ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(72)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/10/21)

 コンコン、コンコン

 ……カチャリ
 ノックをしてから、ドアが僅かに開くまでにあった、数秒の間。
 そして、その僅かな隙間から、学校の制服らしい服を着た少女が顔を覗かせるまでに、さらに数秒の間があった。
「……はい?」
 精一杯の警戒心でもって、その明るく可愛らしい顔を引き締め、声を低くしたキヌの表情は―――ノックした相手が注意すべき対象ではない事を見て取ると、一秒と持たずにその相好を崩した。
「あ!エミさん……」
「あら……おたくもお見舞い?」
 相手がエミだとわかるなり、にっこり笑顔になって迎えてくれたキヌに尋ねる。
 制服姿である事と、昼下がりと夕方の合間ぐらいである今の時間帯から考えて、学校帰りにやって来た、と言うところだろう。
「はい。ピートさん、今日の具合はどうかなって」
「ふーん」
 ピートが加奈江宅から保護され、事件が解決し―――その後、問答無用でそのまま入院させられてから三日。
 さしたる用事があるわけでもないのに、毎日毎日こまめにピートの様子を見に来ている少女の笑顔に笑い返しながら頷く。これが他の女だったら、「あたしのピートに手ぇ出すんじゃないわよ!」と即座にワラ人形でも発動しているところだろうが、キヌの場合は、ただ心配で世話好きなだけであり、ピートに対して友達以上の他意は無いことをわかっているので、エミも落ち着いていられる。それに、色々と事後処理に走り回っているエミや令子達とは違い、本業が学生であるキヌには毎日放課後に様子を見に来る時間的な余裕が一番あったので、日々の様子見には適任と言えた。
 そもそも、この天然癒し系と言えるような雰囲気を持った少女に対しては、さしものエミも毒気を抜かれて嫉妬など浮かんでこないのだ。
 ……ちなみに、甲斐甲斐しくピートの様子を見に来るキヌを気にして―――と言うより、ピートとおキヌちゃんを二人っきりにさせてたまるか!!と言う魂胆から、最初は横島とタイガーも一緒に来ていたらしいが、タイガーは持ち前の女性恐怖症から、院内の至る所にいる看護婦に緊張して入れず、横島の方はその逆で、看護婦はおろか、入院中の若い女性にまでコナをかけようと、ナースステーションは勿論のこと、全くの他人の病室と言った、いらん所にまで入って行こうとしたために、初日にして見事に立ち入り禁止を食らったらしいが、そちらは、エミにとってはどーでも良い事である。
 見舞いの花束と菓子を片手にまとめて持つと、もう片手で、首に巻いていた白いストールを外しながらエミは、キヌに話しかけた。
「それで、ピートは起きてる?」
「あ、はい。今は寝てますけど、それでも良かったら……」
「良いわ。私もお邪魔するワケ」
 手に持っていた花束と、箱詰めの菓子をキヌに渡しながら中に入る。
 個室とは言え、決して狭くはない―――むしろ、広いぐらいの病室の中。
 ベッドの横のサイドボードの上に置かれている、花瓶に生けられたお見舞いの花や菓子箱の陰に隠れるようにしてシーツに包まり、静かに眠っているピートの姿が見えた。
「……どうしたワケ?これ」
 夏用の薄い上着を脱ぎ、ベッドの方に近づきながら、枕元にある誰かのお見舞いを見て尋ねる。
 ここは警察病院で、安静を第一とし、マスコミの騒ぎを避けるため、ピートの入院に関しての情報は関係者以外極秘になっている筈。だからこそキヌは、先ほどあれほど警戒しながら誰が来たのか確かめたのだ。
 それなのに、クラスメートでも見舞いに来ていたとしたら、問題になる。まさか横島がクラスの女子に教えでもしたんじゃないでしょうね、と言う顔でキヌの方を見ると、キヌは、先ほどエミが手渡した花を枕元の花瓶に器用に追加しながら、首を横に振って笑った。
「そんなんじゃありませんよ。午前中、小竜姫様とワルキューレさんがいらしたそうなんです。看護婦さんの話だと、その時は起きていたらしいんですけど、その後、また寝ちゃったらしくて……」
 適度に冷房は利いている筈だが、季節が季節なので、やはり何となく暑いのだろうか。
