ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(63)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/10/14)

 ザザザザ……ザザザザ……

 漣のように、緩く波打つ木の葉陰を、無数の小さな黒い影を引き連れた人影が通り過ぎて行く。ただし、その足は地に付いていない。
 音も無く、ほとんど地面すれすれの低空を飛びながら加奈江は、バクバクと乱れた鼓動を打つ胸を服の上から押さえた。
 緊張感と、圧倒的なプレッシャーのためだろうか。
 魔物と化した身が、これぐらいの距離で参るわけはないのに、ひどく息が乱れているのを感じる。
 時折背後を振り返って、迫り来る強大な力を意識しながら加奈江は、周囲に呼び寄せた使い魔達の一部をそちらに差し向けた。
 無駄なことは、わかっている。
 先ほどから何度も使い魔達を後ろに差し向けてはいるが、それは、はかばかしい効果が出ないばかりか、かえって相手方の勢力を増す結果となっている。
 人間相手にはその特殊な能力でもって異常な強さを発揮できても、所詮、加奈江の力はピートの縮小版。
 同じ魔物で、しかも、自分の力の源である相手に適う筈が無い。
 すでに差し向けた蝙蝠やカラス達は、ピートの魔力圏内に入った途端、全て加奈江の制御を離れてしまい、逆に、こちらに牙を向けてきている。
 キヌの、ネクロマンサーの笛の威力が消えたことにより、使い魔が自在に使えるようになった加奈江ではあるが、その加奈江を優に超える力を持ったピートが彼女を追っている今、加奈江が使い魔を使うことは、今更何の意味も無い悪あがきに過ぎなかった。
 無駄なことは、わかっている。
 それでも足掻かずにはいられないのは、何故だろうか。
 こちらの差し向けた使い魔の一団に接触するたびに、ピートの動きは少しだけ停滞するのだから、時間稼ぎぐらいには言えるかも知れないが、それもほとんど意味は無い。
 もっと言ってしまえば、自分の魔力の『親』であるピートが出て来た時点で、加奈江の敗北は決定しているのだ。
 だから、今、彼女が逃走を続けているのは、本当に悪あがきでしかない。
 何故、私は逃げ続けているのだろうと、自問する。
 最初、距離を離すために思いきり飛ばしたことに無理があったのか、疲労と、じりじりと距離を詰められていることへの焦燥感から、魔力の制御がだんだん不安定になってきている。一定の高度を保って飛行していた体が、次第に上下左右に揺れるようになり、整然とまとまりを持っていた使い魔達の動きも乱れつつある。
 もう捕まってしまうことがほぼ確定した以上、逮捕の後に行なわれるであろう裁判や諸々の調査のことを考えると、無駄な逃走は自分の立場を不利へ不利へと追い込むだけのものになる筈だ。
 こんな状態で、何故、私は逃げている?

 永遠を失うのが怖いから?
 捕まって、彼と、ピエトロ君と、決定的な決別を迎えることが嫌だから?

 ――――――――――――――――わからない。

 わからないけど、私は、私は―――
 私が、一番わからないのは―――

「―――ねえ!!」
 後ろを振り向くと、加奈江は声を張り上げた。
 満月の月明かりを、その背後から受けているために黒く浮かび上がって見える後ろの木々の合間から、金色の光が見え隠れしている。
「どうして―――どうして、貴方は永遠を拒むの!?」
 白い月明かりの中、すう、と、蛍のような美しい金色の残光を残して、フェイントをかけるように小刻みに左右に移動しながら追ってくる影に尋ねる。
 最初にスパートをかけて数キロ引き離した筈の影は、少し大声を出せば声が届く、もうそんな距離にいた。
「貴方は永遠を持っているのに!!どうして永遠を拒むの!?どうして―――!?」
 影は、答えない。
 黙ったまま、すう、すう、と、虚空に光の尾を描きながら、木の間を縫うように間合いを詰めてくる。
 大きな瞳が月の光を受けて、時折きらりと妖しく光った。
 青い鬼火を宿したその目線から逃れるように、木陰に身を隠しながら逃げる。
 募りゆく焦燥感と疲労から、最早飛ぶことさえ忘れていたのか。いつしか加奈江は、地を蹴って走っていた。
 呼吸を乱し、熱さと息苦しさから舌を突き出すようにして息を継ぎながら、決して走り易いとは言い難い森の中を駆ける。
 そして、とうとう、身を隠す木立ちの無い広場になった場所に行き当たった時、背後に気配を感じて振り向いて見れば、金色の影はもうすぐ間近に迫っていた。影と言うよりも、はっきりとした人の姿が、もう、間近に―――
 青白い月光に照らされているせいか、体温など持っていなさそうに見える白い手が、音も無く伸ばされてくる。完全に、こちらの肩か襟首かが間合いに入っている距離だ。
 それでも、その手を魔力で振り払おうと、身を翻し振り上げた手に力を込めて、加奈江は―――
 そこで、動きを止めた。

 目が、合ったのだ。

 ちろちろと、腹の中から底冷えさせるような冷たい炎をその目に宿していながら―――ピートの表情は、追われている加奈江自身のそれよりも、遥かに苦しげなものだった。
 怒り、慈愛、憐憫、嫌悪、哀しみ―――
 その瞳の底から読み取れる、相反した感情。
 それらがぐちゃぐちゃに入り混じっての葛藤からか、秀麗な顔を歪ませたピートの表情を見た瞬間、加奈江は、自分でもそうと気づかない内に全身の力を抜いていた。
 低空を飛んで来たピートに両肩を掴まれ、その勢いのまま、二人して折り重なるように空き地の真ん中に倒れる。
 細かい砂利の地面に背中が当たり、ざりざりとこすれて地面の上を滑りこんでいくのを耳から飛び込んでくる音で感じていながらも、加奈江はもう痛みも何も意識していなかった。
 軽く目を見開いたまま―――きょとんとしたような表情にも取れる顔で、こちらの肩を掴まえ、自分を見下ろしているピートの顔を見つめる。
 自分を捕まえ、追い詰めた筈のピートの方が苦しげな―――ちょっとつつけば、今にも泣き出してしまいそうな顔をしていることが―――それだけが、ひどく気になって。
 心は、平静だった。
 先ほどまで、あれだけ捕まることを拒み、追い詰められることへの焦燥感を募らせていたと言うのに。
 意地を張り、無理をして無表情を保とうとしているようなピートの表情ばかりが気になって、加奈江の心は、穏やかに凪いだ夜の海のように静まり返っていた。

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