。」
ルシオラは忘れていることだった。言っておいて良かったと思った。
波がザワザワと桟橋の壁にぶつかる音と、湾内を走る船のざわつきがニューホンコンの活況を示してはいたが、今の横島にはいらないことだった。
「ルシオラって言ったよな・・・・・」
「身上調査をしたって、昼間以上のことは言わないわよ。」
ルシオラは、地面の高さから他人を見るのは初めてだと気がついた。横島の長く伸びた足と、やや前かがみになって見下ろす横島の瞳は、ルシオラには星に見えた。
翳りのある星に・・・・・」
「なんで会いにきたの?」
「・・・・ルシオラのことが知りたかった。その・・・・好きになりそうなのに、とても曖昧な人に感じられて不安だったから・・・・・」
「こんなの着ているからかな?」
ルシオラは両方の手を広げて自分の衣装を大きく横島に見せた。
「・・・・・違う・・・・・その服は好きだ・・・・・」
横島はルシオラから目を離して海を見た。
「仕事、おもしろいのか?」
ルシオラは横島のその質問を聞きながら、本当に横島が自分のことを知りたがっているのだと知った。
しかし、ルシオラには敵である横島に教えられることなどはなにもなかった。
そのことがルシオラを悲しくした。
「普通さ、恋人とか知り合ったばかりの人ってこういうこと話すのかしら?」
「さあ・・・・知らない。そんな経験ないし・・・・・」
「でも、知り合うためには自分のことを話さなくちゃ相手は分からないよね。」
「そう思うけど・・・・・でも、何も教えてくれなくたっていいんだ。俺はルシオラに会えて嬉しいんだから・・・・・」
ルシオラは、また黙ってしまった。
自分の中にある過去の記憶はルシオラの人格を形成する上で必要なことではなかったような気がする。
もっと機械的であり、もっと義務的であり、業務でしかないものなのだ。
それは、人に話して自慢できるものでもなかった。
まして、好きな人に話ができるような性質のものではなかった。
ルシオラの記憶の中には、ドグラ研究所でのニュータイプになるための訓練しかない。
気がついた時には、機械的なリアクションの訓練、遊園地に似た機械の置いてある冷たい部屋での対G訓練、記憶力増強のためのスーパーランニングの訓練。訓練という枠の中でルシオラは確実に反射神経の研ぎ澄まされた人間になっていた。それは、日常的な人の行為の中で語る性質のものではなかった。
いつもいつもセンサーを体のどこかに貼りつけられて、睡眠中でさえも睡眠学習を施されて、時には熟睡から強制的に起こされて学習チェックのテストをされてきた人生なのである。
それは、マシーンを作るためのものだった。
「私・・・・・空を飛ぶのが好きだって言ったでしょう。」
「そう言ってたな。」
ルシオラはククッと笑った。
横島の微笑が、ルシオラを見下ろしていた。
「私が、カオス教のクルーだなんて言ったら、どうする?」
「・・・・・・!」
横島が何となく想像していたことである。
「もし、そうだったら辛いな。俺はルシオラが好きになりそうだって言ったろ。歳のことだって気になるし、俺みたいな奴が好きになっちゃいけないんじゃないかって思うこともある。・・・・・でも、カオス教は困るな・・・・・」
ルシオラは、多少おろおろとした感じで一生懸命喋っている横島がとても可愛く思えた。
「ふふ・・・・冗談よ。コンピューター・グラフィックスのデザイナーよ。パリッとしたね。」
「・・・・ずっとホンコンに住んでんのか?」
「まあね。・・・・・・ね、横島のご両親は・・・・・?」
「え?・・・・ああ・・・・もう両方ともいないよ。親父はガンで、おふくろはこの戦争が始まってすぐカオス教の連中に殺されちまった。」
「そうなの・・・・・」
ルシオラは立ち上がると、
「私ね、一年戦争の時、家族みんな死んでしまったらしいの。」
「・・・・?」
「それから連邦軍の施設に収容されて・・・・・いつのまにかルシオラっていう名前つけられたの。」
「じゃあ・・・・本当の名前は?」
「分からない・・・・記憶をなくしてしまったの。なんにも覚えてない。」
ルシオラは舫杭に腰を掛けて、そのお尻を横島のそれとくっつけた。
「知りたいんだ・・・・昔のこと。」
横島は、そのルシオラの話を本当のことだと思う。気に入ってくれているからそんな話をしてくれるのだろうと思った。
「ふふふ・・・・・思い出してガッカリするだけかもしれないのに、なんでこんなことを考えるんだろうね?」
ルシオラは肩越しに横島の横顔を見つめて、
「・・・・・ご両親の記憶があるヨコシマがうらやましいわ・・・・・」
「思い出なんて、すぐ作れるさ。」
「・・・・そうかしら・・・・そうか・・・・・そうなら、さ・・・・・!」
横島は一瞬後に積極的な挙動を見せたルシオラの瞳を覗いた。
そに瞳はキラキラ輝いていた。
「ね、キスしてくれる?」
「・・・・・・・・・・」
「ヨコシマ?」
「な・・・・ななっ!?い、今何と!?」
「だからキスしてって・・・・」
「お、俺でいいの?こんなアホでスケベで何の取り柄も無いヤツで!?」
「アホでスケベ?私といる分には全然そんな風に見えないけど?」
「あ、いや・・・・それは・・・・・」
「・・・・・ね、私に思い出をちょうだい・・・・」
「ルシオラ・・・・・」
横島は躊躇うが、その瞳の美しさにルシオラの肩を抱かずにはいられなかった。
ルシオラは横島の視線の中でその輝く瞳を閉じた。横島は、その小さく形の良いルシオラの唇に唇を重ねようとした・・・・が。
「・・・・・・!」
その時、横島の脳裏に一人の少女の姿が浮き上がった。そう、宇宙で自分の帰りを待っていてくれている幼馴染みの女の子―――――――
「あ・・・・・・」
思わず躊躇する横島。
「・・・・・どうしたの、ヨコシマ?」
「あ、いや・・・・・その・・・・・」
ルシオラはゆっくりと目を開けながら、少し寂しげな表情を横島に向けた。
「おまえ・・・・・恋人いるの?」
「・・・・恋人じゃないけど・・・・・・大切な人は・・・・・いる・・・・・・」
「そう・・・・・。ヨコシマはその子の事、好きなの?」
「よく分からない・・・・・。でも、その子が側にいると安心できるっていうかホッとするっていうか・・・・・」
「ふ〜ん・・・・・。じゃあ、私かその子かヨコシマに決めてもらおうかなっ。」
「え・・・・ルシ―――――!?」
横島が言い終わらないうちに、その口をルシオラの唇が塞いだ。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
横島の腕がしっかりとルシオラを包み、ルシオラは、その上半身の全てを横島に預けた。
『この人は、放したくない・・・・・・』
横島の心の絶叫にかわって腕に力が込められて、ルシオラの体がかすかにしなった。


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