ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(71)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/10/21)

「……加奈江が、ピート君を殺した事を、認めたわ」

 オカルトGメン事務所の、決して狭くはない会議室に朗々と響く美智恵の声。
 少しハスキーな、張りのありよく通るその声が、それでもどこか沈んで聞こえたのは、気のせいか。
 そのまま続けて、手に持った書類に記された事項を幾つか読み上げると、美智恵は言葉を切って会議室に集まったメンバーの顔を見回した。
 ……何を言われたか、頭ではわかっているが、心が理解する事を拒否しているのだろう。全員、そんな顔でしばらく呆けていた。

「ちょ……待って下さい!殺したって、でも、ピートさんは現に、生きて……!」
 ガタンと椅子を揺らして立ち上がったのは、ジーンズのジャケットとタイトスカートを着て、黒いタイツを身に着けた赤毛の少女だった。見た目の年齢は、キヌと令子の間ぐらいと言ったところだろうか。凛とした可愛らしい顔立ちをしているものの、頭の左右に角を生やしている事から人間ではないだろうと窺い知れるその少女の隣の席には、活発な出で立ちをした少女とは、どこか冷たい印象を受けるその落ち着いた美貌からして対照的な、黒いスーツ姿の女性が腰掛けていた。
「落ち着け、小竜姫。詳しい話を聞こうじゃないか」
「あ……そ、そうね……」
 その黒スーツの美人―――正体は魔族の戦士である女、ワルキューレにたしなめられて、思わず立ち上がって驚きをぶつけていた小竜姫も座り直す。彼女が椅子の上に落ち着いたのを見てからワルキューレは、あくまで静かなその視線を美智恵に向け、説明を促した。
「……加奈江がピート君を閉じ込めていた部屋から、合計六発の弾痕と、血痕が確認されている―――これは、皆にはもう話してあったわよね?」
 視線に促されるままに説明を始めた美智恵に、ふと問い掛けられて、令子達が頷く。
 頷いた令子達に、確認のような感じで自分も頷き返すと、美智恵は少しだけ間を置いて―――やがて、意を決したかのように眉を寄せると、静かに言った。
「見つかった銃弾は、全て銀の銃弾。部屋の血痕と銃弾に付いていた血は、ピート君のものと一致。……そして、ごく微量なものだったけれど……銃弾には血と一緒に、人の心臓組織や脳組織と思われる細胞片が付着していたそうよ」
「……!」
 その言葉を受けて、小竜姫達だけでなく、令子達も息を詰まらせて目を見開く。
「ピート君を撃った事は、加奈江本人が証言しているわ。……そしてその後、何が起こったのかも、ね……」
「ちょっと待ってよママ!じゃあ、ピートは……!」
 ―――心臓と、頭に、銃弾を―――?
 はっきりと口に出して聞く事が出来なくて、中腰に立ち上がりかけた姿勢のまま、令子は続く言葉を飲み込んだ。
 ―――不老不死と呼ばれる吸血鬼にも、弱点はある。
 頭と、心臓。
 人間の致命傷の箇所とも一致するそれらの部分は吸血鬼にとってもウイークポイントであり、そこに木の杭や銀の銃弾を受けては無事ではいらない。
 ―――それなのに、ピートは―――
「……そんなことが、あり得るのか……?」
 令子達に比べればまだ落ち着いた様子でワルキューレが美智恵に問うが、その声には僅かならぬ驚愕と疑念が滲んでいる。
 魔族でも神族でも、自分の致命傷となる箇所を攻撃されては脆い。
 美智恵は、ワルキューレの問いに少し考えると、これはあくまで推測だけれど―――と前置きしてから言った。
「……ピート君は、ハーフでしょう?どんな種族でも―――ハーフには、ごくごく稀に、とんでもない未知の要素を持った子が生まれてくる場合があるから……。ピート君も、そういうものなんじゃないかしら」
「それにしても、銀の銃弾を頭に受けても自力で蘇生できるとは……」
 西条が、正直、信じられないと言う顔で呟くように言う。
 自分の弱点を苦手な武器で攻撃され、一度死んで自力蘇生できるなど、魔族や神族にも無理な話である。誰か他者が癒してくれるか、もしくは、転生を待つか。そのどちらかだ。
「加奈江本人の証言によれば、その時、ピート君の返り血を顔に浴びて、それを飲んだらしいわ。それで、ピート君の魔力が加奈江にも宿ったんじゃないかしら」
「……話としてはあり得るが、それにしても完全死の状態から自力で蘇生とは……。本人は、何と言っているんだ?」
 ピート自身はどう話しているのかと、ワルキューレが美智恵に尋ねる。
 すると美智恵は、口元に手をやって、困ったような苦笑を浮かべた。
「……それがね。ピート君は、覚えてないそうです」
「―――……はあ?」
 にっこりと、穏やかな微苦笑を浮かべて言われた言葉に、ワルキューレが思わず間の抜けた声を上げる。隣にいる小竜姫も、似たような声を上げかけて軽く口を開いたまま、ぽかんとした表情を見せていた。
「記憶がぼやけてて、地下室にいた時の事は何にも覚えてないそうなんです」
「え……でも、さっき、お見舞いに行った時は―――」
 小竜姫とワルキューレは今日の昼前、都内の警察病院に入院しているピートを訪ねた。
 その時、美智恵達から、ピートの体の基本的な構造は人間と同じであるが、何しろ半分魔物なので、人間が行なう診察やヒーリングではわからないダメージがあるかも知れないため、良ければ少し診てやってほしいと頼まれたために、ピートの全身に小竜姫の『竜気』を通して簡単なヒーリングケアを行なったのだ。
 ―――結果は、異常無し。
 疲労やその他の精神的なダメージを考えて入院させられているだけで、身体疲労も普通に休んでいれば回復すると言うもののみ。記憶障害を起こしそうな要因など、微塵も無かったのに、何故―――
 ―――……では、庇っているのか―――
「どうして……」
 ピートが加奈江との事を覚えていないと言い張る理由がそれ以外に見つからず、小竜姫が呆然と呟く。
 その呟きに、美智恵は答えず―――手元にある加奈江の書類に静かに目を落とすと、独り言のように呟いた。
「―――ピート君は、優しい子ですから、ね……」
「だからって、何で庇うんだよ!!」
 この場にエミがいたら恐らく言っていたであろう言葉を、雪之丞が代弁するように叫ぶ。そのまま、あのバカ、と舌打ち紛れに言い、顔をしかめると、雪之丞はその表情を隠すように顔を片手で覆って横を向いた。
 いつも、人懐こく笑っていたピートの顔が目に浮かぶ。
 最初に出会った試合の時や戦闘時は除いて、「友達」と気負い無く言えるようになってからの普段の付き合いを考えてみると、ピートはむしろ、笑顔以外の表情を見せる事の方が少なかった。
 明るく穏やかな印象を受ける素直な笑顔は、見かたによっては坊ちゃんぽいとも言える。
 あまり良い育ちをしてきたとは言えず、世の中の裏の事も他人よりわかっているつもりで生きてきた雪之丞にとって、ピートのその笑顔は時に、鼻につきさえして苛立つ事もあった。
 ―――なのに、本当は―――