 花瓶に花を移しながら笑うキヌの横に立ち、眠っているピートの様子を見れば、足元のシーツを蹴散らしてしまっていて、体にはシーツを被っているものの、膝から下が出てしまっている。病院のお仕着せを着ているため、七分丈ほどの長さしかない白い寝間着のズボンから覗く両足には、真新しい包帯がきっちりと巻かれていた。
 ―――包帯は、足だけではない。
 こちら側を向いて横向けに寝ているピートの、顔の方に寄せている手を見れば、その腕にも半袖の袖口から覗く肘の辺りから手首にかけて、きっちりと包帯で覆われていて、頭にも、額を巻くようにくるくると包帯が巻き付けられている。そして、服の上からはわからないが、胸にも包帯が巻かれガーゼが当てられている筈だった。
 包帯を巻かれた箇所とその面積だけ見れば重傷患者だが、本当のところ、ピートはどこにも怪我などしていない。ピートの症状は、あくまで極度の疲労のみ。
 それも、実際大した処置が必要なものではない。加奈江に付けられた精霊石の鎖の封印を解かれた直後、普通の人間が持つ霊力の水準以下にまで魔力を封じられていた状態から、加奈江を追うために一気に魔力を放ったので、その、極端から極端への魔力の変化に体が相当な負担を受けたためのものである。
 ど素人に、準備運動無しで無理やりスパルタマラソンを走らせたようなもの、と言えば良いだろうか。
 極端な疲労として表れたその負荷は相当なものだが、さすが人間より丈夫なだけあって、体そのものの傷はゼロ。本人いわく、治療方法は寝れば治ると言うわかり易いものであり、当人は自分で言ったその言葉どおり、生まれたばかりの赤ん坊よろしく一日の大半を疲労回復のための眠りに費やしている。
 それでも一応―――加奈江の証言により、ピートに何があったか知ってしまったエミ達からの話を知った病院側としての独自の判断で、頭と胸の他、手足などに霊薬を塗り包帯を巻くと言う処置が施されていた。
 三日前、入院初日に見舞いに来た時、包帯が巻かれた手足を見せながら、あまり気遣ってもらうとかえって悪い気がするし、正直、手足が強張って寝にくい、と苦笑していた彼の顔を思い出して、小さな笑みが漏れる。
 ベッドの傍らにあった折り畳みのパイプ椅子を引いてきて広げていると、花を生けていたキヌが、花瓶の様子を見て、ん、と満足そうな笑顔を浮かべた。
「こんなので良いかな……?それじゃあエミさん、私、今日はもう帰りますね」
「え?ああ」
 サイドボードの横に立てかけてあった鞄を持ち上げ、ぺこ、とお辞儀をしたキヌに頷く。
 恐らく、気を遣わせてしまったのだろう。自分の事には鈍いのに、人の事には聡い少女だ。特にエミは、ピートへの好意を丸出しにしているのだから、色恋に鈍いキヌもわかろうと言うものである。
 それはそれで嬉しいが、学校帰りにわざわざ寄ってくれているキヌのことを考えると、少し悪い気にもなる。―――もっとも、エミのこの気遣いは、やはり、相手がキヌだから出てくるものであって、もし令子やその他の相手なら、嬉々として追い出していただろうが。
「それじゃあ、失礼します」
「ええ、じゃあね。気をつけて帰るワケ」
 ドアのそばで、律儀に再度お辞儀をして帰って行くキヌを、手を振って見送る。
 そして静かにドアが閉まり、パタパタと、軽い足音が遠くへ去って行って、とうとう聞こえなくなった頃。
 しばらくの沈黙を置いて、ドアの方に向けていた体の方向をベッドの方へ戻すと、エミは、広げたパイプ椅子に静かに腰を下ろした。
 キ、と、パイプ椅子の接続金具が、人の重みを受けて僅かに鳴る。
 その微かな音もすぐに消えてしまって、それからさらに、しばしの沈黙を置いた後。
 エミは唇を開き―――そして一度、ためらうようにその唇を閉じてから、もう一度唇を開いて言った。

「―――……起きてるでしょ?ピート」

 ―――ぴくり。

 ベッドの上。
 横向けになり、小さく縮こまるように手足を軽く曲げて、静かに眠っていたピートの肩が、よく見ていなければわからない程度に、小さく揺れる。

 昼下がりの、緩慢とした―――時間の流れも無いような、気だるい空気が流れる中。
 どこかの病棟から流れてきた院内放送が、ふうっと入り込んでくるようにぼんやりと聞こえて消えた。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa