ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(66)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/10/17)

 どこまでも闇に近い濃紺の夜空の中空に浮かぶ、白い満月。
 その青白い月明かりの下、ピートの魔力の余波を受け、下草まで引っ繰り返された更地となったクレーターのそばで、エミは、ピートがかけていったコートにくるまったまま、じっと木の根元に蹲っていた。
 両手でぎゅっと膝を抱え、その膝に頭を埋めるように顔を伏せたまま、動かないエミの周囲には、蝙蝠やカラス達が円陣を組んで整然と構えている。
 ピートの去った方角に体を向けたまま、黙って座っているエミのそばで、彼らもまた、羽ばたき一つ、鳴き声一つあげずにただじっと控えている。
 ―――どれだけ、そんな静寂が続いただろうか。
 ドーピングの副作用か何かで、気が抜けていたのだろうか。
 聴覚も視覚も嗅覚も―――もしかすると、皮膚に当然感じる筈の、空気の感触さえ遮断してしまっていたかのような、ほとんど忘我に近い状態にあったエミは、頭の中心に響く『何か』を感じて、不意に顔を上げた。
 それは、ふとした気配の変化か―――もしくは、より純粋な『第六感』だったのか。
 自分でも何をどう感じたのか不確かな、よくわからない『何か』に顔を上げたエミは、自分でも全く考えることなく浮かんだその名を、静かに唇に乗せていた。

「―――ピート……?」

 それは、ほとんど意図せずに湧き上がってきた呼びかけだった。
 その名前を最後まで言ってしまってから、自分が今何を言ったのか気づいたような。そんな、無意識的な呼びかけだった。
 そのエミの呼びかけに反応したかのように、彼女の周囲を守っていた使い魔達が、突然羽ばたき始める。
 一瞬、まさか加奈江が戻って来たのかと身構えたが、それは杞憂だった。
   ―――ケエエエエ……ケエエエエ……
 けたたましい鳴き声と羽音を立てて、次々と飛び去るカラス達。
 その動きに、もう先ほどまでの統率の取れた動きは無かった。
 ばらばらと、適当な群れになって、あちこち好きな方向に飛び去って行く。
 彼らはもう、ピートの使い魔ではない。魔力も何も持たない、ただの、どこにでもいるカラスや蝙蝠の群れだった。

 ―――……終わった、の……?

 ピートの使い魔達が魔力による制御を失い、エミのそばから離れていったと言うことは、ピートがエミを加奈江から守る必要が無くなった―――すなわち、決着がついた、と言うこと。
 ―――決着―――
 まだぼんやりしていた頭が、その言葉の持つ意味をはっきりと認識した時、エミは、ハッと目を見開いて立ち上がると、そのまま、何かに弾かれたように走り出した。
 ドーピングはとっくの昔に切れており、霊力も、加奈江とのやり合いでほとんど使い果たした自分の、どこにそんな体力が残っていたのか。
 いや―――体力の問題では、なかったのかも知れない。
 ただ、ピートのもとに行きたい、行かなければと言う、心の中に湧き起こったその衝動のままに、エミは走っていた。

 ピート、ピートの所へ、早く行かなきゃ、怪我はしてない?、無事?、加奈江は、ピート、大丈夫?、ピート、加奈江はどうなったの?、ピート、ピート、早く、もっと早く、早く行かなきゃ、ピート、ピート、ピート―――

 心の中から、次々と底無しに湧き上がってくる衝動に押されるままに、前へ前へと進む。
 深い森の中、自分でもどこをどう走っているのかはっきりとわからないまま、文字通り、直感に導かれるままに走り抜けて―――
 ザッと、葉をかき分ける音を立てて一つの茂みを越えた時、それまで木々に遮られていた視界が、不意に大きく広く開けた。
 何かの都合で、そこだけ木が枯れるか何かしたのだろうか。
 乾いた砂と、砂利に地表を覆われた、ぽっかりと木の無い空き地。
 その空き地は、中央が僅かに盛り上がって小さな丘のようになっており―――ふと、自分の足元を見ると、走り出て来た森の中から丘の向こう側に向かって、何かが滑っていったような跡があるのが見えた。
 そのスライディングの跡を追って、乾いた砂と砂利で出来た緩やかな丘を登って行く。
 寒々とした静寂の中、砂利を踏むたびに響く自分の足音がいやに大きく聞こえ、何となく音を立てないように、ゆっくりと歩いて行くと、かつて、ここに生えていた木の残骸だろうか―――青白い月明かりに照らされた下では、白い石灰の山のようにも見える乾いた地面のあちこちから、乾ききった古い木の根が突き出しているのが見えた。
 月光の下、地面に淡い水色の影を投げかけて、白々とその姿を晒している木の根は、奇妙に歪んだ白骨のようにも見える。
 夜目には白く見える足元の地面が、何となく、水族館の水槽の底にまかれている白い底砂を連想させて、水底にいるような感触に身震いするとエミは、丘の上からピートの姿を求め―――そして、すぐに見つけた。

 スノーボードで雪の上を滑って行った跡のような、地面を浅く削る痕跡を追って、丘の下の少し窪地になっている所へと目をやったエミの、その視界に入った、二つの黒い人影。

 一つは、地面を削っていっているその痕跡の終点で、静かに横たわったまま動かない。
 そしてもう一つの人影は、横たわった黒い人影から少し離れた場所で蹲ったまま、小刻みに痙攣するようにビクビクと背中をしならせていた。
 背中の方から見ているので、何をしているのかはっきりとはわからないが―――自分の腹に、拳を埋めているのだろうか。繰り返される鈍い打撃の音に、裏返ったような短い呻き声、喉が引き攣れたような浅く激しい呼吸、ビクビクと引き攣る背中、それに合わせて背中の上でばらばらと踊る、長い金髪―――
 ―――周期的に繰り返される、それらの動き。
 それは、ぜんまいが切れかけた―――もしくは、壊れかけたからくり人形を見ているかのようだった。
 自分の目の前で何が起こっているのか一瞬把握できず、しばし、佇むエミの、その前で。
 ピートはただ、自分の腹に拳を打ちつけ喘鳴を繰り返した。

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