 ―――ばかやろう。
 頭の中で、笑顔を浮かべるピートの顔に毒づく。
 怒れよ。怒れよ。もっと怒れよ。
 あんな女、嫌いだって、言ってやれよ。もっと怒れよ。
 ばかやろう。
 かっこつけて、気ぃ遣って、やせ我慢してんじゃねえよ。
 これからお前は何百年も何千年も、ずーっと我慢してくのかよ。
 そんなズタボロになって、笑ってんじゃねえよ。
 ―――……ばかやろう。

「……」
 顔を隠すように覆ったまま、考え込んでしまった雪之丞の心情を、何となく察したのだろうか。
 美智恵は、雪之丞を見て、もう一度静かに言った。
「……本当に、優しい子だから……」
 呟いた声は低く静かで、どこか、物悲しい空気を持っていた。
 机の上に置いた加奈江の書類を―――その書類に貼り付けられた加奈江の、無愛想な無表情の顔写真に指で触れる。
 すると、かさりと書類がずれて、その下に重ねられていた、ピートについての診断結果などを記した別の書類が表に出て来た。
 加奈江の書類と同じように、その隅に貼り付けられたピートの顔写真。
 どことなく童顔っぽい雰囲気を醸し出す大きな瞳のせいか、きゅっと唇を結んだ真面目な顔をしていても穏やかな、愛想の良い印象を与えるピートの顔。
 その柔らかな顔を目にするのが、今の美智恵には、何だか少し辛くて。
 音も無く指を滑らせると、美智恵は、ずれた加奈江の書類を戻して、ピートの顔写真をそっと隠した。

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